Awesome!! Myanmer 2016 (19)
早朝ヤンゴンのバスターミナルに到着し、タクシーを交渉してまたダウンタウンへ移動。


この時はチャイナタウンのホテルにしたのだけれど、
周りはとても賑やかで、露店がいっぱい。
華僑のレストランや、貴金属店もいっぱい。

           Yangon3
                    チャイナタウン付近、何処かの路地

           Chinatown
                         魚介もいっぱい

のんびり歩いてスーレー・パヤーへ行き。

           スーレー・パヤー
                         スーレー・パヤー

イギリス統治時代の建物を眺めながら、ジュースを飲んで歩く。

           Yangon2
                         

        Yangon4
                         

署季が終わり、着いた当初のような焼けるような暑さはないとは言え
それでも東南アジア。
30℃を超える気温に加え、雨季で湿度が高くやはり辛い。
適度に休みつつ水分補給をしないと・・・倒れちゃうよ。

お土産を物色しつつ、またまた歩いてボダタウン・パヤーへ。

        ボダタウン・パヤー
                         

さらに地図を頼りにフラフラ歩き、大型スーパー「Ocean」でお土産調達第1弾。

           Yangon rail
                         

線路脇はごみが沢山。
皆が窓からごみを投げるから。
インドなどもそうなのだけれど・・・
もともとの「ごみ」は、バナナの葉(包装用)や、食べた後の果物の皮だったので
投げても土に帰っておしまいだった。
それがいつしかビニル袋やプラスチック包装に代わり、ペットボトルが普及し・・・
土には帰らない「ごみ」になってしまった。
ごみの変化に人々の習慣の変化が伴わないと、こうなってしまう。
近い将来「リサイクル」という習慣が根付けばいいね。


夜はチャイナタウンのBBQストリートでビールを飲みつつつまむ。
好きなものを籠に入れると炭火で焼いてくれるシステムで、楽ちん。
結局二日続けて夕食はこのBBQ。w
野菜もお肉もシーフードも食べられるし、油どっさりじゃない。w

           BBQ street
                         BBQ street



翌日はボージョー・ゼーでお買い物しつつ市場内の食堂でランチをして、
裏の駅から「ヤンゴン環状線」に乗った。

           Yangon環状線1
                         

1周約3時間のヤンゴン環状線は、日本の中古車両が使われており、
車内の表示などもそのまま。
ヤンゴン郊外ののどかな風景が垣間見れる。
おまけにこの時外では雨が降っていて・・・ちょうどよかったかも。w

           Yangon環状線2
                         

のんびり電車に揺られ、
外から入ってくる風に吹かれウトウトして。
1周回って下車。
ショッピングモールまでのんびり歩いて、中のスーパーでお土産調達、第2弾。



最終日、フライトは深夜だったので時間は丸々一日あった。
チャウッタージ・パヤーへ行き、歩いて帰ろうと、のんびりブラブラ。

        チャウッタージ・パヤー
                         巨大な涅槃仏


歩いていて、「あ、雨が降る」と思った瞬間ポツポツと当たりはじめ、
そして一気にスコールのような大雨になった。
傘もカッパも持ってなかったし、携帯やらデジカメやら電子機器はいっぱい持ってるし・・・
慌てて走り、目の前にあった大きなパラソルに駆け込むと、
そこはどこかのホテルの警備員さんの詰め所だった。
「ごめんなさい。
 雨が止むまで、少しだけ雨宿りさせてください。」
と慌てて英語で言いつつ身振り手振りで伝えると、
オジサン達はニコニコして
「どうぞ、入って。」
更に椅子を出してくれて
「座って座って」
と勧めてくれた。
一人のオジサンはどこからかポケットティッシュを持ってきて、
「これで顔拭きなさい」
と差し出してくれる。そして
「ちょっと待ってればすぐ止むからね。それまでゆっくりしなさい。」

こういう優しさがたまらない。
涙出ちゃうよ。


オジサンの言う通り雨はすぐ上がり、丁重にお礼を言い、
歩いて・・・ランチを食べ・・・さらに歩いてシュエパズンへ。
恐らくヤンゴンで一番有名なお菓子屋さん、シュエパズンでシェイクを飲んでから、
お土産用のクッキーとシュエチーを購入してホテルへ戻った。
(シュエチーは日本人的には微妙かもしれないけど、クッキーは文句なしにうまかった。
 こういうところにイギリス領を感じてしまう。)

まだ時間もあったし、手持ちのミャンマーKyatも余ってたのでマッサージへ行って、
ホテルへ戻る。
既にチェックアウトしてあったのだけれど、
「シャワー浴びていいよ。
 着替えるならこの部屋使っていいからね。」
「大丈夫か?ドライヤー使う?貸してあげようか?」
「荷物重そうだね。大丈夫?手伝おうか?」
こんな感じで、やはり優しい、温かい。
そして私はまた泣きそうになる。


空港までのタクシーの中、
「ミャンマーはどこに行ったんだ?どうだった?」
とドライバーさんが聞くので
「すんごい良かった。最高。
 とにかく人がみんな親切で優しくて、安全で・・・素晴らしかった」
と褒めちぎると(これは間違いない本心)
「うんうん」
と満足そうにニコニコするオジサン。
「まだまだ行きたいところはいっぱいあるから。また絶対くるよ」
「うん。またおいで。
 僕はいつか絶対日本に行きたいんだ。日本の景色も見たいし、桜も見たい」
「うん、桜、綺麗だよ。4月の頭に来れば、どの町でも見られるよ。」
「僕も、ほかのミャンマー人も、ミャンマーの人はみんな日本と日本人が大好きなんだ。」
「ありがとう」
「ほら、見てみて。
 この車はトヨタ。右の車もトヨタ。左はホンダ。みんな日本車だ。日本の製品は最高だよ!」
「ありがとう。でも、韓国の車も走ってるよ??あとは他の国もあるんじゃない?」
「ないない。」
「えーー?韓国車乗ったよー?」
「・・・・。確かに5%は韓国車だ。でも日本車が一番良い!
 それにインドやタイや・・他の国の車はありえない。中国は論外だ!」
(補足をすると。
 イギリス領、そしてその後日本統治という歴史があるミャンマーは、
 もともと車は日本やイギリスと同じ右ハンドル、左側通行だった。
 ところが30-40年くらい前になってから「イギリス的なものを排除したい」首相が、
 右側通行に変えてしまった。
 それでも元々走ってた車がすぐに変わるはずもなく、
 また当時入ってくる安い車は日本の中古車。
 加え、軍事政権のおかげで各国から経済制裁を受け、車含めた外国製品は入ってこなくなった。
 ミャンマーの人たちは、車を修理をし修理し・・・長期間乗った。
 この時一番壊れにくく丈夫で長期の使用に耐えたのが日本車だった。
 そしてミャンマーでの日本車信仰は揺るぎないものとなり、
 物が入ってくるようになった現在でも、新車でも日本車、特にトヨタを買う人が多い。
 絶対的な信用があるから。
 右側通行なのに右ハンドルという不思議はここに由来する。
 ただ、運転する際の危険は言わずもがなで、
 「左ハンドルの車じゃないと販売許可を出さないようにする」
 という方向になるという話もあるし、(事実、バスに関しては新しいものは全て左ハンドル)
 「また左側通行に戻す」という話もあるよう。
 日本車云々ではなく、国境を多く接しているタイやバングラ、インドが全て左側通行なので、
 ミャンマーもまた左側通行にしちゃった方が都合がいいのでは?と私は思っている。)
「論外って。w
 まぁミャンマー人は中国人嫌いだもんね~」
「何で知ってるんだ???」
「えーだってみんな言うもん。」
「wwwそうか、みんな言うのか。」
そしてまた、いかに中国が悪いか、いかに嫌いかが語られることとなった・・・



車は空港に到着。
あぁぁ・・・・ついに着いちゃった。
もう帰るんだ・・・
という巨大な淋しさを心に抱え、ドライバーさんにお礼を言って空港へ。

チェックインをして荷物を預け、某ラウンジに行くと、
エスプレッソマシーンにコーヒーメイカー。なんとNespressoまである。
この1か月、美味しいコーヒーが飲みたいと呪文のように唱えていたので、嬉しくてたまらなかった。


飛行機は、当然ながら復路も中国国際航空なので、また乗った瞬間から中国。
しかも今回は夜。
もうね・・・・ほんと酷かった。涙

そして朝、北京に到着し乗り換え、日本に到着。
私の約1か月のミャンマー旅は終了した。

           Yangon airport
                         


日本に帰って東京の空を見上げたら、初夏の雲と青空が綺麗だった。
日本の空も捨てたもんじゃないと思った。
ただ、私の心に余裕がないだけなんだな・・・って。


ミャンマー、とにかく良かった。
長い間の軍事政権の影響は全く感じられず、
人々は元気で、温かくて、明るかった。
ミャンマーは見どころもだけど、何より人が良くて、温かくて、優しくて。
そりゃー財布の紐が緩い日本人、吹っ掛けられることも多々あるけれど、
そのレベルは他国に比べ可愛いもの。
他の国とは全然レベルが違う。
国の経済的な豊かさはまだまだで、比較してしまえば間違いなく貧しい。
けれど、窃盗や強盗は恐ろしく少なく、治安もすこぶるいい。
他国に比べ、乞食も少ない。
これは、経済的には貧しくても、心は豊かだからだろう。
そして何より、仏教国だからだ。
敬虔な仏教徒だから、人への施しや、人に何かをすることを厭わないし、周りを見て思いやれる。
無常観とともに生きてるから、騒ぎ立てず、粛々と生きていく。
(日本人は無宗教の人間が多いけれど、やはり仏教観の中に生きているのだと思う。
 道徳観や倫理観そしてこの無常観は、確実に日本人の心の中にある。
 一方、中国は共産党が宗教を禁止したとはいえ、もともとは道教、
 韓国や台湾も道教で・・・やはり違うのだと思う。
 道教は仏教より過激な宗教だし。)

大事なお寺は綺麗にしなきゃいけないから。
だから自分の家以外も綺麗にする、綺麗に使うという感覚もある。

また、元々の国民性が控えめなのだ。
だから私にとってはとても好感が持てるのだと思う。

日本は・・・こういう国に援助をして、協力して、こういう国と仲良くすればいいのに。

絶対に仲良くなれない、価値観を共有できない国に期待をしないで、
絵に描いた餅のような経済力に夢を描かないで、
もともとの価値観に共通項を見いだせる国と、着実に手を取り合って進めばいいのに。
タイ、ミャンマー、スリランカなどの仏教国。
50年にわたる日本統治を否定せずその価値を認め、震災などでは多大な援助をしてくれる台湾。
エルトゥール号事件に今でも恩を感じ、トルコ航空のフライトを
自国民の為より日本の為に優先してくれたトルコ。
(トルコは震災の時、大統領命で「死ぬ覚悟」で日本に来てくれたし、
 一番最後まで救助や支援を手伝ってくれた国)
フィジーや南太平洋の島国、そして日系人が多いブラジル。
かつて日本にいっぱい出稼ぎに来ていたバングラデシュやフィリピン、イラン。
どこも大国ではないけれど。
絶対に、みんなでできることはあると思うんだ。

ボーっと空を見上げながらそんなことを思った。

沢山の貴重な経験と気付き、出会った全ての人に感謝。
ありがとう、ミャンマー。
チェーズティンバーデー。
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【2016/07/14 16:31】 | | トラックバック(0) | コメント(0)
Awesome!! Myanmer 2016 (18)
バスでBagan(バガン)へ移動し、ネットで予約をしたホテルにチェックインした。
(安宿はHostel worldなどで探すことが多いけれど、
 ミャンマーに関してはほとんどHostel worldに掲載はなく、
 その代わりにAgodaにいっぱい載ってます。
 ドミトリーも載ってます。)

色々考えて・・・バガンではプチ贅沢をして、ちょっとリゾートを味わおうと決めた。
と言っても、一人でOld Baganのホテルに泊まるのもなぁ・・・と思い、
Nyaung Oo(ニャウンウー)の、プチリゾートなホテル。
アジアンな雰囲気、開放感あるレセプション、綺麗なお庭にプール・・・
部屋もとても綺麗だし、良く寝られそう!

Baganの滞在は2泊3日、観光できるのは初日の夕方~3日目の夜のみ。
3日目はまた夜行バスに乗り、Yangonへ向かうから。


滞在中は、とにかく・・・ひたすら・・・走りまくった。
電気チャリで。
もちろん車をチャーターするという手もあるのだけれど、電気チャリなら自分のペースで見て回れる。
フレキシブルに動き回れるし、一日借りて5000Kyat。
ちなみに、当たり前だけどデメリットもある。
朝から走ったら夕方には充電がなくなっちゃうし、
充電がなくなったり壊れたら、借りたお店に電話して迎えに来てもらわなければならない。
さらにちょっとメイン通りを外れれば、未舗装のオフロード。
これを疾走するのは結構辛い。
加え、バガンは他の町とは違い、圧倒的に木が少なく木陰がない。
直射日光をガンガンに浴びるはめとなるし、
遺跡群の中に、エアコンの利いたカフェやレストランなどはない。


到着したその日のみ、ホテルのタクシーでサンセットを見に行った。
Dhammayangyi Temple(ダマヤンヂー寺院)、Sulamani Tempke(スラマニ寺院)に寄ってから、
Pyathada Temple(ピャタダー寺院)でサンセット。
(バガンの仏塔は上に登れるものが限られているので、
 どうしてもサンセットやサンライズは人が集中する。)

        Bagan1
                         
ホテルのスタッフさんが言っていた。
「バガンは約40㎢の場所に、3000の遺跡があるんだ。
 でも、損傷や風化が激しいし、修繕は全く追いつかない。
 何年か経ったら、遺跡はもっと減っちゃうし、
 登れる遺跡はなくなっちゃうかもしれない。
 だから、今来て正解だよ」

        Bagan sunset1
                         ピャタダーからの夕日


翌日はニャウンウーからメインロードを走り、オールドバガンへ。

        Bagan2
                         

           Bagan3
                         

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           Bagan5
                         

           Bagan6
                         

アノーヤター通りを通ってホテルへ戻り、休憩、プール、ちょっと一杯。
そしてもう一度オールドバガンへ向かい、
Shwesandaw Paya(シュエサンドー・パヤー)でサンセット。

サンライズもサンセットも、何処で見るかも大事だけれど、
それ以上に天気が一番重要で、こればかりは運なので・・・
2日目の方が夕日がきれいだった。w


最終日は気合で早起きし、まだ薄暗いうちに電チャリをすっ飛ばしてBule Thi(ブルディ)。
早起き、した甲斐があった。
次第に空が、全てが青白く明るくなり、
山ほど台地から仏塔が生えている向こうから、太陽が昇った。
「うっわぁーーー!!!」というのが感想。w

正直、これほど感動できると思ってなかった。
これまであまりに沢山の「すごい景色」を見てきてしまって
感動の閾値が上がってしまったから。
ちょっとやそっとのものでは、感動できなくなってしまったから。

        Bagan sunrze1
                         

        Bagan sunrize2
                         

サンライズを見た後は一度ホテルに戻り、朝食と休憩。
そしてチェックアウトし、荷物を預かってもらってから出発。
前日とは違う道、東から攻め、ニューバガンへ。
そこから北上、またオールドバガンを通り、ニャウンウーへ戻った。

           Bagan7
                         

           Bagan8
                         


夕方、ホテルに迎えに来たピックアップに乗り、バスターミナルへ。
夜行バスでヤンゴンへ向かった。



バガン。
雨後の筍のように、台地から仏塔が生えている地。
そう、「生えている」。
世界三大仏教遺跡は、カンボジアのアンコールワットとインドネシアのボロブドゥールと、
ここミャンマーのバガン。
私は・・・アンコールワットよりバガンの方が好きだ。

        Bagan sunset 2
                         シュエサンドー・パヤーからのサンセット
【2016/07/12 17:45】 | | トラックバック(0) | コメント(0)
Awesome!! Myanmer 2016 (17)
ゆっくり起きて、華僑経営のタイ料理屋さんでランチ。
さらにこれまた華僑のジューススタンドで飲み物を買い、
マンダレーで一番大きなショッピングセンターとスーパーをブラブラして・・・
更に台湾人経営のカフェでお茶。

ここまで、全て中国語。
ミャンマー語どころか英語さえ使わずに全てが済んでいた。


「どこか行きたいところある?」
と聞かれても、
「前日までに一通り見ちゃったし・・・・」
「じゃぁ、ウーベイン橋を見に行こうか」
ということで、2度目のウーベイン橋へ。

やはりウーベイン橋は綺麗。
そして前回より天気が良く、夕日がきれいに見えた。

二人で座って日が沈むのを待ちながら、ぼーっと。


なかなかね。
日本にいると、毎日が忙しなくて。
夕日を見に行こうかという気分にならないし、
空を見上げる余裕すらなくなってしまう。
それが旅に来ると何かに追われることもなく、
過行く時間はとてもゆっくりで、
心にもゆとりがあって。
余計なものは何もなくて。
だから純粋にその景色だけを楽しめるんだ。
自分の心も少しだけいつもよりピュアになってるから、
だからいつもより景色もきれいに見える。
そこに至るまでの苦労もあるから、ますます綺麗に見えるんだ。


彼は隣でスマホであれこれ連絡を取り、なんだか忙しそうだったけれど。
(というか、仕事は大丈夫なのか?)
それでも一日時間を作り、連れてきてくれたんだなーと思ってみたり。


日が沈み、またマンダレー市内へ戻り、
これまた華僑経営の中華料理屋さんで夕食を食べた。



この2日で、私は中国人コミュニティの凄さを実感した。
ホントに、中国語のみで生活できてしまうんだなぁ・・・とびっくり。
知っていたつもりだったけど目の前で見るとすごい。
衣・食・住、全てがそれで手配できるし、
例えば病気になっても、何かトラブルに巻き込まれても、お金に困っても、
そのネットワークでどうにかなってしまう。
彼らの中には裏の世界にも通じている人間がいて、
大概のことは解決できる・・・・。
これじゃ、敵わない。
それに逞しさが全然違うし。

でも、だから中国人は嫌われるんだよと思ってみたりもする。
だってそれではローカルにお金が落ちず、
そのコミュニティ内でお金が循環するだけだから。
中国語のみで生活していたら、現地の人との関わりなんてほとんどないし。
そもそも中華思想で生きている彼らには、
ローカルにお金を落とすという感覚もないのかもしれないけれど。

確かに中国では反日教育が行われてるし、
政府はそれを共産党一党支配のガス抜きとして利用してるし煽ってる。
都合の悪いことは知らせないし、ネット検閲だってすさまじい。
LINEやFacebookだって使えない。
私自身、中国国内で嫌な思いをしたことは沢山ある。
酷いのだど、バスで後ろから蹴られたこともある。

でも。
こうやってポンっとコミュニティに日本人の私が入っても、
誰一人嫌な顔しないし、けっこう受け入れてくれるんだ。
(それは中国国内でなく、海外だからで、
 国内でしか生活したことがない人と、海外に出たことがある人の違いはあるかもしれないけれど)
だから「中国人は嫌いだ」って言い切れないんだ。


今回の体験を通して。
私はこの先海外で困ったときには、
中国人コミュニティに駆け込もうと、こっそり心に誓った。w
日本大使館よりアテになるかもしれない。w


ちなみに中国人のその彼とは、Wechatを交換し、
今でもちょこちょこ会話している。
「中国語、読めるの?書けるの?」
と最初は心配していた彼だけれど、
その辺は日本人ですから。同じ漢字の文化圏に生きている人ですから。
会話より読み書きの方が得意なのです。w

彼はあまり中国人らしくないというか
灰汁の強さがなく、控えめな空気の人なので(それこそ台湾人よりも)
今のところ違和感が少なく友達でいられる感じ。
よくよく考えたら、あぁ、雲南人だからなのかなって思った。
もしかしたら、漢民族ではなく少数民族系の人なのかもしれない。


        二度目のウーベイン橋
                         2度目のウーベイン橋。

ところで、今さらながらに気にかかっていることが一つある。
彼は、どうして私に声を掛けてきたのか、ということ。
だって、英語だってまともに話せないのに・・・。
中国系の人間だと思ったのか、
誰かに声を掛けたい気分だったのか、
何も考えてなかったのか。
謎である。
【2016/07/10 22:20】 | | トラックバック(0) | コメント(0)
Awesome!! Myanmer 2016 (16)
マンダレー市内は、バイタクを一日チャーターして観光した。
前日の船着き場でバイタクのオッサンに勧誘され、
(どちらにしてもバイタクチャーターするつもりだった)
一日12000Kyatで約束済みだったので、
「約束の9時までコーヒー飲んでゆっくりしよう~」
と思っていたのだけれど。

起きたら8時半だった。

やっちまった・・・・。
流石に疲れてるよね。


なんとか時間ぎりぎりに集合。
今日はバイクなので、ちゃんとパンツを履いて長袖のパーカー。

バイクにまたがりレッツゴー!!


        Sywe In-pin Kyaung
                    Sywe In-pin Kyaung シュエインピン僧院


           Maha Muni Paya
                         Maha Muni Paya マハムニ・パヤー

オッサンも慣れてるので、何も言わなくとも見どころは全て連れてってくれる。
というか見どころを網羅したコースになってる。w

        Old palace1
                    Old palace 旧王宮のお堀

        Old palace2
                    Old palace 旧王宮

        Old palace3
                    Old palace 旧王宮全景


        Shwenandaw Kyaung
                    Shwenandaw Kyaung シュエナンドー僧院

           Shwenandaw Kyaung
                         シュエナンドー僧院。


12時過ぎてごはん。
ミャンマーカレーのレストラン。

        Mandalay lunch
                    この日のランチ。エビカレーと魚のカレー


さらに観光。

           Kuthodaw Paya
                         Kuthodaw Paya クドードォ・パヤー


他にもあれこれパヤーや僧院、さらには大理石や金箔の工房にも連れてってもらった。


14時過ぎ、マンダレーヒルに到着。

        Mandalay hill entrance
                    マンダレーヒル入り口

「夕日見てきていいからね」
と言ってくれたけど・・・
そのつもりだけど・・・・
サンセットまで、あと4時間半もあるんですが・・・・涙

一人でひたすら階段を上る。
汗ダラダラ、辛い。

        To mandalay hill
                    マンダレーヒル頂上へ向かう・・・

休み休み、やっと山頂に辿り着き、それでもあと3時間。

        Mandalay hill
                    マンダレーヒル

        From Mandalay hill
                    マンダレーヒル頂上から

仕方なく売店へ入り、ジュースを飲みながらぼーっとするも、気づいたら寝てた。w
(念のため。
 海外で、外や電車で寝るなんてこと、今までなかった。
 危ないから絶対ダメ。
 でもミャンマーでは・・・ちょいちょい寝てた。w)

ちょうどいい時間になり、サンセット鑑賞。
周りはミャンマー人、欧米人、そして賑やかな中国語の中国人?台湾人?

        Mandalay hill sunset
                    サンセット間近。スマホのパノラマで撮影してみました


暗くなると降りるのに足元が危なくなってしまうので、早々に引き上げ歩き始めると
「Hello! Where are you from?」
とアジア人、東アジアの同年代の一人の男の子が声を掛けてきた。
(ちなみに、時と場合にもよるけれど、
 一人旅をしている時は私も結構知らない人に声を掛ける。
 日本じゃ考えられないけど。w
 日本人だと思えば「こんにちは~一人ですか?」から始まり、お互いの旅程を話したり。
 それで仲良くなってお友達になった人もいっぱいいるし、
 日本に帰ってきてからお付き合いをした男性もいる・・・・。)

彼は・・・・どこの国だろうと考える。
日本っぽい気もするけど、でも服装が日本じゃない。韓国でもないと思う。
中国?でも中国っぽい顔じゃないし・・・台湾?
それか東南アジアなのかなぁ?
そんなことを考えながら
「Japan.And you?」
と聞くと、
「China」
「中国人啊」(中国人かぁ)
「噢,你说中文!?」(えっ、中国語話せるの?)
頭が一気に中国語モードに切り替わる。

彼はマンダレーで働いてるそうで、マンダレーは中国人がいっぱいいると言っていた。
「あ、さっきも上で中国語の人いっぱいいたね」と言うと、
あれは台湾人だよって。
なんで中国語が話せるんだ、ミャンマー何しに来たんだ、
いつまでいるんだ・・・などなど色々と話をしながら、階段を降りる。

そして「ミャンマーの食事、どう?」と聞く彼に
「油太多」(油が多すぎる)
と答えると、頷いて、
「而且清淡」(それに味にメリハリがない)
わかるーーー!!そうなの。
お隣のタイは酸っぱい、甘い、辛いとバリエーション豊かで飽きないけれど、
ミャンマー料理は・・・単調なの。もう飽きてるの・・・。
「もうちょっと飽きてるからさ・・・
 だからちょくちょく中華料理食べてるよ。」
と私が笑うと、
「どこの中華屋さん?どうだった?」
「駅前の中華屋に行った。華僑のお店。
 まぁまぁだったけど、ちょっと、なんていうか・・」
「ミャンマー風」
「そうそう!!」
「マンダレーは華僑も多いけど、最近移ってきた移民も多いんだ。
 そういう人のお店に行くとミャンマー風じゃなく、ホントの中華料理が食べられるよ」
「へぇ~」
「ねぇ、よかったら一緒に中華食べに行かない?
 中国人がやってる中華屋さんに連れてってあげるよ」
「行く!!!」
ということで話が決まり、火鍋を食べに行くことになった。
その火鍋屋さん、本場重慶人のお店らしい・・・
あぁ、ヨダレが。

お店の大まかな場所を教えてもらい、現地集合。
(ちなみに彼は自分のバイクで来ていた)
バイタクのオッサンが
「彼も日本人か?」
と聞くので
「ううん、中国人」
と答えると不思議そうな顔をしていた。w
火鍋屋に到着し、オッサンにお金を払いお礼を言って別れた。
帰りはまた違うバイタク拾えばいいし。

そして火鍋屋へ一歩足を踏み入れると・・・・
そこは「中国」だった。w

もうね、笑っちゃうくらいに中国。
中国の地方の町の火鍋屋って感じ。
空気も、雰囲気も、オーラも、全てが中国。
オーナーとホールの女の子も中国人、お客さんは全て中国人。
奥の個室では、上半身裸の中国人男性が火鍋を喰らっている・・・

私は楽しくてたまらなくなってしまった。
でもこの店、知らない人は入れないよ。
私は連れてきてもらったからいいけど
いくら中国語が話せても、一人じゃ絶対に入れない。

2階のベランダで彼と火鍋。
火鍋は本場の味だし、単調なミャンマー料理に飽きてたからなお美味しいし。
すでに「中国」なお店で楽しいし、
おまけに彼と二人で浴びるほどビールを飲み。
煙草なくなっちゃって、オーナーにタバコ頂戴って言うと、
普通に中国のタバコ「熊猫」を分けてくれた。

彼は雲南出身の28歳で、これから自分でマンダレーでビジネスをすると言ってた。
ミャンマー語も、英語もダメ。中国語のみで生活してると。
それで生活できちゃうんだよね。
華僑と中国人のネットワークって、すごい。

お会計は、彼が全て払ってくれた。
ごちそうさまでした。どうもありがとう。

飲酒運転のバイクに乗り、
「飲みに行こうか?」
「いいよ、行こう。」
「ミャンマーで飲みに行ったことある?」
「ないない。だってミャンマー人はみんな早寝早起きだと思ってた」
「ありえないでしょ!」
で、連れてってくれたのが、ショーパブ風の飲み屋。
目の前ではミャンマー人のおねーちゃんたちがドレスを着てステージを歩き、
ボーイのミャンマー人たちは中国語対応可。
またまた笑いが止まらなくなる・・・・なにこの異様な光景。
まるで、かつての日本人を見ているようで、一昔前の韓国人を見ているようで。
どこの国も同じ道のりをたどるのかなぁと、酔っぱらった頭で考えた。

「カラオケ行こう」
「えー・・・あんまり好きじゃないんだけど」
同じビルの別室へ移動しカラオケへ。
「たぶん日本語の歌もあると思うんだけど・・・」
「あぁ、大丈夫だよ。中国語で。」
「マジで?中国語の歌うたえるの?」
何年ぶりかに行ったカラオケがミャンマーで、しかも中国語の歌を歌う私。
この状況が全ておかしくてたまらなかった。


外へ出て、静まり返ったマンダレーの町をバイクで走る。
「ねぇ、明日行くの?」
と彼が聞いた。
翌日Baganへ移動する、バスも買ってあると伝えてあったから。
「うん。明日行くよ。」

しばらくしてまた彼が聞く。
「明日、ホントに行っちゃうの?」
「・・・・。」

あぁ、淋しいんだなぁと思った。
いくら中国人が沢山いて、中国語だけで生活出来る環境があっても。
不安や、不便や、居心地の悪さや、辛いこと、悲しいこと、淋しいこと・・・
いっぱいあるんだろうなって。
私も海外で暮らす大変さは知ってるから。
いっぱい傷ついたし、いっぱい泣いたから。
だから、彼の気持ちは少しわかるんだ。

「明日・・・バガン行くの辞めようかな。
 明日じゃなくて、明後日バガンへ行くよ。」
「ホントに?」
「うん、ホントに。」


これだけ飲んじゃってるから、朝起きるのも辛いだろうし。
日程には余裕があるし。
彼に出会ったのも「縁」だから。

こうしてもう1泊マンダレーに泊まることが決まったのだった。
【2016/07/10 04:22】 | | トラックバック(0) | コメント(0)
Awesome!! Myanmer 2016 (15)
マンダレー近郊にはかつての古都が残っている。
Inwa(インワ)、Mingun(ミングォン)、Sagain(サガイン)、Amarapura(アマラプラ)。

マンダレーに3泊、観光は実質2日の予定だし、
一日はマンダレー市内を観光したいし、
この3つを一日で効率的に回るにはどうしても車のチャーターが必要になる。
一人でチャーターするのも・・・と悩んだうえ、
今回はミングオンとアマラプラだけ行こうと決めた。


さてMingun。
外国人は、政府指定の船に乗らなければならない。
この船、一日一往復のみ。
午前9時半の出発に合わせバイタクで船着き場に行き、船に乗る。
この船でエーヤワディー川を渡ってMingunへ。
乗客はアジア人5人、欧米人3人。

        船着き場
                         船着き場。

アジア人男性の二人組と話し始めると、彼らはベトナムのハノイの方だった。
たまにはこういうゆっくりと時間が過ぎるのもいいよねって。
トータルで1週間のミャンマー旅行だそう。
(注。彼らはバックパッカーではない。
   経験上、アジア人でバックパッカーをやってるのは日本と、あとは韓国の少数。
   国が発展して、文化的に豊かになり、ある程度の時間がたたないと、
   バックパッカーという発想にならないし、そういう旅に価値が見出されないのだと思う。)

海外の話になって・・・
あ、そうか、ベトナム人かと思い、
フランス語話せる?と聞くと、
話せるよ~、フランス行くには便利だよって。
かつて、悲しい歴史ではあるけれど支配する側だった日本においては、
歴史故に外国語が話せるというのはないからなぁ。
英語にフランス語、ベトナム語、すごいね。
そして大学時代少し日本語勉強したらしくちょっとだけ覚えてるって笑ってた。

ベトナムに行った時の話をして、その時は中国から行ったというと、話題は中国になった。
そしてベトナム人の彼は言った。
「中国人は嫌いだ。中国は大嫌いだ。最低な国だ。」
・・・・・まただね。苦笑
みんなが「中国は嫌い、中国人は嫌い」と言うのはよくわかる。
私だって嫌いだから。
でも、もちろんいい人もいっぱいいて、お世話になった方もいて・・・
「中国は大嫌い」と聞くたびに複雑な気持ちになるのも事実。

「日本とベトナムは似てるところがある。
 ミャンマーも似てるところがある。
 だから、そういう国同志仲良くして、協力できたらいいね」
と彼。
うんうん、私もそう思う。

        エーヤワディー河
                         

1時間の船旅でMingun着。
帰りの船まで各自観光。日差しが強く、かなり暑い。

        Mingun
                         Mingun Payaから

           Mingun bell
                    Mingun bellにて。自撮りするミャンマーの若者

        シンピューメ
                         シンピューメ

           休憩
                         日陰で休憩中

また船でマンダレーへ戻る。
ベトナムの二人はこの後はマンダレーヒルに行くそう。
私はどこかでランチして、サンセットに合わせてAmarapuraに行こうかなと話していた。
船が到着し、降りようとすると、欧米人男性の一人が
「Hello!
 これからランチに行くんだけど、良かったら君も一緒に行かないか?」
声を掛けてくれたのはイタリア人のステファン。
やっぱイタリア男・・・優しい。w
さらに(どこの国か聞きはぐった)マリオとヌヌの
190センチはあろうかという巨大かつイケメン男性3人とランチへ行くことに。
ラッキー。目の保養目の保養。w

ランチをして・・・そのまま車チャーターする流れに。
さらにラッキー。
一人でAmarapuraのはずが、すべて回れる。

軽トラと交渉して、荷台に乗り込み観光。

        Sagain hill
                         Sagain hillから
こちらはサガインヒルからの眺め。
雰囲気が良かったので、今度は一日かけてサガインを回りたい。

           Inwa Yatana Sinme Paya
                         Yatana Sinme Paya in Inwa
インワは馬車に乗って観光。


        撮影中
                         熱心に撮影する大男たち。w


そして念願のAmarapura、U-bein Bridgeで夕日。
しかもイケメン3人と一緒。(←若干しつこい)

        ウーベイン橋1
                         

           ウーベイン橋2
                         

        ウーベイン橋3
                         
U-bein Brdge(ウー・ベイン橋)は全長1.2㎞もある木造橋。
シルエットがなんとも素敵で、ここで見る夕日が美しい。


ほんとに大満足な一日だったけれど、
この時ほど自分の英語力を悔いたことは今までなかった。
もっと話せればよかったな、というだけじゃなく、
みんなに迷惑かけちゃったなと・・・ごめんね。
でもどうもありがとう。


           串揚げ
                         
シャワーを浴びて、ナイトマーケットへ夕食を食べに行った。
これは臓物の串揚げ屋台。
好きな串を選んで中央の油へ投入!
温まったらチリソースを付けて頂きます。
ビールがなかったのが残念で仕方ない・・・・・。
(そもそもドリンク自体が持ち込み式。)
【2016/07/10 01:48】 | | トラックバック(0) | コメント(0)
Awesome!! Myanmer 2016 (14)
朝6時に起きて一人散歩。
マーケットを散策して、屋台でスナックをつまんだ。
ホテルは朝食付きだけど・・・やはり外の方が色々あって楽しい。

        Hsipaw market
                         みんな朝が早い・・・


ホテルをチェックアウトし、バックパックを背負い歩いてると
「Hello!」
振り返ると、ぶっ飛んだビジュアルの女の子。
タトゥーに刈上げ、編み込みに鼻ピアス。
まぁバックパッカー、慣れてるけど。

アメリカ人の彼女は、マンダレーに荷物を置いて1泊でシポーに来たそう。
鉄道に乗るために。
日本人だというと、この前まで日本にいたのよ、って。
アメリカを出て日本を旅し、台湾へ行き、ミャンマー。
また日本へ戻ってそれからアメリカへ帰ると言っていた。

駅へ着くと、外国人が結構いる。
やはりみんな鉄道だよね、あの鉄橋だよね!!

Pyin Oo Lwin(ピンウールィン)で途中下車して乗り合いトラックにしようか悩んだけど、
とりあえずMandalayまでのチケットを購入。
なんと1700Kyat。安すぎでしょ。
(ordinalyという安い方の席。)

        Staion
                         電車の時間に合わせて売店が並ぶ

勝手に「遅れるだろう」と思ってた鉄道は、以外にもon time、9時半に到着。
アメリカンの彼女とは全然違う車両だったので、一人乗車。

人が少なすぎてびっくり。
そうだよね。
ローカルの方々もバス乗るよね。
乗り心地悪いし、時間掛かりすぎだし・・・。

車窓からの眺めは超のどか。
一日に上り下り各1本のこの路線、踏切は人力。w
そして、予想以上に揺れが凄まじい。
ガタンゴトンと上下に揺れるのみならず、左右の揺れが半端なく、掴まってないと投げ出されそう。w
楽しいー!!
けど、お尻が痛くなってくる・・・・。

        In train
                         電車の中はこんな感じ

次の駅で、ローカルの人がいっぱい乗車。
私の目の前にはオジサン。
貧しいのが一目でわかる。
見た目も、においも貧しい。むせそうな汗のにおい。

オジサンは一生懸命私に話しかけるのだけれど、
私、ミャンマー語わからないですからー!!ごめん・・・。
でもペットボトルの蓋が開かずお困りのようだったのでついついやってあげると
なんだか懐かれてしまった。w

           どこかの駅
                         どこかの駅で

           すれ違い
                         一日一度のすれ違い

激しい揺れにもかかわらず、ついウトウト。周りもウトウト。w
一人で電車に乗りながらもウトウト出来ちゃうあたりがすごい。
ミャンマーだからだなぁって。


目を覚ますとちょうどお昼。
車内でビーフン炒めとマンゴーサラダ購入。計800Kyat。
意外にうまくてびっくり。

        Lunch in train
                         車内ごはん

電車のスピードがゆっくりになり始め、
「あ、そろそろだな」
というのがわかる。
車内の人たちもみなソワソワしはじめ、スマホを構え始めた。


           befoe gotti
                         

遠くに鉄橋が見えて・・・
トンネルを抜けると。

        ゴッティ鉄橋
                         

このために乗ったの。
この、ゴッティ鉄橋の為に。
この為にHsipawni行ったの。
世界で2番目に高い鉄橋。
今にも崩れそうな、落ちそうな鉄橋・・・・w

電車は超スローペースで鉄橋を渡った。
皆が窓から乗り出し写真を撮っていた。



オジサンは鉄橋をしばらく過ぎてから起きだすと、売り子のおばさんからビールを買い・・・
蓋を開け・・・・
ストローで飲み始めた。w
ぬるいビールをストローって!!!!
さらに「飲むか?」と私に差し出す。w
要らねーよ!!
お気持ちはありがたいですが。

本来車内禁煙なのだけれど、みながスパスパ煙草を吸うので、つい1本。
オジサンもタバコ。
吸い終わった吸い殻をお弁当のごみに入れようとしてると、
オジサンは私の吸い殻を取り、窓の外へポイって。
「こうすればいいんだよ」
と笑顔。
うん・・・・・ちょっと微妙な気分。w

ふと、オジサンの手が私のバッグへ伸びる。
ちょっとびっくりしたけれど、
「ファスナーちゃんと閉めないと、荷物落ちちゃうよ」って、閉めてくれた。
オジサン、ニコニコ。
私もニコニコ。

すごいなぁ~って。
彼も、周りも、貧しいけれど、誰一人「盗ろう」なんていう発想すらないみたいだ。
いくらビンボーバックパッカーとはいえ、私の身に着けてるもので数十万、
それは彼らの数年分の年収なのに。
それでも羨ましいとか、欲しいとか、そういうのが感じられないし、
肌感覚で「盗まれるかも、危ないかも」というのがない国、ミャンマー。
仏教に身を置き、知足を知り、心豊かな人たち。
なんだか・・・・涙が出そうだった。


その後も言葉は通じないながらもオジサンと話す。
あれはパヤー、お祈りをするところだよ、
良い時計してるね、でも僕の時計もなかなかだろ?
ちょっと写真を撮ってくれないか?
揺れるからね、しっかり掴まるんだよ。
大丈夫か?荷物持っててあげようか?


16時半。
「もうすぐピンウールィン着くよ。降りるんだろ?」
流石にお尻が限界なので、ここで降りることにした。
オジサンともお別れ。
網棚に乗せた荷物を降ろそうとすると、オジサンはその細腕で降ろしてくれる。
そして、持ってくれるという。
大丈夫だから、って自分で背負うと、今度はサブバックを持ってくれる。w

いいよ、本当に大丈夫だから。
どうもありがとう。
チェーズティンバーデー。
バイバイ。

駅を出ると、朝のアメリカ人。
一緒に乗り合いトラックへ行き、乗り込む。
振り返ると、オジサン・・・・。w
見送りをしてくれた。



電車だとさらに6時間かかる道のりを、トラックだと2時間弱。
ただ・・・・トラックも辛かった。涙
悪路、揺れる、お尻が痛い。
鉄のベンチにお尻が打ち付けられる。
おまけに排気ガスがひどい。
1時間のところで
「もう降りたい・・・・降ろして・・・」
と思いはじめ、
あとはひたすら耐えるのみ。



Mandalay(マンダレー)に着いたのは18時半前。
前日にネットで予約した駅近くのホテルへ。
(Mandalayまで電車のつもりだったし、夜、下手したら深夜着を想定してたから)

流石にぐったりだったけど・・・
冷たいビールを求めて外へ。
お店がわからない時、確実にビールが飲みたい時。
目指す店は中華。

小ぎれいな中華屋さんに入り、出てきたオーナーは一目で華僑だとわかった。
英語で聞かれたのだけど、
ついつい思わず口から中国語が飛び出し・・・その後は中国語で会話。

出てきた料理は若干ローカライズされてはいたものの、
疲れた体には冷たいビールとオイスターソースの味が、とてもとても美味しく感じられた。

長かった一日だけれど、とても幸せな気分になれた日だった。
【2016/07/09 22:39】 | | トラックバック(0) | コメント(0)
next→
うつ日和。


「うつ病、パニック発作」から脱却。日々のことや旅のことなど徒然に・・・

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ico

Author: ico
age:33
大学時代はバックパッカー。卒業後海外留学。
日本へ帰国後、半年程の"留学ニート"を経て就職。
ところが働き始めて2ヶ月が経った頃、鬱病と診断されました・・・
パニック発作も起こしつつ、なんとか2ヶ月耐えて働くも、ついに休職。
そして追い出され退職。
周囲の協力の下、なんとか這い上がったはずなのに、気付けばオーバー30、フリーター。
歳は崖っぷち、人生は壁だらけの四面楚歌・・・
でもね、悲観はしてない。
没关系,慢慢儿走!


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