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【2008/10/12 14:59】 |
健康であること。
私の中で、「行きたくない病院」ベスト1が精神科だった。
そして精神科の次点が産婦人科。


ベスト1はもう乗り越えてしまった壁で、
乗り越えてみたら案外どうということもなかった。

次点、2位の産婦人科は、
大学生の頃、生理時じゃないのにお腹が痛くて行ったことがある。
既に1度経験済みではあるのだけれど、
それでも行きたくない病院には変わりはない。



ところが、もうしばらく前、意を決して産婦人科に行った。
カンジタ菌を自発したかもしれないと思ったから。

ご存じの方も多数いると思うが、
カンジタ菌を始めとする多くの菌は常在菌で、人間が普段から持ってる菌。
カンジタは性感染症の一つだけど、
それだけじゃなくて、抵抗力が弱ってるときに
自分自身の菌で自発することがある。


いや、もう、すんごい痒くて、
でも病院が休みの週末だったから、とりあえず市販のクロマイ軟膏を買って使った。
一応症状は治まったのだけれど、念のためということで諦めて産婦人科に行った。

ドクターの所見では、問題なしとのことだったけれど、
念のため培養検査に回した。
 (結局、検査結果は問題なかった。
  カンジタだけじゃなく、トリコモナスやらクラミジアなども全て問題ナシ。)
ちなみに妊娠検査もされた・・・・
もちろんマイナス。



ところが。
エコーを撮ったところ、
 「生理不順でしょ?」
とドクター。
不順と言える程かは解らないけれど、
昔からずーっと不順なのか誤差なのか、ともかくズレはあった。

すると、エコーの結果を見ながら
「多嚢胞性卵巣」の疑いがあると言われた。
多嚢胞性卵巣であれば、毎月の私の生理は無排卵月経だと。
つまり、妊娠できないと。
そしてその検査をするために
「次回生理が来たら、3〜6日目に来院して下さい」って。


私にとっては寝耳に水の話で、正直驚いたし戸惑った。
病院帰りに母に電話して話をすると、
ここ数年の不規則な生活、食生活を挙げられ、説教され、
 
 「自分の身体をもっと大事にしなさい。」

と言われた。
至極当然の話だと思ったし、身につまされた。


私は元来身体が丈夫で、
だからそれを過信しすぎていたのかもしれない。
いくらなんでもここ最近の生活は酷すぎる。
痩せたのだって、健康的に痩せたわけではなく
食べずに痩せただけだ。(正確に言えば食べられなかったのだけど。)


家に帰って、ネットで「多嚢胞性卵巣」に関して調べまくった。

多嚢胞性卵巣とは、卵子が排出されずに卵巣の中で
ネックレスのように貯まっている病気らしいこと。
母が言ったように”いい加減な生活”で起こるものではなく、
先天的なものであること。
肥満傾向にある人に多いらしいこと。
血統的に、糖尿の家系に多いらしいこと。

そして、やはり妊娠が難しいこと。
妊娠を望むのであれば、排卵誘発剤の服用が必要で、
それでもダメな場合が多く、
腹腔鏡手術や、不妊治療が必要になってくること。

そんな答えを目にして、なんだか打ちのめされた気分だった。



今現在、私は妊娠を望んでいるわけではない。
そして将来、結婚するのかも子供を産むのかもわからない。
けれど頭の何処かで
 「子供ができるのは当たり前のこと」
だと思っていた。
だから、ショックだった。とてもショックだった。


私は結婚出来ないのかな。
私は大好きな両親に、孫の顔を見せてあげることもできないのかな。
なんて親不孝な娘なんだろう。

そんなことを考え、悩んだし凹んだ。

そしてまた、
 「自分の身体を大事にしなさい」
という母の言葉が痛かった。

もう少し、少しずつでいいから、
規則的な生活をして、
バランスの良い食生活をしようと心から誓った。

それ以降、できるだけ身体を動かすようにして、
ご飯もちゃんと食べるように心がけている。



そして。
生理が来て3日目、言われたようにまた産婦人科に行った。
まずドクターと話して、カンジタ菌の結果を聞いて、
それから多嚢胞性卵巣の検査をした。

注射器一本分の血液採取。
その直後、ぶっとい注射器一本分の液体注入。
15分後、さらに血液採取。


そしてドクターとまた話を。

私が淡々と自分で調べてきた話をすると、
肥満や糖尿との関連性は主に欧米諸国での傾向であって、
日本を始めとする黄色人種ではその傾向はあまりないらしいこと。
まだ解ってない部分も多いこと。
そして、「うつ病」の話も持ち出したが、
それも「全く関係ないです」と全否定された。

例えば検査の結果問題なしであれば、それでいい。
では「多嚢胞性卵巣」と解った場合はどうなるのか?
そう聞くと、
妊娠を望まないのであれば3ヶ月に1回生理が来てれば問題ない。
妊娠を望むのであれば、排卵誘発剤を飲むことになるでしょう。と。

そして、2週間後に結果が出ると告げられた。
検査費等、合計でお会計12000円。涙



血液採取をしている時に、不妊治療の価格表が目にとまった。
もろもろ混みで、50万近い金額だった。

50万。

それも妊娠して、赤ちゃんが出来る可能性が100%ではなく50万。
なんだか考えさせられた。

子供が出来ることって当たり前のような感覚があったけれど、
決してそうではなくて、
今私がここにこうして生きていること、
また将来(今のところわからないけれど)子供を産むこと、
それってものすごいことなんだなって。

なんだかうまく言葉に表現できないのだけれど、
命の有り難みというか、
確率論とか、
なんだかとにかく色んなことが頭を駆けめぐって、
つくづく命の尊さを実感してしまった。

うつ病のお陰で「死んじゃいたい」と何度となく思ったけれど、
本当はやはり死んじゃいたいとか思っちゃいけないな、とか。
妊娠すること、子供が出来ることは当たり前のことではない、とか。
子供が欲しくてもできない人だって沢山いるんだとか・・・・


もうとにかく色んなコトが頭を駆けめぐって、
その結果が出るまでの2週間は、
左腕の2個の注射針の後を見ては物思いに耽ってた。

簡単に誰かに言える話じゃないし、
母とMuumiさんに話しただけで、他には誰にも言えなかった。
言えなかっただけじゃなくて、言うつもりもなかった。




2週間後。

ドキドキしながら、一人病院に行った。
待合室で名前を呼ばれるまでの時間がとても長く感じられた。

名前を呼ばれ、診察室に入り、挨拶をして、結果を聞いた。


結果は

 「問題なし」

思わず安堵のため息が出た。
心から、「良かったぁ」と思えた。嬉しかった。

母と、Muumiさんにも報告して、二人とも喜んでくれて嬉しかった。


医療費貧乏の私にとって、検査費12000円はとても痛かった。
正直、「返してください・・・」って気分だった。
それでもやはり、なんでもなくて本当に良かった。


健康であること。
健康であるために自分自身の体を大切にすること。


これらが如何に大事で、大切で、
そして何をするにも必要で、何事もの根本にあって。

 「健康第一」

まさにその言葉通りだと思う。



今回のことをキッカケに、つくづく健康の有り難みを実感したし、
なにより
 
 「自分を大切にすること」

ということの意義や意味、大切さを今更ながらに思い知った。




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【2008/02/29 01:45】 | 雑談 | トラックバック(0) | コメント(22)
焦り
月曜日は朝起きると、雲一つ無い突き抜けるような青空が広がってた。
土日にしっかり休んでたお陰で、
 (つまり引きこもった。w
  掃除・洗濯、そして久々にちゃんと一汁三菜のご飯を作ったけど。)
気力体力ともに充電されてて、どうしても外に出たかった。

急遽?ご飯を炊いて、おにぎりを作ってピクニックへ。


 うそ。

ピクニック気分で友人の家へ。笑

中身はあり合わせの「梅干し・おかか・鮭」の三種類。
海苔が湿気てしまってたので、コンロで炙って誤魔化し、ジップロックに。
さらにデパ地下で目に留まったコロッケと、
お茶とプレミアムモルツとおやつを買った。

昼間からビールを飲みつつおにぎり食べて、
さらに食後、お昼寝もした。
窓越しに青空を見て、なんだかすごーく癒された。
超贅沢だな〜と思った。

もっと暖かくなれば、代々木公園とか上野公園とか井の頭公園とか、
はたまた多摩川や荒川で本当にピクニックができるのに。


    *    *    *


ある程度状態が良くなってきて、
時間があることが「暇」「退屈」になってきた。
つい数ヶ月前まではそんなこと、考えられなかった。

平日は普通の人は働いている。
当然、友達も働いてる。
遊んでくれる友人を見つけるのはすごく大変・・・・

週に数回バイトがある時はいい。
けれど「ピンチヒッター」として働いている私は、
例えば今日を最後に2週間程度バイトは入ってない。
 (兄は私の状況・状態も踏まえて
  「働きたいなら好きなだけシフト入れてやる」と言ってるけれど、
  他のバイトさんの手前、それもなかなか言い出せない。)

勉強でも始めれば良いのだが、
まだどうしても活字の詰まった本を開く気になれない。
一度始めてしまえばどうにかなるのだろうか。


個人的には、新しいバイトを始める潮時なのかもしれないと思っている。
今は週5日朝から夕方まで働くことはどうしても無理だから、
週2〜3日程度で、
「新しい環境」にチャレンジしてみてもいいかな、と。
現実的に、お金を稼がないと生活はできないし。苦笑



時間を持て余すことで「考える」時間が増えた。

必然的なのだろうが、「焦り」という感情が強くなってきた。



焦って良いことなんて何もない。
「急がば回れ」って昔から言うじゃない。

それは分かってる。
十二分に分かってる。
それでも焦る。


大卒で就職した友達に比べ、
留学してしまった私はその分スタートが遅れてる。

「留学ニート」という言葉がある中で、うまく希望する就職ができたのに、
病気で退職してしまった。

退職してからこの半年以上、
何も生産せず、ただ消費するのみの日々を送ってきた。

世の中は平等に時間が流れてる。
でも私は「前向き」と言いながらも足踏みしてる。
前に進んでない。



普段は「焦るな」って自分に言い聞かせて落ち着かせているけど、
風の噂で友達の話なんかを耳にすると、
焦って、焦って、どうしようって不安でたまらなくなる。


もっと状態が悪かった頃は、
 「病気だからしょうがない」
って、もうちょっと諦めがつけられてた気がする。

でも今は、ある程度良くなって、普通に生活ができるようになってきて。
だから余計に焦る。
そして転職サイトなんぞを見てみたり。


 「私は、普通に働けるんじゃないか」
 「私は、状況に甘えて先延ばしにしてるだけなんじゃないか」
 「ただ一歩が踏み出せないでいるだけなんじゃないか」
 「私は、私は、私は・・・・」


それでも現実問題、兄の店の手伝いをすると、
疲れが出てダウンしてる私がいる。

自分に呆れて、情けなくて、
 「どうして?」
 「なんで?」
 「気合いが足らないの?」
 「我慢が足らないの?」
って、悔しくてたまらなくなる。


それでもやはりどうしようもない。
焦っても何もならない。
何も産まれない。
むしろ負の感情のスパイラルになるだけ。
悪い方向へ向かうだけ。



母に言われた。
兄上にも言われた。

 「状況に甘えてるって言うけど、そういう状況にいられて幸せじゃない。
  そういう星の元に産まれたんだって思えば。
  家があって、ご飯を食べるのに困らない。
  そういう状況、環境に居たくても居られない人もいる。
  逆に、働かずに月に小遣いを100万も200万も貰って、
  外車を乗り回して遊んで『家事手伝い』をしてるお嬢様だっている。
 
  icoは、お小遣いは貰えないけど、
  でも家とご飯には困らない環境に産まれたんだって思いなさい。
  それを気にして焦る必要なんてどこにもない。」



焦ったってしょうがない。


でも。

焦るのもしょうがない。
相田みつを氏の言葉を借りれば、「人間だもの」


自分が「今できること」をするしかない。

病気を治すこと。
規則正しい生活をすること。
少しずつ社会復帰に向けて準備をしていくこと。

それが今の私にできること。


多分、それが今の私の、「今を生きる」。



      乗馬
                        ペルー、クスコ郊外にて。

写真はペルーのクスコ郊外。
馬に乗って、周辺の遺跡をのんびり観光した。



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【2008/02/20 00:23】 | 雑談 | トラックバック(0) | コメント(23)
神サマが与えた試練。
早寝早起き計画二日目の今日は、10時起床・・・・orz
朝ご飯代わりの野菜ジュース&カフェオレを飲み、顔を洗って一服し、
ネットでニュースをチェックしてると

 「2時半からゴルフ練習いくぞ」

と兄上からメール。


「うぅ・・・寒いのに・・・・」

と思ったけれど、また一日家で暇してるのも、
身体を動かさずにいるのもどうかと思い、
なんとか出かけた。
(ちなみに徒歩10分のところに小さな練習場がある。)
適度にケツを叩いてくれる存在って有り難い。


いつぶり???と思うほどの練習だったけれど、
なんだか上達していて、ちょっと嬉しくなった。

日曜も夕方からFさんと練習に行く約束をしてるし、
これから少しずつ頑張って、コースデビューしようと目論み中。


   *   *   *


今日、roseさんのブログを読んでいてふと思い出した漫画のシーンがある。


井上雄彦さんの漫画「リアル」だ。

その中で、両親が離婚して傷つき

 「何で僕んちだけ・・・」

と思う少年に対して、
そして時が過ぎ、高校生になり、
交通事故で半身不随になってバスケが出来なくなって

 「何で俺なんだ・・・」

と言う、その同じ男の子に対して、
ミニバス時代のコーチが

 「そういうことってみんなに起きるわけじゃない。
  なんで僕んちだけって思うよな。
 
  あのマジック・ジョンソンがHIV感染を発表したとき、
  俺は『何でよりによってマジックが』と思った。
  
  あれ以来よく考えるんだ。
  
  神サマか仏サマか、何かそれっぽいものがいるとして
  その神サマは
  『この人間だったら乗り越えられる』
  そう判断してマジックを選んだんじゃないかって。
  
  俺の勝手な考えだけどさあ。
  その神サマがお前のことも見てるんじゃないのかなって。
  この子なら乗り越えられると判断してお前を選んだ・・・・」

というシーン。
(つまりコーチは彼に同じコトを2度言うわけで。笑)



神サマは、私なら乗り越えられると思ったのか
それとも、私には強さを与えなきゃいけないと思って
私をうつ病にしたのかな・・・

昨日の記事のMだけど、
彼女なら両親が亡くなっても乗り越えられると思って選んだのかな。
対照的に私は両親が亡くなったら乗り越えられないと思って
選ばずにくれたのかな・・・



私は、仏教徒でもキリスト教徒でもなく無宗教の人間だけれど、
それでも神サマっていると思ってる。

神サマはいつも私を見張ってて、
イケナイことをしたら罰して、
よい子にしてればプレゼントをくれると勝手に思ってる。


だから神サマは私の弱さやダメなところを見抜き、
そしてそれを克服させる為に、
本当の自分自身と向き合わせる為に、私はうつ病になったんじゃないかって。


なんだかそんなことを考えた。




さて。
日曜の夜まで(あくまで予定ですが)メールフォームを復活させます。
先日閉鎖した際に、残念という意見も頂戴した為です。
もちろん誹謗中傷はお断りいたしますが、
個人的な話で連絡をしたいという方がいらっしゃいましたらご利用下さい。




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【2008/01/19 00:01】 | 雑談 | トラックバック(0) | コメント(14)
女三界に家なし
 〔補説〕 「三界」は仏語で、欲界・色界・無色界、つまり全世界のこと
 女は三従といって、幼い時は親に従い、嫁に行っては夫に従い、
 老いては子に従わなければならないとされるから、
 一生の間、広い世界のどこにも安住の場所がない。女に定まる家なし。


                                        (大辞林)

   *   *   *

留学していた頃、一時帰国して日本に帰ってきた際に、
「私の居場所は一体どこだろう」といつも思っていた。

留学先の、自分で借りたマンションが居場所なのか。

東京の伯母の家が居場所なのか。

実家が私の居場所なのか・・・。


どこが一番居心地がいいかと聞かれてもよくわからなくて、
それぞれ一長一短で。


留学先は、そこに骨を埋めるつもりなんて無いし、
東京の家はあくまで伯母の家であり、
実家は実家だけれど、家を出て今現在では7年が経っている。

実家は自分の家だけれど、こうも離れていると、
どこに何があるのかとか、多少の勝手がわからなくなっていたり、
自分の部屋に知らないものが置かれていたり・・・。


なんだか不安というか一抹の淋しさみたいなものがあった。


そんな話を母にすると

「女三界に家なしって言うからね〜」

と言われ、自分がいる場所が自分の場所なんだとその時思った。



日本に帰ってきて就職した。
伯母の家に住み、毎日通勤していた。

でも自分の居場所という感覚は無く、
ある程度の目処が立ったら独り暮らしをするつもりでいた。
(まぁその前に自分が潰れてしまったのだけれど。苦笑)


休職して、実家に帰ったけれど、
実家もまた居心地の悪さというか、なんとなくしっくりこないものを感じた。

自分の居場所なのか、よくわからなかった。


 「自分の居場所ってどこなんだろう」

私はずっとそう思い続けていた。
病気がもたらす不安感や孤独感が、より一層その思いに拍車をかけていた。



正直な話、
ここ最近になって、やっと実家の居心地がとても良くなった。

それは、自分自身が自分の居場所を作る努力をしているから。


ミノムシで寝ている日もあるけれど、
それでも母の負担が減るように、お風呂掃除や食器洗いをしたり、
母の愚痴を聞いたり。
父のご機嫌を取るために、一緒に出かけたり、話をしたり。

そうやって、楽しい空気を作るようにして、
そしたら毎日がなかなか楽しく、居心地が良くなった。


今、私はハッキリ断言できる。

 「居場所は、自分で作るもの」

自分がそこに居れば居場所になるわけではなくて、
居場所にするべく努力というか、気持ちが必要なんだと思う。



さて。
今、私は実家にいて、居心地は良いけれど、自立はしていない。
社会人として生きていく上で自立しなければならない。

この先どうなるのか、今のところ分からないけれど、
それでも私は自立しなければならないし、
また自分の居場所を作っていかなければならないのは確か。

そしてその「居場所」は、自分の為にも周りのためにも、
少しでも居心地の良いものにするべく気遣いが必要なのだと思う。


例えば、東京で独り暮らしすることになったとして。

ゴミ出しをした時に近所の人に遭って、
「おはようございますー」
「今日は寒いですねー」
そんな単純な会話をするだけで楽しくなったり。

近所にお気に入りのカフェを見つけて常連になったり。

自分の部屋を、自分好みのスタイルで統一したり。

お気に入りのカップでコーヒーを飲みつつ一服したり。


そんな簡単な努力で、自分の居場所って作れるんじゃないかと思う。
もちろん、人は一人では生きていけないから、
「人と接する」ということが前提だけれど・・・。



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【2008/01/14 04:26】 | 雑談 | トラックバック(0) | コメント(16)
私と文章
今日は11時前起床。
そして相変わらずの好調をキープ。
うーーん。嬉しい限り☆


ふと気づいたのだけれど、「早寝する!!」と宣言して以降、
私は日が変わる前に寝ようと思ってた。

でも、働いていた頃は、寝るのは1時〜2時。
起きるのが8時過ぎという生活だったから、
そんなに無理して日付が変わる前に寝なくてもいいのでは・・・なんて。

はい、ただの言い訳です。苦笑


今日はお掃除と洗濯、片付けをした。
夜になって、お風呂入ろうかなーと思ったところで、
タバコが無いことが発覚。

もう、10時過ぎ。
今から準備は面倒だ・・・・

ということでスッピン決定。
ジーンズにニット、ジャケットにマフラー。
そしてコンタクトを入れるのも面倒で眼鏡のままで。
さらに「ジャケット着てるからわかんないよね」ってことで、ノーブラ・・・

ちょっと乙女としてどうかと思った。

いや、これをこのブログに書いてること自体どうかと思う・・・・。


   *   *   *


さて。
このブログを始めて以来、
「文章上手いですね」「表現力が豊かですね」
とお褒めの言葉を頂くことがある。

私にとっては本当に嬉しい限りで、
こういうお言葉を頂けてとても感謝しているのだけれど、
実は私は、子供の頃、作文は大の苦手だった。



小学生の頃、宿題に作文をだされると、涙が出そうになるくらいイヤだった。
夏休みの「読書感想文」も一番最後まで残る宿題だった。

一度なんか

 「せっかく本を買ったのに、こんな感想文・・・・。
  もう一度書き直しなさい!」


と母に怒られたこともある。
(結局書き直さずにそのまま提出したけど。w)



学年が上がるにつれ、悪知恵を付けて、
「大人が求めてる作文」を適当に書くようになったものの
作文嫌いは相変わらずだった。



高校生の頃、「読書ノート」というものが存在し、
1学期〜夏休み終了までに10冊の本を読み感想を書くというのがあったのだが、
これは本当に苦労した。

だって感想文は大の苦手だったから。
そして何より、私は本を読まない子だったから。

当時の愛読書は少年ジャンプ。
いくらふざけた私の母校だって、漫画の感想文を書いて許されるワケはない。
なんとか、むかーーーし読んだ本の記憶を辿って書いたり、
友達の読書ノートをかき集めたりして、10冊分を提出していた。

だから私は、所謂「名作」と言われる本をほとんど読んだことがない。



大学生になり、愛読書はビッグコミックオリジナル・スペリオール・スピリッツ、
モーニング、イブニングに替わった。


さらに通学にかかる電車で片道1時間を持て余し、
なんとなーく本を読むようになった。
一緒に住んでいる伯母がもの凄く読書家というのも影響したのだと思う。

それでも伯母と全然違う系統の本を読んでいたし、
読むペースももの凄く遅かった。
確か、当時読んでた本は、
江國香織、山田詠美、吉本ばなな、そんな感じだった。



大学の途中から旅をするようになり、
その情報収集や、その国の歴史的・経済的背景をある程度頭に入れるため、
必然的に本を読むようになった。

コレが私の転機だったのだと思う。


そして旅行記にはまった。
パックパッカーと言えば、やはり沢木耕太郎の「深夜特急」。
そしてそれ以上に私が好きだったのが、
素樹文生の「上海の西、デリーの東」。
その他にも椎名誠やら村上春樹やらの旅行記を読みあさり、
そこから彼らの小説へと読み進めていった。

そしていつの間にか活字中毒になり、
伯母の本も読むようになり、あれこれ分け隔て無く読むようになった。
(病気になってからは一切読んでないけれどね。w)



また一方で、旅をしていて、自分なりに色々と感じることがあり、
毎回、ずーーっと、旅日記を書いていた。
また、1ヶ月も2ヶ月も日本を離れているので、
実家や友達にポストカードを送ったりもしていた。

いつの間にか本を読むことも、文章を書くことも嫌いではなくなっていた。



就活が始まる前の時期、みんなが受けた「小論文講座」。
友達は皆、CやD判定だったのに、私はA判定をもらえた。
みんながエントリーシート落ちする企業にも、問題なく通過できた。
結局就活を放棄した私には無用の長物だったけれど。苦笑


留学して、当時別のブログを書いていたのだけれど、
友達が

 「icoの文章って、なにか惹きつけられるものがあるよね」

と言ってくれ、とても嬉しかった記憶がある。
ちょこちょこと手紙も書いていたけれど、それも毎回好評だった。

そんなこんなで、いつの間にか文章を書くことが好きになっていた。




ということで、
毎日の様に更新しているこのブログは、私にとって楽しみの一つなのです。
コメントや訪問者数、反響が原動力になっていることも確かですが、
それと共に、自分自身、楽しく感じながら書いているのです。
書きたいことが山ほどあって、
今日は何を書こうか・・・って思うくらい。



まさかあれほど作文嫌いだった私が今こうなってるとは・・・・。
人間ってわからないものなのね。苦笑



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【2007/12/21 02:20】 | 雑談 | トラックバック(0) | コメント(14)
台風乙女。
昨晩は疲れていたせいか、もう8時には眠くて仕方なかった。
それでも早く寝てしまうと早く目が覚めることを危惧して、
12時頃まで我慢して、ベッドに入った。


今朝、目が覚めたらお昼の12時。
伯母が出かけていったのも気付かなかった。

こんなに熟睡したのはいつぶりだろう。(勿論薬は飲んだけど)
夢をみたことさえ覚えていない。
唯一覚えているのは、布団が落ちかけて、寒くて目が覚めたことだけ。


本来1日3回飲まなければならない低血圧の薬を飲んで、
なぜか久しぶりに
「お腹が空いたー!!」
と思ってご飯をちゃんと食べた。


それから寒かったためお風呂に入った。
体重計に乗って、凹んだ。苦笑

東京は今年一番の冷え込みだったらしい。
家の中にいても、やっぱりわかるもんなんだね。


心配していた気分の落ち込みもなくて、
我ながら驚いた。
落ち込みどころか、むしろ好調。


どうしたのだろう。

年をとると筋肉痛は二日後とかにやってくると言うけれど、
私の「落ち」も明日とかにやってきたらイヤだな・・・とか。笑
それだけ快復してきた証拠なのかな・・・とか。
やはり本来の「出かけるのが好き」というのがあるからなのかな、とか。

そんなことを少し考えつつ、寒さに負けて昼寝をして、
夕方になってから近所のスーパーへ出かけ、兄の元へ行った。


   *   *   *


大学生の頃の話。

私はバックパッカーだった。
一人であちこちを貧乏旅行していた。

夏休みに入って合コンをして、相手に

 「icoちゃんは夏休み、予定は?」

と聞かれて

 「明日から2ヶ月中米に行ってきます☆」

と答え、ドン引きされたことがある。
(至極当然の話だと思うし、
 その後彼らからお声は掛からなかった。爆笑)
とまぁそんな感じだった。


大学の教授で、みんなが怖がってる教授がいた。
彼に説教されて、泣いた友達もいた。

就職しないで留学するという私は呼び出しをくらい、

 「お前は何を考えとるんだ」

と教授は説教をした。

 「大学時代、『コレをやった』と何一つ胸張って言えることはないだろう。
  ゼミだって、真剣に研究してるワケじゃないだろう。
  世の中そんなに甘くない。
  せっかく大学に入って、親御さんだって面倒見てくれて。
  留学なんて言ってないで、今からちゃんと就活しろ。」

と延々タラタラ説教された。
私はずーーーっと黙って聞いていたのだけれど、
さすがに最後の最後、腹が立ってきて、

 「高校生の時の私が見たモノの中で
  コレがしたいと思ってこの大学に入った。
  でもその後、もっと見聞が広がり、やりたいことが変わってきた。
  だから留学する。
  そういう風には考えられませんか?」

と言うと、

 「そんなのただの言い訳だ」

と一蹴された。
確かに言い訳だったかもしれない。
教授の言うとおりだったかもしれない。

もちろん私より歳をとり、色々なモノを見て、色々な学生を見てきた彼。
だから私の言ってる事なんて、
全て教授にはお見通しだったのかもしれない。

でも、私は腹が立った。
何もしないで、毎日タラタラ遊んでいると思われていることが、許せなかった。


これで、この場を終わりにはしたくない。

私はそう思い、たまたまその時持っていた、一人旅のアルバムを出した。

 「先生、私は何もやってこなかったわけではありません。
  これを見てください。
  バイトをして、お金を貯めて、一人で色々なモノを見てきました。」


ページをめくる度、教授の目が変わっていった。

それまでの説教は何処かに行ってしまい、
そして終いには写真の説明やら世界経済やら貧困問題の話になってしまった。

そして最後には、

 「お前はすごく根性のあるヤツだ」

と言われるまでに至った。


その後、大学卒業間近、とある企業を紹介されたのだが、
私はもう留学の手続きもしてしまっていたし、お断りをした。

そして、

 「お前はホント、台風みたいな女だな」

という称号(?)を頂いた。
ある意味でお前には期待してるんだ、とも言って下さった。
(それなのに今はこんな状況・・・・ごめんなさい。教授。)


なぜかこの言葉はとても嬉しくて、

私は、台風少女。台風乙女。
 「I am Japanese typhoon-girl!」

と今でもとても誇りに思っている。



行動力は本来、私のウリだった。
病気になってからというもの、そんな気力もゼロになってしまったけれど、
やはり出かけること、動くことが好きなんだと、
今日また改めて思った。
だから落ちてないのではなかろうかと。

今はまだ、バックパッカーをするほどの気力はないけれど、
それでも台風乙女は私の中に健在している。



          グァナファトの夕暮れ
                        メキシコ、グァナファトにて。

写真はメキシコのグアナファトという世界遺産登録されている街。
これは、教授に見せた写真のうちの一枚であり、
私のお気に入りの一枚でもあります。




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テーマ:うつ病(鬱病)、メンタルヘルス - ジャンル:心と身体

【2007/12/20 02:50】 | 雑談 | トラックバック(0) | コメント(14)
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うつ日和。


「うつ病、パニック発作」と診断された私が思うことなどを適当に・・・

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ico

Author: ico
age:25
海外留学から日本へ帰国後、半年程の"留学ニート"を経て就職。
ところが働き始めて2ヶ月が経った頃、鬱病と診断されました・・・
パニック発作も起こしつつ、なんとか2ヶ月耐えて働くも、ついに休職。
そして現在は退職し、のんびり毎日を過ごしています。

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