マザコン娘。
実家では・・・。
毎日ボステリのハナコ(チワワサイズの小型犬)と遊び。
(ボストンテリアは寒いのが苦手なので、コタツはハナコの部屋と化している。)
お母さんと話しつつお茶して。
お風呂掃除と食器洗いをして、少し料理をして、パンを焼いて…
夕食後は両親と3人+ハナコ+猫でコタツでゴロゴロして…

という生活をしていたけれど、先週末東京へ戻ってきた。
いや、本当は病院の予約もあったしもっと早く戻るつもりだったのだけれど、
寒くてなんだか面倒になっちゃった、というのをポロリと母に言ったら
「キャンセルしちゃえば〜。
うちも仕事ヒマだし、icoいると楽しいし」
と背中を押されてしまった(笑)


週末、東京へ戻ると言った私に母が言った。
「いつもね、icoが帰るって言うと、なんだか具合が悪くなってきちゃうんだよね。
だから今日もさっきセルシン(安定剤)飲んじゃった(笑)
なんでだろうね。
自分で思ってる以上に普段退屈してるのかな」

笑って「そうかもね〜」と応えた私は、涙を堪えるのに必死だった。


鬱で実家に帰るようになった頃から、私は母が優しくしてくれたり、
母が疲れてるのを見たり…
その他いろいろ、その度に涙が出てしまうようになった。
何故だかわからないけど、いつもそう。
今だってこの文章を涙ポタポタ零しながら書いてるくらい。



我が家の環境はかなり特殊で、私は子供の頃から母が苦労して我慢してるのをずっと見てきた。
だから「可哀想じゃない」お母さんにしてあげたかったし、今でもそう。

この数年、毎年母を招待して海外に行ってたのも、
以前書いたようにホームベーカリー買ってあげたりというのも、
今回の長期の旅の途中でお土産買って何度か日本へ送ったのも、
今年のお正月、私が御節を作ってご馳走作って、伯母と3人で東京でお正月をしたのも…
少しでも「楽しい」「幸せ」を作ってあげたいから。


子供の頃に感じたことというのは幾つになっても抜けないもので、
それこそ三つ子の魂百まで で…
私はもしかしたらアダルトチルドレンなのかもしれないとふと思った。

それに加え、当ブログの長年の読者の方々にうちの母のファンが多い(笑)けど、
そのくらいよく出来た母だけれど、一方で
嫌な記憶というのも私には沢山ある。
自分が大人になった今となっては、
お母さん、あの時ものすごく大変だったんだろうな、疲れてたんだろうな、
と理解が出来るけれど
昔は悲しかったり傷付いたりしていた。

これらが、私の複雑な心理・性格、鬱になりやすいアタマを作ったのだろうなと今思う。



若干話が脱線してきたけれど。

私はお母さんが大好きで、大好きで…
あとどれくらい一緒に居られるだろうと考えたり、
お母さん死んじゃったらどうしようと思うと、
まるで子供のように泣きじゃくりたくなってしまう。
33歳にもなって…
私はどこかおかしいのかもしれない。

実家に帰ってもう一度両親と生活したいと思ったりもするけれど、
仕事や自分の人生を考えると、どうしても難しい選択肢になってしまう。

どうしたらいいんだろう。
そして、両親がもっと歳を取ったら、どうなるんだろう。
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【2017/01/26 04:03】 | 家族 | トラックバック(0) | コメント(4)
大往生。
我が家(実家)のパン焼き機が壊れたらしい。
(注:パン焼き機=ホームベーカリー。
   うちではずっとそう呼んでいる。)
昨日の午前中、母から泣きのメールが入ってきた。笑


しばらく前からパンの仕上がりは彼の機嫌に左右されていたし、
液晶は見えなくなっていたし、
「そろそろだね・・・」
と話してはいたが、
遂に昨日、彼は捏ねてる途中で逝ってしまった。
享年、25歳。

何故だか我が家にやってくる家電君は、みんな長生きの良い子達なのだが
その中でもパン焼き機はとりわけ長生きだったと思う。
だって家電が25年ですよ?25年。
四半世紀ですって。
彼は25年もパンを焼き続けたんですよ?
彼が我が家にやってきた時、私まだ幼稚園児だったって。


25年前のその頃は、今のようにホームベーカリーは一般的ではなく、
言わずもがな製品の機能は最低限であった。
今の製品のように、ご飯パンや米粉パン、フランスパン、
天然酵母や餅つきやらジャムやら…
などという機能はない。
食パンを焼くか、生地を作るかくらいのもので、至ってシンプル。
イースト投入口も無ければ、葡萄やナッツの投入口も無い。
「ぶどうパンコース」はあるが、
それも「入れたいなら今どうぞ」的なブザーが鳴るだけである。

が、今の高性能のホームベーカリーより、はるかに高かったのだ・・・
(需要の問題だろうと思う)
TOSHIBA製の彼は、25年前に4万円もしたのだ。


ここで、疑問が浮かぶかもしれない。

当時貧しかった我が家、
更にケチな母が、何故に大枚叩いて
生活必需品ではなく、
当時一般的でなく店頭で扱っておらず、お取り寄せまでして、
どうしてパン焼き機を買ったのかという疑問が。

別に焼きたての香ばしいパンにこだわって買ったわけではない。
コストを考えたわけでもない。
(結果論としては25年の大往生で安上がりだったが)


理由は、弟のアトピーが酷かったからである。

弟は、小学校に上がる頃までには寛解したが、
赤ちゃんの頃からアトピーだった。
酷い時は痒さで泣いていた。

幸いにも米と小麦は大丈夫だったが、
大豆がダメだった時期もあり、
普通の味噌や醤油は使えなかった。
卵も同様。
油は全て菜種油を使っていたし、
砂糖はてんさい糖。
ケチャップやマヨネーズなどは当然ダメ。
かんすいもダメだったから、中華麺もアウト。
化学調味料や加工食品も全て排除した。
食品添加物もダメだったから。

その頃母は、曾祖母・祖母・父の為の通常食と、
母・私・弟の為のアレルギー食を分けて作っていた。
小さい弟一人、別のものを食べさせることは出来なかったから。

故に外食も少なかったし、
するとなれば「アトピーが出ること覚悟の上」だった。
某ファーストフードを食べたその夜、
酷いアトピーが出ているのを見て、
「これは身体によくないものなんだ」
と子供ながらに思ったものだ。

三つ子の魂百までと言うけれど、
だから私も今でも当たり前に、
添加物表記を見て買い物をするし、
マヨネーズ類はあまり好きではなく食べない。
ファーストフードの類やインスタントはほとんど食べず、
どれだけ仕事で遅く帰っても、疲れて帰っても、
当たり前に冷蔵庫にあるものでご飯を作る。
意識的に排除しているわけでもなく、努力しているわけでもなく、
それが「普通」なのである。
(おまけに、やはり姉弟。
 同じ母から生まれ、同じDNAを持つ者であり、
 私もアトピーこそ出ないもののアレルギー体質である。)


話が大分逸れたけれど。
その弟のアトピーが酷かった当時、
市販のパンを食べるとアトピーが出たのだ。
市販のメーカーの食パンだとアトピーが酷く、
一方でパン屋さんの食パンだと、アトピーは少し。
それで母は一大決心をし、大枚叩いてパン焼き機を購入した。
自分のお小遣いで。

自家製パンは香りが良く美味しかったし、
何より当初の目的のアトピーが全く出なかったのだ。

それ以降、
普通の食パンだけでなく、
ノンアレルギーのチョコチップ入りパン、
ドライフルーツ入りパン、胡桃パン・・・と大活躍し、
アトピーが寛解した後もパンを焼き続けた。
生地だけお願いしてバターロールやピザ、
あんぱん、ベーグルなども作った。(主に私が。笑)

周囲にも「美味しい」と喜び、楽しみに待っていてくれる人が多く、
私と弟が実家を出た今なお現役で活躍していたのだけれど、
その彼がついに天寿を全うし、昨日逝去した。


母から
「パン焼き機が壊れました。涙
 25年も使ったから仕方ないと思うけど未練タラタラ・・・
 セットした材料を手で捏ねて、今2度目の発酵中。
 なんとか食べられるといいんだけど・・・」
という泣きのメールが入ってきたので、慰めのレスをし、
その後ネットで調べると、
今の製品の機能と安さにビックリ。

「は?
 こんなにアレコレ出来て1万で買えちゃうわけ?
 25年前に4万したのに?」

みたいな。笑


恐らく母はなかなか2代目を買わないだろうし、
買うにしてもめちゃくちゃ悩むだろうし。
(どっちがいいのか、とか。)

だから私が買ってあげることにした。
私が勝手に選んで送れば、色々な意味で悩まず終わりだから。笑

母に
「ちょっと早いお誕生日とクリスマスで買ってあげるね。」
とメールして、
それから一人深夜にスペックを調べ、考え、
でも結局は我が家に於いては
「食パンが焼ければいい」んだよなぁなどと割り切り、
それにも拘わらず、今はアレコレ機能がついているのが当たり前で。

我が家の2代目パン焼き機は、Panasonicに決まった。
明日(もう今日か)、母に届くことと思う。
恐らく明日私が仕事に行く頃にはお礼のメールが届き、
仕事から帰る頃には焼いたパンの写メールが届くだろう。


今日、母に電話した時に言っていた。
「これで死ぬまで使えるね!」

うーん・・・
あんまりそういう想像はしたくないんだけど。苦笑
それでも2代目も、初代に倣い長きに渡り活躍してくれることを願いたい。

テーマ:しあわせの素 - ジャンル:心と身体

【2012/10/25 03:22】 | 家族 | トラックバック(0) | コメント(6)
うつ日和。


「うつ病、パニック発作」から脱却。日々のことや旅のことなど徒然に・・・

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ico

Author: ico
age:33
大学時代はバックパッカー。卒業後海外留学。
日本へ帰国後、半年程の"留学ニート"を経て就職。
ところが働き始めて2ヶ月が経った頃、鬱病と診断されました・・・
パニック発作も起こしつつ、なんとか2ヶ月耐えて働くも、ついに休職。
そして追い出され退職。
周囲の協力の下、なんとか這い上がったはずなのに、気付けばオーバー30、フリーター。
歳は崖っぷち、人生は壁だらけの四面楚歌・・・
でもね、悲観はしてない。
没关系,慢慢儿走!


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