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溢れたコップ 30 (最終話)
気付けばこの自己満足な連載を放置すること4年半。
中途半場に放置するのもイヤだと思って。

また最初に「うつ病」と診断されて会社を辞め、
5年が過ぎた今、思うことも多々あり、
それらを書こうとしたときに、
どうしてもこれを完結しておかなけれなと思ったので・・・
(当時のことは思い出せないことも多々あるけれど)

なんとかこれで完結させようと思う。
かなり強引だけれど。

(これまでの話は、カテゴリー「うつ発症から退職までのハナシ」をお読み下さい)




会社を辞めて4か月が過ぎ・・・
実家と東京、半々の生活が続いた。

季節は冬になったけれど、
減った体重は戻らず、そのまま。

電車は相変わらずキツくて、人ごみもダメで、
東京ではいつもサングラスとi-podが手放せなかった。

2週に1度病院に行き、大量の薬を飲み、
好きだったお酒はほとんど飲まない生活となった。
(発病から1年は、ほとんど飲まなかった)



なんとか「普通」のようにいられる日もあれば、
ダメな日もあり、
そして「何か」ある度に躓き、奈落の底に落とされるという連続。
泣き、布団にくるまり、ミノムシになり。

ただその理由が「会社」や「仕事」であることは少なくなっていった。
勿論会社に対して申し訳ないと思い続けてはいたし、
それが私を苦しめてはいたけれど、
直接的な落ち込みの理由ではなくなっていった。

理由は「伯母」や「自分」になっていった。
東京にいるときは、伯母を受け付けず、
部屋にこもったり家出を繰り返したり・・・。



恐らく、「諦め」みたいなものが生まれていったのだと思う。

コップはいっぱいになったままだったし、
その後も病気は続いた。
ただ、「時間が解決してくれる」という言葉はある意味正解で、
時間が経つごとに、その会社そのものに対する拒否反応は薄れていった。


     *     *     *


私のコップを溢れさせてしまったのは会社。
一度溢れてしまったら、もう元には戻らない。

1滴、たった1滴注ぎ足されるだけで、また溢れる、
その繰り返し。
その1滴がどんな理由であれ、溢れるのは変わりがない。


休むことも大変だったけれど、
なんとか休み、心に休息を与えた。
コップに貯まった水が減って、少し注ぎ足す位では溢れなくなる、
そこに至るまでには結局2年の時間を要した。

「そろそろコップがいっぱいになっちゃうなー」
と自分で気付くようになるまでは、更に1年以上の時間を要した。

私は沢山の時間を犠牲にしたのみならず、
お金や人や自信、職、夢、将来、目標・・・・
本当に沢山のものを失った。
今でもその失ったものたちに苦しめられる。
(特に、どうしても職探しは難航する。
 在籍だけでも残しておいてもらえたら、
 もし私が社会人でなく学生だったら・・・と思わずにはいられない。)


そこまでに犠牲を払っての、今のなんとかの日常だから。
だからこそ、もうコップを溢れさせることなんてしたくない。

落ち込み、泣きながらも、
必要な無理と不必要な無理とを見極め、
自分の心に耳を傾け、
周りに流されず、
自分を大事にしていこうと思っている。



余談だけれど。
会社の友達のKちゃんもその後会社を辞めた。
彼女も病院通いをすることとなった。
同部署にいた唯一の女性の先輩は、他部署に移ったと人づてに聞いた。
そのほかの話は知らない。

(おしまい)
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【2012/07/25 02:19】 | ウツ発症~退職までの話 | トラックバック(0) | コメント(4)
溢れたコップ  29
社会復帰計画第1弾として、
昨日は6時半に起きて兄の店の手伝いをした。
12時までだったけれど、とにかく疲れて、グッタリで、
家に帰ってからお昼寝して、何もする気になれず終わった。

接客業って、肉体労働だし気も遣う。
というか、気を回してなんぼの世界。
笑顔を作って、作って、作りまくって、そして動いて。
50席もある喫茶店、ホールを一人で回すのはかなりキツイ。
今の私には、本当にキツかった。


今日は予想通り見事に反動が出て、ミノムシ状態。
自分の身体の為にも、ゴルフはお断りした。
夜になってから、寒い中タバコを買いにコンビニへ行くと、
兄上がまだいたので例の如く少し入り浸り。



さて。またも超久しぶりですが、連載の続きを。

(これまでの話は、カテゴリー「うつ発症から退職までのハナシ」をお読み下さい)




会社を辞めて10日にして、やっと実家に帰ることができた。

それでも本当の意味で心は安まらず、常に虚無感ばかり。

ただただ時間が過ぎていって、
そしてそれが怖くて。
時計の針が1秒1秒進んでいくのが怖かった。

休みたい、休まなきゃと思う一方で、
休んでいていいのかと思っている自分がいた。



さらにまだ会社を辞めたことで発生する手続きが残っており、
会社から郵便が届いたり、
また書類の不備があり会社に電話をせざるを得なかったりもした。
これもなかなか辛かった。

それでも会社と連絡を取る度、みんなが気遣ってくれ、
そして迅速に対応をしてくれて、とても有り難かった。

書類を送って下さるときも、いつもメッセージが添えられていた。
些細なことだけれど、嬉しかった。



パキシルがMAXの40mgになったのは、会社を辞めて少ししてからだった。
偏頭痛や胃酸過多による吐き気、皮膚描画症も、
会社を辞めてからまた酷くなった。
まとまった睡眠が取れず、薬を飲んでも3時間程度で目が覚めてしまう。
昼寝をしてなんとか補う生活だった。


実家にいるのに、些細なことで泣きたくなり、
私の安息の場所はどこだろうと思っていた。

どうしたら、この気分から解放されるのだろうか。
どうしたら、治るのだろうか。
私は、どうしたらいいのか。



二日に一回は母の元で号泣していた。
時間は決まって夜。
12時も過ぎてからだった。

母は、毎回黙って私の話を聞いて、
そしていつも暖かいアドバイスをくれた。


ブログの読者様が増え、コメントを下さる方が増えたのもこの頃。
「私だけじゃない」そう思うと心強く、
少し気持ちが楽になった。




この頃は、
2週間に一度の病院に行くたびに薬が変わった。
マイスリーがグッドミンになり、ロヒプノールになり、そしてロヒが増量され・・・
また気分安定剤であるリーマスが追加され、リーマスはデパケンRへと変わった。
めまいの酷さを訴えると、血圧が低すぎることが判明し、
リズミックが追加。そしてリズミックは今のメトリジンへと・・・

もうどんどん薬が増えてった。
私は薬漬けだと思った。

でもこれで病気が治るなら、それでいいと諦めた。


 今だけだから。
 これから良くなっていくから。
 だんだんと良くなったら薬も減っていって、元の私の戻れるから。
 また働けるようになるから。

とにかく自分にそう言い聞かせ続けた。
言い聞かせないとやっていけなかった。



良くなったかな~と思えば、落ち込み、また寝込み、そしてまた復活し・・・
そんな繰り返しで、いい加減イヤになったりもした。

何度も何度も「気のせいなのか」「甘えなのか」「我が儘なのか」
と自己嫌悪にも陥った。


本当に苦しかったし辛かった。
淋しかった。
孤独だった。


私には家族がいて、天涯孤独の身じゃないのに、
それなのにいつも不安と淋しさが付きまとっていた。
心にポッカリと穴が空いていた。




 「少し、良くなってきたみたい」

そう思えたのは、会社を辞めて、4ヶ月が経った頃だった。


(続く)



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【2008/01/21 02:42】 | ウツ発症~退職までの話 | トラックバック(0) | コメント(17)
溢れたコップ  28
案の定、今日はミノムシ生活。
まぁ当然で、想定の範囲内ですが。

でも、女の子の日が近づいているのか、ちょっと不安定だったりもして・・・
些細なことにイラっときたり、うわぁぁぁぁーーーという感じになったり、
かと思えば急に不安になってみたり。
まぁいつものことだけれど。


ミノムシを決め込んでいたのに、弟と会うことになり、北区まで・・・・・。
ほぼスッピン、ニット帽、サングラス、i-podの完全防備でなんとか行ってきた。
まぁついでに用事も済ませられたからいいけど・・・



私の今日のミノムシ生活を綴ってみてもしょうがないので、
久々に連載の続きを。

(これまでの話は、カテゴリー「うつ発症から退職までのハナシ」をお読み下さい)





以前書いたように、私の”コップ”は、
日本に帰ってきた時点で3分の2近くいっぱいになっていたと思う。
そして会社に入り、環境の変化があり、
そして会社でのストレス(主に人間関係)が重なり、ついに溢れ出してしまったわけだ。



私は会社を辞めた。


でも、会社を辞めたからって、コップの水が減るわけでは無かった。
むしろ「会社を辞めた」ことで、さらに水が継ぎ足された。


自分が社会から離れてしまったような気分になったこと。
自分がどこにも所属していない不安感。
先の見えない焦燥感。
そして会社に対する申し訳なさ。
仕事はしたいのに、辞めさせられてしまったこと。
仕事をしたい、でもできない、会社にいけないという矛盾。

そんなモノが、更に水を継ぎ足す要因となり、
会社を辞めて暫くは、鬱状態もかなりひどかった。



数日間東京の家で引きこもり、寝込んだ。
何も食べる気にもなれなかったし、
お風呂に入るのさえ面倒だった。
ベッドから出られないミノムシ状態が続いた。
持病の偏頭痛も酷かったし、
とにかく「何かをする」気力がわかなかった。
一緒に住んでる伯母ともほとんど顔を合わせず、すれ違いの生活。
音も不快で、携帯はサイレントにしていた。
不幸なことに、近所で大々的な工事をしており、それも苦痛でたまらなかった。



退職日から数日後、総務のNさんから「離職届」が届いた。
そしてそれと共に、手書きで一筆箋にメッセージが添えられていた。

私はそれを読んで、また泣いた。

 これにへこたれずに、社会へ前進してください。
 私なんかお局様だわ・・・
 なんだか娘のように思ってしまいます・・・


そんなとても暖かい内容だった。

 「ありがとうございます」

心からそう思った。


そしてまた

 「世の中捨てたもんじゃないな・・・」

とも思った。

入社して4ヶ月で鬱になったと言って休職。
そして2ヶ月は見守ってくれて、ボーナスも、お給料も出してくれた。
私は何一つ会社に対して貢献していないのに。

嫌なことは何一つ言わずに、
「元気になったらまた戻っておいで」
と言って下さった。
みんな「残念だ」って言って下さった。

本当にありがたかった。


これらのことが自分を責める要因にもなってしまったけれど、
それでも本当に、私は会社に恵まれたなーと思った。




会社を辞めると、年金や健康保険、失業保険などなど、
当然ながら色々とやらなければならない手続きが出てくる。


これらの手続きをするのもまた一苦労。

一週間ミノムシ生活を続けた後、
やっとの思いで区役所に行き、その他所用をこなすと、
その晩は偏頭痛に悩まされ、戦力外通告が出された・・・
またも寝込んだ。



そして会社を辞めて10日にして、
私はやっとのことで実家に戻ることができたのだった・・・・。


(続く)



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【2007/12/30 00:54】 | ウツ発症~退職までの話 | トラックバック(0) | コメント(14)
溢れたコップ  27
昨日は皆様のコメントに、もの凄く感激しました。
どう表現して良いのか解りませんが、
私は、これからも同じようにブログを書いていっていいんだって思って、
そしてこのブログを楽しみにしてくださってる方がいるんだって、
大切に思ってくださっている方がいるんだって知って、
本当に嬉しかったです。

私にとってこのブログは、単なる日記以上のもので、
とても大切な記録であり、大切な場所です。

だから皆様がこのブログの存在意義を認めて下さって、
そして楽しみにして下さって、とても嬉しく思います。
本当にどうもありがとうございます。


気付けばもうすぐ1万ヒット。
これも皆様のおかげです。
本当に、本当にどうもありがとうございます。



さて、またも久々になってしまいましたが、連載の続きを。

(これまでの話は、カテゴリー「うつ発症から退職までのハナシ」をお読み下さい)




 「遅くなってごめんねー。
  いっぱい待っちゃった??」


というKちゃんの言葉で、私は我に返った。
ずっと改札を見ていたはずなのに、
Kちゃんが目の前に来て、私に話しかけるまで、私はわからなかった。

抜け殻になってたから。
意識がフワリと何処かへ行ってしまっていたから。


Kちゃんと新丸ビルに入り、とりあえずご飯を食べることにした。
幸いにも平日の夜、人はそれほど多くなかった。



Kちゃんは、4,5歳年上で会社では1年先輩。
部署は違うけれど、お互い関わり合う仕事をしていた。
ただでさえ女性が少ない会社で、若い女の子といったら彼女だけで、
必然的に仲良くなった。

私が会社に入った頃、「会社辞めたい」と言っていたKちゃん。
私が入社する前にも一度、「辞める」と騒いで、
会社で大泣きしたことがあるという・・・。
Kちゃんの部署は、私がKちゃんの立場だったとしても、
「辞めたい」と思うだろうという環境で、大変だろうと思ってた。

 (ちなみに私が辞めて数ヶ月した後、
  Kちゃんは「もう耐えられない」と思い、退職願を上司に出したけれど
  受け付けて貰えず、また一悶着あったとか。
  私はKちゃんが病気になってしまうのではないかと、今でも心配している・・・)


そんなKちゃんだから、ランチの時間やトイレで会えば
会社の愚痴を言ったり、お互い相談したりしていた。

私にとって、唯一の会社での友達だった。

私が休み始めてからも心配して、度々メールをくれた。
電話をくれたこともあった。
私のデスクに差し入れとしてお菓子をおいてくれていた。
(結局それはダメになってしまったのだけど・・・ごめんね。)


私は、Kちゃんが辞めちゃったらどうしようっていつも思ってた。
女の子一人になっちゃって、愚痴をこぼす相手もいなくなってしまうから。
いつもどこかで心配していた。
まさか、自分の方が先に辞めることになるなんて、思ってもみなかった。
だから私が辞めることで、Kちゃんは、
私が思っていたように思うんじゃないか、
淋しいというか、不安というか、残念に思うのではないか、そう思った。
申し訳ないと思った。



ご飯を食べながら、Kちゃんが言った。

 「さっきね、会社から駅までSさんと一緒だったんだけどね。
  『今日これからicoちゃんに会うんです』って言ったら、
  『残念だって伝えておいてくれる?』って言ってたよ。

  みんな、icoちゃんが辞めちゃって、本当に残念がってるよ・・・」

Sさんは他部署の部長さんで、
直接一緒に仕事をさせて頂いたことはない。
けれど休憩所(というか喫煙所。w)で度々お会いし、
話しかけてくれたり、いつも優しかった。
「頑張れよ」っていつもエールを送って応援してくれていた。

Sさんがそう言ってくれたのか・・・・
そう思うと嬉しくて、一方でまた申し訳なく思った。




ご飯を食べてから、上の階へと上がり、カフェでお茶を飲んだ。


「Aさんが心配してたよ」と言われて、胸が痛んだ。

Aさんは、私の上司ではないのに、いつも私を気に掛けて、外へ連れ出してくれて、
接待の場へも連れてってくれた。
お陰で接待されるということや、タクシー券というものを初めて見た。w
そして仕事を一から教えてくれた人でもある。
私が仕事をして、それをAさんにメールで送ると、添削してくれて、
ちゃんと教えてくれた。
良く気がついて、気の回る人で、私にも気を遣わせない人で、
今まで苦労してきたのだろうな・・・と思ってた。
私はAさんが大好きだった。
本当に大好きで、まさに理想の上司だった。


Kちゃんに「Aさんによろしく伝えて」とお願いした。
本当は、Aさんにはもう一度会いたかったけれど・・・・。


そしてKちゃんは、去年入社し、2ヶ月?で辞めてしまった女の子の話をした。
前にも少し聞いたことのある話だけれど、
彼女は入社して、配属が決まり、その2日後に辞めたという。
社長とも喧嘩腰で話をするに至り、
会社全体として、彼女に対しての印象はよろしくないと。
でも私に対しては、みんながみんな残念がって、
勿体ないと言っていると・・・・。

なんだかな・・・
私はそんな残念に思って貰えるほどの人間じゃないのに。
ただの根性無しなのに。

そう思った。


 「会社を辞めて今、どんな気持ち?」

と聞くKちゃんに対して、私は

 「自分からフっちゃった彼氏に対して、
  ちょっと勿体なかったかなと後悔しているような、
  でもこれで良かったんだと思ってるような、
  そんな感じかな・・・」

と答えた。
それがその時の素直な気持ちだった。

その後は”ガールズトーク”で盛り上がり、
時間を惜しんで話をした。



当然ながらKちゃんは翌日も会社。
とても名残惜しく、バイバイするのが辛かったけれど、
10時頃、新丸ビルの入り口で別れた。
「これからも『友達』としてよろしくね。」
「またね。」
お互いそう言い合って。



私は電車を恐れて、小雨が降る中、タクシーで家に帰った。


タクシーの窓に寄りかかり、
「会社、ホントーーに辞めちゃったんだ・・・」
と実感した。


ココロの中にあるのは、ただひたすらの申し訳なさだった。


(続く)



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【2007/12/11 05:28】 | ウツ発症~退職までの話 | トラックバック(0) | コメント(10)
溢れたコップ  26
今日は途中目覚めながらも6時間睡眠。
病院へ行こうと思っていたのに、なんとなく外に出る気になれず、一日中家にいた。
多分、これは天気のせい。
やっぱり太陽の光って大事なんだよ。
青空が必要なのよ。

「冬期うつ病」なんてのもあるから、
これからどんどん日照時間が短くなって、
私の調子も下がってしまったらどうしようと、
少しだけ、要らぬ心配をしてしまった。


明日こそ病院に行って、今週中には実家に帰る予定。


さて、久しぶりに連載の続きを。
(これまでの話は、カテゴリー「うつ発症から退職までのハナシ」をお読み下さい)




少し足取りが軽くなったものの、
それでも「会社の人間に合いたくない」という気持ちと共に駅に向かった。

しかしそう簡単にはいかない。


ちょうど地下鉄駅の手前で、同期入社のUさんに会ってしまった。

 「あ、こんにちはー」

と私が言うと、

 「あー、どうもーー」

と彼。
(彼は私より5歳位年上で、前職・前々職ともに同職種で働いてきた人)

 「最近はどうですか?」

と聞くと、

 「相変わらずだよー。とりあえず外出てフラフラして。
  残業代付かないから、定時で帰ってるよー」

簡単な挨拶をして別れ、彼は会社、私は駅へ。


そっか・・・
その位の気持ちでいなかったから、私は息が詰まっちゃったのかな。
私は窒息しそうになってしまったのかな。

なんだか少し、考えさせられた。


ボケーーっとしたまま地下鉄に揺られ、乗り換え、
また地下鉄に揺られ、家へ帰った。



母に電話をかけて、会社に行ってきたこと、
みんながとても優しかったこと、温かかったことを話した。

 「そっか。そういって貰えてよかったね。」



電話を切って、一服して、落ち着いた。


次の瞬間、止めどなく涙がポロポロと溢れてきた。


 「会社、本当に辞めちゃったんだ」

という実感が、じわりじわりと湧いてきた。


これで良かったんだ。
会社の負担にならないためにも。
自分のためにも。
治ったらいつでも戻ってこいって言ってくれたんだし。
会社の皆さんに迷惑を掛けてしまって本当に申し訳ない・・・

これで良かったのだろうか。
本当はもうちょっと頑張れたのではないのか。
この仕事は、私にとって望んでいた仕事だったはずではないか。
私は入社してから休み始めるまでの4ヶ月、何をしてきたのか。
休職中何をしてきたのか。
できることがあったのではないだろうか。
私は一体何をしていたのだろう。
何をしてきたのだろう。

これからどうなってしまうのだろうか。

社会から、隔絶されてしまった気分だ。
大学を卒業して、留学までさせてもらって、就職して。
それなのに、たった半年で辞めてしまった。
いい大人が、一体何をしているのだろうか。
社会から孤立してしまった・・・
私はフリーター?ニート?無職?ダメ人間?
どうしよう。
怖いよ・・・・


何とも言い難い不安感と虚無感。
自分がいる意味、存在意義を見失っている様な感じ。
自分が歩く道が見えなくて、
砂漠の真ん中で辺りをひたすら見渡しているような気分だった。



しばらくただただ涙を零していたけれど、
夜、会社のKちゃん(1年先輩で唯一の会社友達)と会う約束をしていたので、
気を取り直して、メイクを直して兄の元へ行った。

家に一人で居ると、また涙が零れてしまうから。
少しでも気を張らなければならない環境にいようと思ったから。



兄の元で時間をつぶして、Kちゃんからの連絡を待った。
漫画を読みながら、ネットをしながら。
でも落ち着かなくて、ソワソワしてしまって。
どうしようもなかった。



定時を過ぎ、Kちゃんから電話がきた。

Kちゃんが帰る都合もあるので、場所は東京駅、新丸ビルに決めた。
正直、私にとっては電車も、人混みも、オフィス街も辛い。
でもどうしてもKちゃんには会いたかった。
会わなきゃいけないと思った。


デパスを飲んで、我慢して電車に乗った。
そして東京駅に着いて、
新丸ビルの改札で、私はKちゃんを待った。

家路へと急ぐ人。
改札を出て、ビルに入っていく人。
沢山の”働いている”人たち。



私は、私ではなくて、抜け殻のような私になって、
ただボーーっと彼らを眺めつつ、Kちゃんを待っていた。


(まだまだ続きます・・・)



長文を読んで頂きどうもありがとうございます☆
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【2007/11/30 02:17】 | ウツ発症~退職までの話 | トラックバック(0) | コメント(12)
溢れたコップ  25
今日は結局朝方寝て、昼前に起床。
ロヒを1.5mgにしてみたら、なかなか丁度良い感じだった。
しばらくこれで様子を見てみるつもり。

母がチョコを買ってきてくれて、

 「昨日、『チョコばっかり食べてるから痒くなるんだよ』って言ってたじゃん。」

と私が言うと、

 「だってicoが『チョコとタバコがないと生きていけない』って言ってたじゃん」

だって。笑

ご飯だよーって呼ばれると「食べなきゃ」と思うし、
チョコは外せないし、
昼寝ばかりしているし・・・・
やはり実家にいると太る。
でもサンクチュアリ。


さて、忘れ去られている連載の続きを久々に。
面白くも何ともないと思うけれど、自己満ブログなので・・・・
その辺はお許し願いたい。
(これまでの話は、カテゴリー「うつ発症から退職までのハナシ」をお読み下さい)




退職日当日。

事務上、私が会社に在籍する最後の日であり、
また私が会社に行く最後の日。


前日、総務のTさんがうちの母に言って下さった台詞のお陰で、
大分気が楽にはなったものの、
それでも気が重くて、行きたくなくて、行きづらくて。

夜はちゃんと寝られないし、
朝目が覚めても起きあがれないし、
コンディションは最悪だった。
まぁ当然の話。

当分出番が無くなるだろう一番好きなスーツに袖を通し、
一番好きな黒の柄ストッキングを履いて、
一番好きなパンプスを履いた。
少しでも気分がよくなるように。


デパスを飲んで、駅に向かうも
動機と吐き気がしてきて、ハンカチを握りしめ、
最初の電車には乗れなかった。

約束の時間に遅れそうで、Tさんに電話をすると、
なんだか余計に心配してくれちゃって、申し訳なかった。
私がもうちょっと時間に余裕をみて、家を出ればよかっただけなんだから。


そして、なんとか、やっとの思いで会社の最寄り駅までたどり着いた。

駅から会社までの道のりで、会社の人に会うんじゃないかと怖かった。
どんな反応をしたらいいのかわからなかった。
急がなきゃいけないという思いに反して、
私の足は、一歩一歩、ゆっくりとしか進んでくれない。



会社に入って、エレベーターを待っていると、
営業のWさんに会った。
ドキッとして、どうしていいか一瞬迷ってると、
 「こんにちわ。お疲れ様。」
と笑顔で言ってくれて、少し気持ちがラクになった。


総務のある階でエレベーターを降り、
汗を流し、吐き気をこらえながら、極度の緊張とともにノックして、
 「こんにちは~」
とドアを開けた。

みんなの視線が私に集まったのが分かったけれど、
すぐにNさん(美人で優しくて、気の回る女性。”お母さん”みたいで大好き。)が
 「こっちね~」
って応接室に場所を移動させてくれた。


そしてNさんが、開口一番、
 
 「会社に来るの、大変だったでしょう。
  来づらいよね。気が重かったよね。ごめんね。」

もうその瞬間から、私は涙が出そうで、
でも一度泣いてしまったら、どうにもならなくなっちゃうから、
泣かないって決めていたから、なんとか我慢した。

 「辛かったでしょう。
  気づいてあげられなくてごめんね。
  何もしてあげられなくてごめんね。」



「ごめんなさい」は私の台詞だ。
それなのに、それなのに・・・・・。
必至に涙を堪えた。
私は、首を横に振ることしか出来なかった。


椅子に座って、Nさんが書類を持ってくるのを待つ間、
ハンカチで涙を拭いた。
泣いちゃいけないんだって自分に言い聞かせて、深呼吸。


署名をしたり、捺印をしたり、保険証を返却したり。
事務手続きをしながらNさんは、優しく色々話してくれた。

 「こんなことでへこたれちゃダメだよ」
 「icoちゃんは、せっかく実力があるんだからもったいないよ」
 「私も色々あったけど、乗り越えて、今では逞しいオバさんだよー」

私はただ、
 
 「ご迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでした」

と言うことしかできなかった。


離職届の話になり、私は6ヶ月働いていたことになるため、
失業保険が出ると言われた。
(今年の10月から法改正が行われ、現在では1年。)

だから、今日まで退職の日を延ばしてくれたのか・・・
そう気づいて、会社にとても感謝して、一方でさらに申し訳なく思った。


Nさんとの手続きが終わり、最後に
 
 「4階の荷物、私が持ってきてあげようか?行きづらいでしょ?」

と言ってくれたけど、
私はどうしても、
自分の顔を見せて、自分で頭を下げなきゃいけないと思ったから、

 「ありがとうございます。でも大丈夫です。自分で行きます。」

と断った。
そして次はTさんとの手続きに入り、
社員証を返したり、会社で作ったクレジットカードの話やら、
給与の話やらをした。

 「今月分まで、給与出るからね。
  それからボーナスから差し引いた分の返却があるんだけど、
  いつもの口座でいいよね?」

とTさんが言った。
私は、良いこぶりっこじゃなく、本当に申し訳なくて、

 「私は会社に来てなかったし、働いていない。
  それなのに、給与も、ボーナスも・・・頂けないです。」

と言うと、

 「ボーナスの査定の期間はちゃんと働いていたんだし、
  今日まで社員なんだから、それはico君のモノなんだ。」

って。ただひたすらに申し訳なかった。

そしてTさんは、前日うちの母に言ってくれたように、

 「縁あって是非にと入社してもらって・・・
  社交辞令じゃなく、こういう形になってしまって本当に残念だ。
  また、いつでも戻ってきて欲しい。」


そういう様なことを言ってくれた。

 「社交辞令でもなんでも、そう言って頂けてとても嬉しいです。
  どうもありがとうございます。
  ご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ありませんでした。」

私はそう言った。
入社の手続き、休職の手続き、そして退職の手続き。
迷惑ばかり掛けていたのに。
嬉しい反面、申し訳なくてどうしようもなかった。

Tさんは、
 「4階の荷物、代わりにN君に取りに行かせようか?」
と気遣ってくれたけど、私は断った。
「偉い」って褒めてくれた。笑

どうもありがとうございました。
と頭を下げて、廊下に出て、エレベーターのところに行くと、
Nさんが「一緒に行こう」と言ってくれて、嬉しかった。
やっぱり不安だったから。



4階に降りて、Nさんが先に入って、後から私が入った。
するとすぐにMさんが席を立って来てくれて、ごあいさつ。
 「おい、ちょっとあっちで話そうよー」
と言われ、隅っこの談話スペースへ移動した。

Nさんは総務に戻るため、お礼を言って別れた。


手土産を渡してから、
私とMさん、Kさん、Oさんの4人で話をした。(Oサマは出張中だった。)
みんな、誰一人として嫌な顔をしなかった。
笑い話で終わりになった。
大丈夫か?って心配してくれた。


 「酒は相変わらず呑んでるのか?」(←会社で大酒飲みとして知れ渡っていた私・・・)

 「いえ・・・薬をのんでるので、極力控えてます。」

 「タバコは?」(←勤務中も疲れるとオジさんたちと一服してた私・・・)

 「それは相変わらずです。」

 「そうだよなーーータバコは俺たちにとっては精神安定剤なんだ!」

なんて話をして。


そしてMさんが
 「会社を辞めたからって、この関係が切れるワケじゃない。
  この近くに来たら、いつでも顔を出せ。
  元気になったらまた呑みに行こうな。」


と言ってくれて、とても嬉しかった。


自分の席へ歩きつつ、Kさんが
 「やつれた???」
と聞くので
 「はい。」
と答えると
 「嬉しいでしょ?」

素直に「嬉しいです☆」と答えると笑っていた。



私物をバッグに入れ、名詞とロッカーの鍵を返した。
Oさんが、
 「名詞なんか返さなくていいんだ。」
とか言い出して、Mさんは
 「せっかく頑張ってたのになー勿体ない。」

また涙出そうになったので、
 「元気になったらまた雇ってくださいね☆」
と笑顔で切り返し、みんなでエレベーターホールへ。

 「ちゃんと元気になるんだぞ!」

そんな言葉を貰って、私は、ただ

 「ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。
  どうもありがとうございました。」

と頭を下げて、みんなとサヨナラをした。


会社を出ると、意外にもスッキリした気分だった。
これで、やっと終わったんだと思うと、少し、足取りも軽くなった。


(まだまだしつこく続きます・・・)


長文を読んで頂きどうもありがとうございます☆
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テーマ:うつ病(鬱病)、メンタルヘルス - ジャンル:心と身体

【2007/11/10 04:29】 | ウツ発症~退職までの話 | トラックバック(0) | コメント(16)
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うつ日和。


「うつ病、パニック発作」から脱却。日々のことや旅のことなど徒然に・・・

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ico

Author: ico
age:33
大学時代はバックパッカー。卒業後海外留学。
日本へ帰国後、半年程の"留学ニート"を経て就職。
ところが働き始めて2ヶ月が経った頃、鬱病と診断されました・・・
パニック発作も起こしつつ、なんとか2ヶ月耐えて働くも、ついに休職。
そして追い出され退職。
周囲の協力の下、なんとか這い上がったはずなのに、気付けばオーバー30、フリーター。
歳は崖っぷち、人生は壁だらけの四面楚歌・・・
でもね、悲観はしてない。
没关系,慢慢儿走!


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