溢れたコップ  10
このブログを読まれている方々は、
icoってすぐ泣く子なんだと思われているかもしれません。
でも本来、私は泣かない子なんです。


子供の頃、泣くと母に叱られました。
 
 「あぁぁーーーうるさい!!
  泣くんだったら何処か行って泣いてくれ!」
 
 「泣いて済むんだったらお母さんだって一日中泣いてるよ!!」

なんてよく言われてました。笑

「涙は女の武器」だなんて言われたりしますが、
つまり母は、武器としての涙はいけないと教えたかったのだと思います。
泣いたら終わりになる、それはいけないと。ずるいんだ、と。

だから私は泣かない子に育ちました。
泣きたいことがあっても、隠れて一人で泣く子になりました・・・


(これまでの話は、カテゴリー「うつ発症から退職までのハナシ」をお読み下さい)




さて、金曜日。


前日、Kさんに「明日は行きます」と約束をしてしまった。
だから会社に行かなきゃ。

ちゃんと病気のこと、話さなきゃ。
多分理解してくれる。

今週も、今日一日で終わりだから。
一日くらい乗り切れる。



・・・・・でもダメだった。

どれだけ自分を勇気づけても、
どれだけ理由をくっつけても、
頑張っても、頑張っても、
どうしても会社に行けなくて、涙が出てくるのだ。


結局は、また電話をする羽目になる。
これで5日連続。
地下鉄に乗るのが怖いどころじゃなく、
もう、電話をするのさえ怖い
そして電話をかける事が怖いだけでなく、電話がかかってくるのも怖い
電話の着信音や電子音、全てが恐怖なのだ。
その音がする度に、必要以上に驚き、動悸が収まらなくなる。


 「おはようございます・・・icoですが・・・」

この日は、SさんではなくUさんが電話に出た。

 「おぉ、お前大丈夫かー?」

 「はぃ・・・・
  申し訳ありませんが、様子を見て出勤させてください。
  行けそうだったら途中から行きますから。」

 「今週はもう今日だけだし、無理して来なくていいぞー。
  ゆっくり休めよ。」


なんで、こんなどうしようもない私に優しいんだろう。
迷惑ばかりかけてるのに。

いや、もう私に呆れてるのかな。
去年入社した女の子はすぐ辞めちゃったらしいから、
「またか・・・コイツも根性なくて辞めるのか」
と思ってるのかな。
多分そうだ。
もう諦めてるんだ。

私は、どうしたらいいんだろう。
ひたすら考えた。
でも答えなんて出ない。

せめてもの、私に出来ること。
それは、とりあえず休職届を出すこと・・・なのだろうか。
受け付けてくれるかは別として。


もう、決めた。
会社に休職を願い出る。
なんでこんなにモタモタしてたんだろう。
行動力は私の長所だったはずではないか。



お昼過ぎ、重たい身体を引き摺って、
何とかシャワーを浴び、メイクをする。
もう食欲なんて何日も湧いてこない。
ストッキングを履いて、スーツを着て、家を出た。


タクシーに乗って、病院へ。
ドクターに「診断書を書いてください」と告げる。
書式も、用紙も問わない、ただ会社に出すだけの診断書。

 「休むことにしたんだね・・・。
  期間と病名はどうしますか?
  鬱ではなく、自律神経失調症と書くこともできますよ。」

 「鬱病でかまいません。
  期間は・・・普通はどの位休むものなんですか?」

夏休み程度、つまり1ヶ月~2ヶ月休むのが普通ということで、
とりあえず「1ヶ月程度」にしてもらった。
また、後々の逃げ道を用意するため
病名も「鬱」ではなく「鬱状態」という風に書かれた。


お会計は、5000円程度。
たった一枚の紙に記入し捺印して、封をしたものなのに・・・
病院通いを始めてから、お金が簡単に飛んでゆく。



そして、意を決して地下鉄に乗った。
幸いにも座ることができたが、怖い。
緊張も相まって、気分は最悪。
段々と汗が出てきて、気持ち悪くなってくる。

なんとか会社の最寄り駅まで持ちこたえ、電車を降りる。
「会社に行く」というあまりの緊張と恐怖とで
吐き気が込み上げた。

駅のトイレに駆け込むも、吐けない。
こういう時の奥の手、
指をノドに突っ込んで無理矢理吐いた。
会社でも、よくこの奥の手を使って無理矢理はいてたな・・・何て思った。
食べるモノも食べてないから、吐くものなんて無い。
ただの胃液と水だけ。
それでも吐いてしまうと、少しラクになった。


一人の社会人として、これは最低限のことだから。
ちゃんと挨拶して、謝って、
休職を願い出よう。
頑張れ私!!

と自分に言い聞かせ、会社に向かった。
でもまた気持ち悪くなる。
ハンカチが手から放せない。
手は震え、心臓はバクバク音をたて、フラフラする。



なんとか会社ビルまでたどり着く。
ここまで会社の人間に会わなかったことが幸運だった。

玄関ホールに入って、またハンカチを握りしめ、
そしてエレベーターの前で「上」のボタンを押して・・・
エレベーターを待つことさえもどかしい。
ただ、辛い。ひたすら辛い。


10分にも20分にも感じられたその時間を待ち、
エレベーターに乗り込んで、「4」を押した。


もう後戻りはできない。
行くしかない。
ただ、診断書を出して、休ませてくださいって言えばいいだけ。
正直に話せばいいだけ。
私にできることはそれだけしかないんだから・・・・

(続く) 
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【2007/08/29 12:27】 | ウツ発症~退職までの話 | トラックバック(0) | コメント(6)
溢れたコップ  9
今日はプールに誘われていて、行くつもりだったんだけど。
でも行かなかった・・・・
起きた時点であまり体調が良くなくて、
みんなに迷惑を掛けてしまったら、と思うと行けなかった。
お断りのメールをして、また寝て、
一度10時に起きたけど、怠くて怠くて
夕方5時までベッドでウトウトを繰り返してた。

その後、外に出なきゃと無理矢理に外出。
歩いて15分、某ターミナル駅まで行くも、
金曜の夜であまりの人の多さにやられてしまい、
パニック発作を起こしかけ・・・。
あぁぁーーーやんなっちゃう。



さて、本題。
(これまでの話は、カテゴリー「うつ発症から退職までのハナシ」をお読み下さい)




木曜日。


やっぱり、会社に行けない。
どうしても、どれだけ頑張っても無理で、
自分が情けなくて、悔しくて、涙が出た。


「行けない」って何?
子供じゃあるまいし。
いい大人が何言っちゃってるわけ?
アンタおかしいんじゃない?
甘えてるのもいい加減にしなさいよ。
会社に行って仕事するなんて当たり前のことでしょうが。

と自問自答し、叱咤激励するが、
やはり、どーーーーーーしても、無理なものは無理なのだ。


そして、もはやお決まりになってしまった
携帯を握ってにらめっこの時間。

あと20分で始業時間・・・・
あと10分・・・
あと5分・・・

あぁ、時間になっちゃった・・・・


どうしよう。
何て言おう。
もう今日で4日目だよ。


5分が過ぎ、10分が過ぎ、やっとの思いで電話をする。


 「おはようございます。icoですが・・」

 「おぉ、おはよう。どうした?
  少しは良くなったか?大丈夫か?」

もう、黙っているのは無理だ。
黙ってることで、自分にも負担をかける。
会社にも迷惑を掛ける。
腹をくくった。

 「それが・・・・・
  あの、ホントは、今日会社に行って話すつもりだったんですが・・・」

 「うん。どうした?」

 「火曜日、電車で具合が悪くなった後、
  ○○医大病院に行って、検査をしたんですが、
  何も問題ないって言われて。
  だから昨日、精神科に行きました。」

(なぜか、とっさに嘘をついてしまった。
 2ヶ月前から鬱で病院通ってましたと言えなかった。)

 「そうか・・・」

 「それで、あの、軽い鬱とパニック発作だと言われまして・・・」


もうここまでで、言葉が継げなかった。

「だから会社に行けないんです」って言えばいいの?
「だから今日は休みます」って言えばいいの?


一瞬のうちに、考えを巡らしていると、

 「そうかー。
  でも今はそういう人はいっぱいいるから。
  気にしないで、ゆっくりして、
  来られるときに出てくればいいから。」

お礼とお詫びをして電話を切った。


こんなどうしようもない私なのに、
なんて優しいんだろう。
いい加減、怒られるというか、
気まずい雰囲気になることを覚悟していたけど、
小言一つ言わずに、
むしろ認めてくれて。


世の中捨てたもんじゃないと思った。
改めて、会社の人達はいい人達なんだと思った。
(でも空気がダメなのよ・・・)

それなのに情けない自分が対照的で、
期待をしてくれていたのに、
それに応えられない自分が不甲斐なくて情けなくて、悔しくて、また涙が出た。



母とも電話で相談し、
休職を願い出ようと決めた。

今のままで良いことは何一つ無い。

毎朝「休みます」と電話をするのは辛い。
「会社に行かなきゃ、会社行かなきゃ」と思い続けるのは負担だ。
会社にとっても、
「今日は来るのかな、明日は来るのかな」
と心配させ、迷惑を掛けてしまうより、
期間を決めて休職した方が良いのかもしれない。

もし、休職させてくれないと言ったら・・・
もうちょっと頑張るか、辞めるか。
その時決めればいい。

そんなことを考えた。



夕方、家の電話が鳴った。
何かの勧誘かと思って不機嫌に出ると、
会社の上司、Kさんだった。
(ちなみに毎朝電話をしていたのはSさんという上司)

 「icoさん?調子はどう?大丈夫?」


なんかもう、電話で話すのも辛い。
お願いだから放っておいてください、という気分。

でも、そんなワケにはいかない。

 「はぁ・・・なんとか大丈夫です。」

 「どうしたの?風邪?」

 「え? Sさんから何も聞かれてないですか?」

 「風邪だとかって聞いてるけど・・・」


あぁぁぁあぁぁぁ・・どうしよう。
でも嘘付いてもしょうがない。

 「えぇっと・・・あの・・・・軽い鬱と、パニック発作で・・・」

 「あぁ・・そうなんだ・・・・
  いや、アレって大変らしいね。
  僕の友達にもいるんだけど、(以下省略)」
 
 「はい・・・・・」

 「一度お見舞いに行かなきゃなぁとは思ってるんだけど・・・
  家どこだっけ?●●だよね?
  明日の夜とか大丈夫?」


・・・・・orz

えぇぇぇっ????
それはぜーーーーったいにイヤ!!
困りますぅぅぅ~。涙
それにそんなご足労掛けられない・・・・・

 「えーー・・・と。
  明日、私会社行きますからっ!!!
  多分この調子なら明日は大丈夫ですからっ!!」

 「そ、そう?
  じゃあ明日会社で。」

 「はい。ご迷惑お掛けして、本当に申し訳ありません。」

そして電話を切った。

一気に自己嫌悪の波がやってくる。
だぁぁ・・・・・
明日は行くと宣言してしまった・・・・orz
Kさんから電話かかってきてしまった・・・・orz
あうぅぅーーーー。涙
どうしようどうしようどうしようーーーー号泣

あれだけ優しく、面倒を見てくださったKさん・・・
心配かけて、迷惑かけて、本当にごめんなさい・・・涙
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。


せめてもの私にできることは・・・。
明日はちゃんと会社行きます。
一応?元気な顔を見せます。



自分を追い込んで、
もう、明日は一週間の最後だから、なんとか行けるだろうと期待して、
その日は終わった。


でも、私にとって「会社に行く」ことは、
満杯のコップにさらに水を注いでしまうこと。
コップを溢れさせてしまうこと・・・・


(続く)

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【2007/08/25 02:28】 | ウツ発症~退職までの話 | トラックバック(0) | コメント(4)
鬱になったのは誰のせい?
いつだったか、ウツ波が来ていてどん底だった時の話。


その当時、私ははまだ会社を「休職中」の身で
実家で静養していた。

それでも毎日、朝から晩まで、そして夢の中でまで
「会社に行かなきゃ。明日は会社に行かなきゃ。」
「会社の人達に申し訳ない」
と思い続けていた。


それに止まらず、
実家にいるということは、両親と毎日顔を合わせ、
両親が働いている姿を毎日目にするわけで。

この年まで不自由なく育ててくれ、
私がやりたいということに何一つ反対せず、
私立の大学を卒業させて貰い、
留学までして、
とにかく面倒と心配を掛けてきた両親に対して
ひたすら申し訳なく思っていた。

自責感に苛まれていた。




ある晩、母に泣きながら言った。

 「毎日会社に行かなきゃと思い続けてる。
  行くのが当たり前の話なのに、
  何で行けないのか自分でもよくわからない。

  ホントは、鬱病なんかじゃなくて、
  ただ甘えてるだけなんじゃないかと思う。
  私は人一倍我が儘で、根性無しなのかなと思う。
  我慢が足らないだけなのかなって思う。

  周りに心配と迷惑ばかり掛けてて、申し訳ない。
  休職してるとは言え、
  毎日寝てばっかり、ダラダラしてばっかりで、
  自分がどうしようもないと思う。」


(当時の会話は全てうる覚えなので、その辺はご容赦ください。)


すると母は、私にこう諭した。

 「病院の先生が鬱病って言ったんでしょ?
  だから病気なんだよ。
  病気だから会社に行けないんでしょ。
  病気だから身体が怠くて、寝ていたいって思うんだよ。

  親の欲目を差し引いても、
  icoは我が儘な子だとは思わないし、
  我慢が出来ない子でもないと思う。
  むしろ人より我慢が出来る子だと思うよ。
  だから頑張り過ぎちゃって、病気になっちゃったんじゃない?

  それにね、そりゃー会社に対して申し訳なく思うのは、
  至極マトモだと思うよ。
  でも『申し訳ない』『申し訳ない』って言うけど、
  病気になったのはicoのせいじゃないでしょ。
  
  お母さんが椎間板ヘルニアになったのはお母さんのせい?
  違うでしょ。
  癌になった人に対して
  『アナタが悪いから癌になったんだ』って責める?
  白血病になる人は、
  その人のせいで白血病になるの?
  違うよね。
  
  どれも病気で、そしてどれもその人のせいじゃない。
  周りはその人を責めたりしない。
  心配して、その人の回復を願うよね。

  鬱だって同じだよ。
  同じ『病気』。
  だから鬱になったのはicoのせいじゃないし、
  責められる理由もないし、
  『申し訳ない』って自責感を持つ必要もないんじゃないかな。


  
  世の中には『カッコイイ病気』と『カッコ悪い病気』があって、
  確かに鬱病とか統合失調症とか、
  精神科に関係する病気は『カッコ悪い病気』かもしれない。
  周囲に打ち明けるのは辛いよね。
  
  でもさ、じゃあicoは自分が鬱病じゃなくて、
  癌や白血病なら良かった?
  お母さんは絶対にイヤだね。
  icoが、死んじゃうかもしれない病気になったらイヤだ。
  鬱病は、本人は辛いかも知れないけど、
  死んじゃう心配はしなくていいんだし、治るんだから、
  お母さんは、他の病気じゃなくて良かったと思ってるよ。
 
  
  それにさー、お母さん、毎日暢気な顔してるでしょ?
  とりわけicoのこと心配して、困ってるように見えないでしょ?
  だって、絶対に治るって思ってるから暢気な顔していられるんだよ。
  治らないかもって思ってたら、
  こんな暢気な顔していられないよ。」



こう言われて、更に号泣したのは言うまでもない。



我が親ながら、うちの母はよく出来た人間だと思う。
とても理解のある人だと思う。

子供は産まれてくるときに親を選べない。
だからこそ、こんな母の元に産まれてきた私は幸せだと思う。

私もいつか、母親になるときがきたら、
同じように理解のある母親になれたらいいな・・・



自分が鬱状態に入り込んでるとき、
どう宥めても自責感が出てきて、
申し訳ない病になって、
自分は不必要な気がしてしまう。

でも私の母の言うように、それは違う。
病気になったのは、自分自身のせいじゃない。
自分自身が悪いから鬱になったんじゃない。





厚かましい話ですが、
このブログを読んで下さってる方で、
今現在、当時の私のように悩んで、
負の思考に嵌り込んでる方がいらっしゃいましたら
この母の台詞を、自分自身に言い聞かせてみて下さい。

私自身も、ウツ波が来たときは、いつも思い返しています。
そうすると、少し気持ちがラクになる気がします。


少しでも、皆様の心が軽くなれたら、
私は、そして恐らく私の母も、幸いに思います。

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【2007/08/24 02:29】 | うつ病の話 | トラックバック(0) | コメント(18)
溢れたコップ  8
(これまでの話は、カテゴリー「うつ発症から退職までのハナシ」をお読み下さい)




水曜日。

昨晩、あれだけ自分を元気づけて、勇気づけて、
「会社に行こう」「会社に行くぞ」という気持ちになったのに、
寝て起きたら・・・・。


どうしても起きあがれない。
この「起きあがれない」「会社に行けない」という気持ちを
鬱になったことが無い人に説明するのは難しい。


とにかく身体が怠くて怠くて、疲れが抜けていない感じ。
頭はボーーーっとするし、
気持ち悪いし、
立っているのも、座っているのも辛いのだ。



そして、またも携帯を握りしめ、しばし静止状態。

どうしよう。
何て言えばいいだろう。
ズル休みだと疑われるかな。
でも本当に具合悪いんだもん。
でもこれって、ズル休みなのかな。
私・・・ズルいのかな。


「休ませてください」

のたったひと言を言うために悩んで、
口から胃が飛び出そうな程緊張して。
手に汗握って。
私は一体何やってるんだろうとツッコミを入れて。


そして意を決して会社に電話をした。

流石に前日の駅で休ませて貰った件があったため、
詳しく話は聞かれずに
 「もう一日様子みましょう」
と言って下さって、ホッとした。



落ち着くまで布団を被ってベッドで過ごし、
昼過ぎになってから、やっとのことで起きだした。


そして、また例の如く考える。

どうしたらいいんだろう。
明日は会社、行けるのかな。
当たり前の話だけど、
休めば休むほど、会社に行きづらくなってくる。
病院に行って、薬を飲み始めて2ヶ月近く経つけど、
良くなってる実感が全然無いし・・・。
ドクターの言うように、休むべきなのかな。
でも、果たして休職ってできるのかな。
会社の人に、「鬱」だと言いたくないな・・・・



そんなことを考えたけど、
とりあえず、何とかせねばと思い、
最低限のメイクをして、病院に行くことにした。


でも、地下鉄が怖い。
まさにパニック障害の"予期不安"だ。
また気持ち悪くなるんじゃないかと思うと恐怖。
無理して乗るべきなのかとも思ったけど、
バスに乗ってみることにした。


バスを待ち、乗り込む。
幸い席が空いていて、座ることができた。

が、落ち着かない。
気持ち悪くはならなかったが、
手に汗を握って、
ひたすら
「早く着いて」
と願ってしまう。

バスが信号で止まると、さらに緊張する。

うあぁぁぁーーーーーー
早く!!
信号のバカっ!!!
早く青になってくれー!!!

といった感じ。



なんとか病院に辿り着き、順番を待ってドクターと話をした。

 この3日、会社に行けなかったこと。
 前日、電車でパニック発作を起こしたこと。
 確証が欲しくて病院に行ったこと。

そんな話をすると、

 「何度も言ってるけど、できることなら休むのが一番だよ。
  診断書はいつでも書くからね。」 

と言われた。
そしてメイラックスが追加された。



のんびり歩いて帰ることにして、
夕暮れの空を見ながら、
車の流れを見ながら、
またも物思いにふける。


なんで会社に行けなくなっちゃったのかなぁ・・・・
留学なんてしなければよかったのかなぁ・・・・
私はどうすればいいのかな・・・
行動力が取り柄の私はどこに行っちゃったんだろう・・・

明日は会社行けるのかな。
こんな状態を毎日続けていても、しょうがないよね。
休職の相談しようかな・・・・・。



兄の元へ行って、
今日も会社に行けなかったこと、
病院へ行ってきたこと、
鬱であることを話した。
休職しようかと思ってることを話した。

ずっと兄に黙ってたことが辛い部分もあったので、
カミングアウトできて、スッキリした。




家へ帰ると同時に、
会社の1年先輩、Nさんから携帯に電話がかかってきた。

酔っぱらってたようだけど、
嫌な感じは皆無で、ただ心配してくれた。
Nさんが前の会社で辛かった時のことなどを話してくれた。

 「どうせ新人、休めるんだから、
  今のうちにいっぱい休んじゃえ!!」

そのひと言で、随分と気がラクになり、
丁重にお礼を言って電話を切った。

嬉しかった。
気に掛けてくれてるということが、何より有り難かった。
心がホッコリした。


あぁ・・・私は大丈夫。
あとちょっと勇気をだして、あとちょっと頑張ればいいだけ。
明日は会社に行ける。
心からそう思った。




しかし。

一度溢れたコップは、もう元には戻らない。
水を継ぎ足さなければ、これ以上溢れることは無いけれど、
1滴でも水が滴れば、当然また溢れてしまう。

水を減らすか、
コップ自体を大きいモノに替えるかしか、
溢れさせない方法はないのだ・・・・。



(続く)

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【2007/08/22 01:08】 | ウツ発症~退職までの話 | トラックバック(0) | コメント(8)
溢れたコップ  7
(これまでの話は、カテゴリー「うつ発症から退職までのハナシ」をお読み下さい)




なんとかタクシーを拾って、家へ帰った。
ドライバーさんが明るく面白い人で、
お陰で少しだけ救われた気がした。


スーツを脱いで、私服に着替えると、
また会社に行けなかったことを実感して辛くなった。

スーツはサラリーマンの制服だから。
制服を脱いでしまったことで、
サラリーマンじゃなくなってしまった気分がした。



また母に電話をかける。

 「お母さん・・・今日も会社行けなかったよ。
  ちゃんと用意して地下鉄乗ったのに、
  途中で具合悪くなっちゃった。
  多分、パニック発作だと思う。
  駅で休ませて貰って、そのあと大学病院行って検査したけど、
  何でもないって言われちゃった。」

 「そっかー。
  どこも悪いところがなくて良かったじゃない。
  ちゃんと会社には電話したんでしょ?
  だったらいいじゃない。
  会社の人、嫌な反応したわけじゃないんでしょ?
  だったら大丈夫だよ。」

 「うん・・・・
  明日は会社行かなきゃと思ってるんだけど、
  もう自信なくなってきちゃった。」

 「遅刻して、ゆっくり行ったっていいじゃない。
  大丈夫だよ。
  みんな、そんなに迷惑だなんて思ってないよ。
  『休ませてください』って電話掛けてるだけで、
  icoは十分偉いとお母さんは思うよ。」


なぜだか、母に「ごめんね」って言わなきゃと思ったけど、
どうしてもそのひと言が口から出てこない。


ただ辛かった。
どうしていいかわからなかった。
またずっと泣いていた。

会社に行けない自分に対して情けなく、不甲斐なくて。
会社の人達に迷惑を掛けて、申し訳なくて。
両親を始めとする私を支えてくれてる人達に迷惑を掛けてしまって。
自分に嫌気がさす。

確証が欲しくて自ら病院に行ったのに、
なんだかさらに自分の首を絞めてしまったようだった。





話は少し変わるが、
ウツになってから会社に通ってた当時の私を知る人達は、
皆(と言っても数人だけど)口を揃えて
 「暗かった」
という。

 「背後にダークな空気を背負ってた。
  話しかけづらいオーラを出していた。」
と兄。

 「毎日グッタリ疲れてるなーと思っていた」
とFさん。

 「会社の●●さんの話や、仕事の話をするときは
  楽しそうに、キラキラ輝いてるのに、
  次の瞬間、『会社に行きたくない』と暗くなる、
  そのギャップに驚いた。」
と母。


目が死んでいて、ダークなオーラを出していて、
それでもなんとか会社に行ってたんだなーー・・・
取引先の人に会ったり、会社では笑顔でいたり、
よくそんなことが出来ていたな・・・と、今になって思う。




話は戻って。

夜、兄の元へ行って、その2日間の話をした。
 「お前なー、そんな思いしながら
  その会社にしがみついてる理由、ないだろ?
  早く辞めて、次探せよ。
  時間がもったいないよ。」

そう言いながらも心配してくれ、
 「電車乗れないんだったら、
  タクシーで行ったって、たかがしれてるだろー。
  いや、チャリで行け!
  俺のチャリ貸してやるから!」

と元気づけてくれた。

お陰で
 「いっそのこと救急車呼んでもらえばよかったかなー
  滅多にできない経験逃しちゃったー」
とふざけられる程度に回復した。

 

家へ帰り、翌日の支度をしてベッドに入る。


大丈夫。
明日は会社に行ける。
今は、色々なことが気になりすぎてるだけ。
これ以上みんなに心配かけちゃいけない。
仕事、楽しいんでしょ?
自分の夢が叶ったんでしょ?
だったら多少無理しても踏ん張らなきゃ。
たった二日休んだくらい、どうってことないよ。
明日会社に行ったら、
「ご迷惑お掛けして申し訳ありませんでした。」
って言えば済むことじゃない。
だから大丈夫・・・・



そう自分に言い聞かせて、私は眠りに付いた・・・


(続く)

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【2007/08/21 02:34】 | ウツ発症~退職までの話 | トラックバック(0) | コメント(6)
溢れたコップ  6
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火曜日。

睡眠薬(マイスリー)を飲んで寝たが、
夜中に何度も目が覚め、夢見も悪かったため、
前日のように朝から辛かった。

それでもこの日は、先輩と共に外に出る予定が入っていた。
休むわけにいかない。


なんとか這うようにしてベッドから抜け出し、
顔を洗って、歯を磨いて、メイクをして、ブローをして・・・。
毎朝当たり前にやっていることなのに、
とてつもなく億劫で、時間がかかって、手際が悪い。


愛用の香水、シャネルの「CHANCE」を一吹きするも、
もう私には、チャンスを与えてくれる気がしなかった。

ストッキングを履き、
スーツを着て(毎日スーツでした)、バッグを持って、家を出る。

会社までは、たった30分の道のり。



いつもと同じ地下鉄。
いつもと同じ混み具合。
とりわけ"満員"ではない車内。



電車に乗り込んで一駅。


「ヤバイかも・・・・パニック発作が来そう・・・・」

と思ったが、遅かった。
もうドアは閉まっていた。


目の前が白くなり始め、焦点が合わなくなってきた。
必死につり革を握りしめる。
汗がタラタラと額から流れる。
耳鳴りがして、眩暈がして、フラフラと、倒れそうになる。
吐き気がやって来て、今にも車内で吐きそうで、必死にこらえる。
気持ちの悪さで涙が出た。
心臓がバクバクと音を立て、
もうどうしていいかわからなくなって、気が遠くなりそうだった。


地下鉄の一駅の間隔なんて、たかが知れてる。
たった2分だ。
でもその2分が、果てしなく長く感じて、
「早く、早く、早く」
「どうしよう、どうしよう、どうしよう」
「吐く、吐く、吐く」
とどれほど思ったことか。



電車がホームに入り、ドアが開く。
もう、真っ直ぐ歩けない。

なんとか近くの駅員さんの所まで辿り着き、
 「すみません・・・・
  具合が悪いんですけど・・・
  休ませてもらえませんか・・・・」

私の顔色が相当悪かったのか、
 「大丈夫ですか?歩けますか?」

と聞かれてしまった。笑

大丈夫だと答えると、事務室の場所を教えてくれた。



フラフラしながら、ゆっくり歩き、なんとか事務室にたどり着き、
休ませて欲しい旨を伝えると。


「救急車呼びますか?」


ぎょえぇっ!!

もちろんお断りして、事務室のベッドに寝かせて頂いた。


また、涙がとまらない。

なんで気持ち悪くなっちゃうんだろう。
会社に行かなきゃいけないのに、
今日は予定が入ってるのに・・・・。


会社の始業時間になってしまって、
電話をかけなくてはいけない。
携帯が圏外になっていたため、
駅員さんに電話を借りた。

ボタンを押すのがツライ。
呼び出し音がツライ。
胃が縮まる思いがする。
また吐き気がこみ上げる。

 「おはようございます。icoですが・・・」
 「おぉーーーおはよう。どうだ?」
 「あの・・・電車で具合が悪くなって、今○○駅で休ませて貰ってます。
  申し訳ないですが、しばらく様子見させてください。」
 「大丈夫か??無理するなよ。」
 「はい・・・
  それであの・・・今日、●●さんと約束をしていたんですが・・」
 「●●には俺から連絡しておくから。」
 「どうもすみません。ご迷惑お掛けして申し訳ありません。」

会話はそれで終わった。



その後、もう少し駅で休ませて貰った後、
タクシーに乗って、某大学病院へ行った。

激混みの中、内科に行き、
ドクターと話をして、
尿検査、血液検査、心電図、レントゲンを。

そして、ひたすら順番を待ち、診察に至るも、
結果は
「何も問題なし」



別に、どこか悪いのかと心配していたわけじゃない。
どこも悪くないのはわかってた。
ただ「確証」が欲しかっただけ。

「他はどこも悪くない。原因はウツであり、これはパニック発作だ」

と、目の前に突きつけて欲しかった。
そうしたら、自分の中で諦めがつくような気がしていたから。

お会計は約8000円。
高い確証代だ。


会社に電話をかけたが、
 「今日はこのまま休んでゆっくりしなさい」
と言われた。




病院から外に出ると、小雨が降っていた。

確証が欲しくて自ら病院に行ったのに、
自分が情けなくて、惨めで、泣けてきた。

おまけにタクシーがなかなかつかまらなくて、さらに涙が出た。

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【2007/08/16 03:33】 | ウツ発症~退職までの話 | トラックバック(0) | コメント(4)
溢れたコップ  5
(これまでの話は、カテゴリー「うつ発症から退職までのハナシ」をお読み下さい)




東京に戻る電車の中も、涙が止まらなかった。
ただボーッと外を眺め、
周囲の人に涙を見られないようにした。


家に着いて、また涙。
お風呂に入りながらも涙。
そして、寝る前も涙がポロポロ溢れてきて、
枕に敷いたタオルを濡らした。

コップが溢れたのと同時に、涙腺まで壊れたみたいだった。


睡眠薬を飲んでも、もうあまり寝られなくて、
朝も早くから目が覚めていた。



やはり、というか案の定、
月曜は会社に行けなかった。
行けないのは既に日曜の夜から、自分でわかってた。


どうしても、ベッドから出られない。

怠い。
身体が重たい。
気持ちが悪い。
眩暈がする。
横になって、目をつぶっても、
波に乗っている感じというか、回ってる感じというか、
とにかくクラクラがとまらない。

熱を測ったら、微熱。


幸いなことに、その日の予定は入ってなかったため、
「もう、今日は休もう」と決めて
会社に「休みます」と電話をしようと思っても、
電話ができない。

携帯を手にして、会社の番号を表示したまま、
時間が過ぎていく。

電話をしないことにはどうにもならない。
心配させてしまう。
会社から電話がかかってきてしまう。

電話しなきゃ、電話しなきゃ電話しなきゃ・・・・



意を決して発信ボタンを押した。
 
 「おはようございます。icoですが・・・」
 「おぉーico君か、おはよう。どうした?」
 「申し訳ないんですけど、今日は体調が悪くて・・・
  お休みさせてください。すみません」
 「大丈夫か??気をつけろよー
  まぁゆっくり休め。みんなには伝えておくから。」

それで終わった。



その後は
「どうして会社に行けないんだろう」
「どうしたらいいんだろう」
「私は何をしたいんだろう」
「会社に行きたくない」
「もう、自分の夢なんてどうでもいい」
「会社辞めてしまいたい」

という自己嫌悪と、思考の渦のなかに引きずり込まれ
布団を被って泣き続けた。


いつの間にかウトウトしたが、
会社のユメを見て、慌てて飛び起きた。



その日は一日家にいた。
本を読もうにもアタマに入らない。
テレビを見てもつまらない。

世の中の全てのモノが精彩を欠いてしまったようだった。



夕方、母に電話した。
 「お母さん・・・今日、会社行けなかった。
  行かなきゃと思ったのに、具合悪いし、微熱もあって・・・」
 「そっかーー。
  そういう時って、何でもなくても熱出たりするんだよね。
  いいじゃない、具合悪いんだから。
  明日は行けそう?」
 「明日は、予定入ってるから行かなきゃ。」
 「うん。じゃー頑張って行っておいで」


また泣いた。
もう、一日中泣いてる状態だった。

ご飯も食べず、薬飲んで、シャワーだけ浴びて。
翌日の準備をして、とっとと寝ることにした。

また脳みそクルクル回ってる感じが収まらない中、
何とか眠りについた。


明日は、先輩と●●に行くから。
絶対に会社に行かなきゃ。
大丈夫。会社、行ける・・・・・・


(続く)

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【2007/08/15 04:07】 | ウツ発症~退職までの話 | トラックバック(0) | コメント(8)
鬱なのか、甘えなのか。
「鬱病」と診断されたものの、
その病名を一番疑っていたのは自分自身だった。
(今でもそういう気持ちはまだ残ってますが)
それは、「もっと重大な病気なんじゃないか」という意味ではなく、
「わたしは病気じゃないのでは?」
という意味での疑い。

ウツじゃなくて、ただの甘えなのではないだろうか。



世の中の人達はみんな働いてる。

例えば。
サラリーマンは毎日会社に行ってる。
子供達は毎日学校に通ってる。
主婦は毎日、家事という仕事をしている。

私は会社員なのに、会社に行けない。
行かなきゃ、と思ってもいけない。
当たり前のことができていない。
病気だと言われても、納得がいかない自分がいる。

ウツだから会社に行けないのではなく、
「ただ、行きたくないから」行かないだけなのではなかろうか。
私って、我が儘なのかな。
根性無しなのかな。
普通の人は、嫌なことも大変なことも我慢してるのに、
私は我慢ができないのかな。
甘えてるのかな。

私はひたすら悩んだ。



ある夜、母と話していて、

「毎日、会社に行かなきゃと思い続けている。
 会社に毎日行くのは当たり前の話なのに、
 私は、会社に行かなきゃ行かなきゃと思っても、行けない。
 具合が悪いのも嘘じゃなくて、本当に具合が悪い。
 どうして?
 なんで?
 そればかり考える。
 病院で鬱病だって言われたけど・・・
 鬱なんて血液検査やレントゲンでわかるものじゃないし、
 本当はウツじゃなくて、ただ甘えてるだけなのかなと思う。
 世の中の人達は、嫌なことも我慢して会社に行ってるんだと思う。
 私は我が儘で、根性なしで、
 我慢が足りないのかなと思う。」

そんな様なコトを言い、私は号泣した。
もうしゃくり上げるわ、鼻水出るわ、ほんと大号泣。



そして母は言った。

「病院に行って、病院の先生が鬱だって言ったんでしょ?
 だから鬱なんだよ。
 お医者さんは、私より、icoより病気に関して勉強してきてるわけだし、
 たくさんの患者さんを見てきてるんだから。
 
 確かに鬱は目に見える病気じゃないけど、
 医者が病気だって言ったんだから病気なの。
 そしてその病気は、
 薬飲んで休めば治るって言われたんでしょ?
 だったらそうしてればいいじゃない。
 お父さんもお母さんも、icoが家にいることは、全然迷惑じゃない。
 むしろ毎日が楽しいよ。
 だから医者の言うことを信じて
 薬飲んで家でゆっくりしてればいい。」

「それにね、そりゃーみんな各々大変なこともあるよ。
 お母さんだって嫌なことも大変なこともある。
 でもね。
 icoは感受性が豊かなんだと思う。
 だから些細なことも気になって、気を遣って、
 そして傷ついちゃうけど、
 普通はみんな、icoみたいに気付かないし、考えないんだよ。
 icoが嫌だって思って傷つくようなことを、
 みんなは気付かずに通り過ぎちゃうんだよ。」
 


もちろん、さらに号泣することとなりました。笑


それ以降も、今でさえまだ、
「甘えてるのかな、我が儘なのかな」
と思うこともあるけれど、
でもこの母の言葉で気がラクになったのは紛れもない事実で、
私はこの言葉で「治療をする」という心構えになった。




また、
「日本はまだメンタル的な病気に対しての偏見も多いし、
 また、ケアをする体制が整ってない。」

漠然とそう思って批判してたけど、
結局のところ、
私も偏見を持っていて、まーーーったくそういう病気を理解してなかった一員なのだと
このとき気付かされた気がした。

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【2007/08/13 23:25】 | うつ病の話 | トラックバック(0) | コメント(18)
溢れたコップ  4
(これまでの話は、カテゴリー「うつ発症から退職までのハナシ」をお読み下さい)




初めてパニック発作を起こして以降、
朝の通勤電車で気持ちが悪くなることが、数回あった。

「ヤバイかも・・・」と思ったらすぐに電車を降り、
深呼吸して、落ち着いてから再び電車に乗ったり。
はたまた会社まで我慢して
タイムカードを押すとすぐトイレに駆け込み吐いたり。

そんなことを繰り返していた。




仕事はとても充実していて、楽しい。
会社の人達で、キライな人はいない。
皆いい人で、とても親切。

だけど、会社の、あの空気が耐えられなかった。
うまく説明できないのだけど、
人を「受け入れる」空気がないというか。
昔からのスタイルに固執しているというか。
とにかく、空気・雰囲気がイヤだった。




それに加え、知らず知らずのうちに、自分を追いつめていた。

独り立ちすることで、当然プレッシャーがかかる。
周りの人達も「頑張れよー」と励ましてくれる。
そして私は、
頑張りたいのも事実で、「頑張らなきゃ、頑張らなきゃ」と思い続けていた。

新卒で就職した友達と比べると、
私はスタートが遅れているし、だから余計に頑張らなきゃ。
早く一人前になって、追いつかなきゃ。

今まで散々両親に迷惑をかけてきたんだから、
頑張って、恩返ししなきゃ。

会社の方々が期待をしてくれ、
「頑張れよ」って言ってくれるんだから、頑張らなきゃ。



頑張らなきゃ、頑張らなきゃ、頑張らなきゃ・・・・




いつのまにか、会社の方々に
「頑張れよ」って言われることが苦痛になった。

「頑張ります!」と笑顔で返す一方で、
心の中は不安と、恐怖と、焦りと、葛藤と。
そして
「どうやって頑張れっていうんだよ」
「もっとちゃんと教えてくれよ」
「ちゃんと教えてくれなきゃわからないじゃない」
と反駁する気持ちが芽生えていた。



会社でパソコンに向かっていて、
何もないのに涙がポロポロ出そうになったこともあった。
集中力が無くて、気が散って、全然仕事ができなくて、
毎日のように家に持ち帰って仕事をしていた。


毎日欠かさず薬を飲んでいるのに、
一向に良くなる気配はない。
むしろ悪くなっていってる気さえした。



仕事は楽しいのに、会社に行きたくない。

毎朝、ギリギリまでベッドの中で過ごし、
這うようにしてベッドを出て、
フラフラと、グッタリしながら電車に乗った。

夜は家に帰ってきて、泣いて。
それまでは、夜になると「明日は頑張る!」って気持ちがあったのに、
いつの間にかそれも無くなった。

毎晩、「あぁ・・・明日・・・会社行きたくないな」と思っていた。
ホントに毎日がサザエさん症候群。




初めて精神科に行ってもうすぐ2ヶ月が経とうとしていた頃。

週末、実家に帰りのんびり過ごし、
日曜の夜、母に車で駅まで送ってもらった。

駅までは車で10分。


「明日からまた会社かぁ・・・行きたくないなぁ・・・・・・」

そう口に出した途端、涙が止まらなくなって、もうどうしようもなかった。
どうにもできなかった。



私のコップは溢れた。

溢れ出しら最後、もう止まらない。


(続く)

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【2007/08/12 04:15】 | ウツ発症~退職までの話 | トラックバック(0) | コメント(12)
死んじゃいたいという気持ち。
眠れないので、またも更新。


今まで、24年間生きてきて、
何度か「死んでしまいたい」と思ったことがあった。

今思い返せば、その理由はとても些細なことで、
馬鹿らしいモノなのだけど。
だからその時に死んでしまわなくて良かったと思ってる。笑




今から約5ヶ月前、始めて精神科に行ったとき、

「死んでしまいたいと思うことはありますか?」

とドクターに聞かれて、

「それは無いです。」

とキッパリ答えたのだけど、
その答えは違うと、今になって思う。




前にも書いたけど、
私の鬱の最初の発端は留学時代であり、その頃から鬱だったと思う。

その頃、
「なんか・・・・死んじゃいたい」
とよく思ってた。


私はマンションの13階に住んでいたのだけど、
ここから飛び降りちゃおうかなーと、よく考えてた。

でも海外で飛び降り自殺なんかしたら、それこそ大変。
現地の警察や大家さん、大使館にご迷惑をお掛けすることになる。
そして何より家族に迷惑をかけてしまう。


海外云々の前に、
自殺という道を選んだとき、悲しむ人がたくさんいる。
そして両親は、悲しむだけでなく、
自分を責めるだろう。
だからそんなことは絶対にできないし、するつもりもない。



だけど。死ぬつもりなんてないけど。
鬱になって以降、死んじゃいたいというか、
消えて無くなりたいという気持ちは、私にいつも付きまとっている。

全ての人の中から私という存在の記憶を消して、
私はいなかったことにして、
消えてしまいたい。

という気持ち。



「死んじゃいたい」と思うことを"希死念慮"というらしい。
そしてその希死念慮は鬱の症状の一つだとか。

いくら症状の一つだなんて言われたって、
「あぁ、そうですか。」
なんて簡単に納得できない。(希死念慮に限った話じゃないけど。)

消えて無くなりたいって思うのも確かだし、
死ぬつもりもないのも確か。
すごく変な気分。



なーんか考えてると、キリがない。
考えるの辞めた!!!
と思っても、辞められないんだなーこれが。

はぅーーーー。難しい。

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【2007/08/11 05:22】 | うつ病の話 | トラックバック(0) | コメント(11)
溢れたコップ  3
(これまでの話は       をお読み下さい。)



私が鬱だってことは、自分一人の心にしまっておくつもりだった。


でも、どうしても理解者が欲しくて。
悶々とした気持ちを聞いてくれる人が欲しかった。
また万一何かあったときのため、黙ってるのもどうかと思い、
やっとのことで母に打ち明けた。
(母にカミングアウトした話はコチラを。)

ちゃんと言って良かったと思った。
母は私にとって最大の理解者であり、
私の応援団長だから。



仕事の方も、配属が決まったお陰で、
自分のやるべきコトや方向が見えてきた。
また、配属は私自身の興味をそそる分野だったため、楽しかった。

引き継ぎも始まり、手帳にどんどんスケジュールが加わっていく。

ワクワク、ドキドキの連続。
自分が一人前になっていくのかなという期待。




それなのに、やはりウツは治らない。
(そんな簡単に治るわけねぇっつーの。笑)

治るどころか・・・。


胃酸過多で家や会社のトイレに駆け込み、ゲロを吐く始末。
とりあえずは市販のガスターを買って、
「ヤバイ!」
と思った時に飲んで凌いでいた。



3回目の通院の際、胃酸過多の話をして
ガスター(20㎎)を処方して貰った。
パキシルは10㎎から20㎎へと増量。

「また飲み始めの時のように副作用が出るかもしれない」
とドクターから言われたが、
案の定、胃のムカつき・気持ち悪さが数日あった。




それでも普通に会社に通い、笑顔で仕事を続けていた。
仕事も楽しいと思っていた。


それなのに。


とある月曜日。

会社の先輩と朝、現地で直接待ち合わせ、仕事をした。
何事もなくその場が終わり、
二人で自社へ戻る為、地下鉄に乗った。


時間も時間だったので、チラホラ立っている人がいる程度の混み具合。
暑くもなく、寒くもなく、涼しい車内。
ごくごくフツーーーーの地下鉄。


乗って5分もしないうちに、
急激に猛烈な吐き気がやって来た。
汗がダラダラ出てきて止まらない。
眩暈、耳鳴り、動悸。
目の前が白くなっていく。
恐らく、顔面蒼白。
必死につり革にしがみついて、立っているのが精一杯。
先輩が色々と仕事の話をしてくれてるのに、
まともな返答ができない。

「どうしよう」
「どうしようどうしよう」
「どうしようどうしようどうしようどうしよう・・・・・」

頭の中はそればかり。


もし、先輩がいなくて私一人だったら
すぐに次の駅で電車を降りて、トイレに駆け込む。
だけど現実は一人じゃなく、先輩が一緒。

その先輩は、すごーくいい人だけど、
なんだか申し訳なくて、「具合悪いです」って言えない。
絶対に言えない。
迷惑掛けられない。

たまたま席が2個空いて、二人で座ったけど、まだ収まらない。


ひたすら堪えて堪えて、
何とか会社の最寄り駅まで我慢して、
足下フラつきながら会社まで歩いて、
先輩に笑顔で
「トイレ寄ってからデスク戻りますね。どうもありがとうございました!」
と伝えて、トイレに駆け込んで、吐いた。

トイレまで持ちこたえられたことに安堵すると同時に、涙が出てきた。
頭の中は、
「なんで?」「どうして?」「どうしたらいい?」
ハテナがぐるぐると回る。
この時は、これが「パニック発作」だとは気付きもしなかった。

何とか自分を落ち着かせて、デスクに戻った。



さすがにお昼ご飯は食べる気にもならず、
お茶を飲んで終わりにした。
ついでに、残っていたソラナックスを1錠。

タバコは1日1箱、の私だけど、
くわえる気にもなれなかった。



午後も調子はイマイチだったけど、
その日は、午後に私が始めて独り立ちする仕事があり、
どうしても早退なんてできなかった。

ひたすら
「調子が良くなりますように」
と心の中で願い、祈った。


なんとか午後の仕事も終え、帰宅するも、
あるミスをしていたことに気付き、愕然。
ガーーーーーン・・・・・・orz

どうしようどうしようどうしよう。


しょうがないので、25時までかけて家で仕事をし、
なんとかミスをカバーした。

別に仕事をすることは負担ではなかったし(眠かったけど)、
むしろ仕事は楽しかった。
自分がミスをしたら、自分が取り返す、
それは至極当たり前の話で、何とも思わなかった。



翌日、朝一番にミスを謝ると、笑って終わりにしてくれた。
家でやってきた仕事を見せると、評判も良く、
とにかく安堵。

その日は特に問題もなく、普通に働けた。


でもまたガスターのお世話になった。
その翌日も、またガスター・・・・


毎日毎日、会社の居心地は悪かったけど、
仕事はとにかく楽しかった。
充実感で溢れていた。

(まだまだ続きます・・・)

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【2007/08/10 02:41】 | ウツ発症~退職までの話 | トラックバック(0) | コメント(8)
溢れたコップ  2
(これまでの話は      をお読み下さい。)

ここ数日、余裕がある時に日記や手帳を見て、
当時のことを思い出して少しずつ書いています。
思い出すと、その辛さもフラッシュバックして、けっこう辛い。
涙でそうになったりするし。
でもなぜか、どうしても書きたくて・・・・。笑




精神科での一番最初の処方は、

 パキシル (10㎎)
 ソラナックス (0.4㎎)
 マイスリー (10㎎)

次は1週間後に病院に行くことになった。


それから1週間、重い身体を引き摺り、
相変わらず会社を辞める妄想をしながら会社に通った。

「○○さんに言うべきか、●●さんに言った方がいいのか。
 うつだから辞めますって言うの?
 それとも適当に嘘をつく?」

みたいな妄想がエンドレス。笑



毎日、朝が一番辛い。
とにかく身体が重くて、グッタリして、フラフラして。
自分だけ、人より余分に重力がかかってるんじゃないかという感じ。
会社に行きたくないという気持ちがピークに達し、
全てにおいてやる気が起きない。
このままずっとベッドの中にいたいと思う。

午前中は、とにかく眠い。
睡魔との戦い。
安定剤のお陰でさらに眠い。

お昼を過ぎた頃から、何とかなってきて、
夕方から「大丈夫!頑張るー!」という気分になる。


この、一日の中で変化があるのもウツの症状だそうな。



マイスリーのお陰で寝付きは良くなったものの、
泣きながら寝ることも度々。
また、パキシルの副作用で
とにかく胃が重いというか、ムカムカ気持ち悪いような感じがつきまとった。

それでも1週間後、2回目の病院に行く頃にはパキシルの副作用は無くなっていた。
ドクターに言われた通りだった。



2回目の病院は、あまり緊張もなく、普通に。
「会社で眠くなる」と言ったところ、
ソラナックスからセルシンへと変更された。

また、「あくまで、一番の薬は休息だからね」
と強調され、「診断書はいつでも書くから」と。
そう言われても、休職する気なんて更々なかった。

ついでにロキソニンとセルベックスも処方してもらった。
(偏頭痛と生理痛用)

次回の通院はは2週間後。




「鬱というのは、アタマの病気ですから」
ドクターにそう言われて納得していたし、
自分自身で色々調べて、
セロトニン云々から薬の作用機構まで理解していた。
(私、生物化学専攻だったので一応こういうの得意?なんです。)


それでも、気持ちは頷かない。
ココロは言うことを聞いてくれない。

体調が悪ければ当然辛いし、心配にもなる。
気持ちがマイナスに向かえば、当然ながら嫌な気分になる。

集中力が無くなるせいで、注意力散漫になるし、
物忘れがひどくなる。
そして、読書ができなくなった。
私は活字中毒?というくらい活字好きだったのに。
毎日3,4紙読んでた新聞も、読めなくなった。
見出しを眺める程度しかできないのだ。
文章を読んでも読んでも耳の穴から抜け出ていくようだった。
人の話もどんどん流れていく。

病気だからって自分に言い聞かせても、
やっぱり辛い。悲しい。苦しい。
そして「病気」ということ自体にも猜疑的。



当然仕事も出来なくなっていった。
どうしても要領が悪い。
(周りは気付いていなかったようだけど。)

会社で生あくび連発。

一つの仕事にやたらと時間がかかる。
だから家に持ち帰って、家で仕事をしたり。

やらなきゃいけない仕事を忘れそうになって。
毎日「今日の仕事メモ」を書いて、やり終えたことに線を引いて消していった。

なんだかいつも他人に私のPCを覗かれてる様な感覚があって、
 集中しなきゃ、
 ちゃんと仕事しなきゃ、
 頑張らなきゃ、
って思ってた。




数日が経ち、
やっと、やーーーっと配属が決まった。
(遅すぎだっつーの)

これで、自分の担当の勉強もできる。
わからないとき、誰に聞けばいいのか困ることもない。
自分の上司も決まる。
自分の仕事ができる。

と少し前向きな気持ちになって、
会社を辞める妄想は、落ち着いた。

これでウツも治るだろうし、バリバリ仕事すんぞ!!!
という気分だった。


会社の人達から
「頑張れよー」と口々に言われ、
「ハイ!!!頑張りますっ!!!」
と気合いも十分。




・・・・・のはずだったのだけど。

(続く)

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【2007/08/09 01:16】 | ウツ発症~退職までの話 | トラックバック(0) | コメント(6)
溢れたコップ  1
(これまでの話は     をお読み下さい。)



よく、花粉症になる理屈の例え話で、"コップ"が使われる。

人それぞれ、持っているコップの大きさが異なっていて
そのコップにどんどん花粉が蓄積されていき、
もうこれ以上入りきらない、って
溢れ出した瞬間から花粉症になるという。

小さなコップを持っている人は、すぐに花粉症になる。
大きなコップを持っている人は、まだまだ大丈夫。時間がかかる。
(私自身は幸いなことに花粉症ではありませんが。)



私の鬱病も、パニック発作も、花粉症と同じように、
ある日、コップが溢れだした。





内科で自律神経失調症と診断されて以降も
私は普通に会社に通ってた。

そりゃ当然辛い日もあった。
起立性貧血はしょっちゅうだし、
めまいはするし、
耳鳴りで、片耳が聞こえづらいこともあったし。
胃が痛いこともあった。


毎日毎日、会社では笑顔で通して、良く笑って、
任された仕事はきちんとこなして。

でも退勤後、自宅の最寄り駅を降りた瞬間から、
独り言を言い、
涙がポロポロ溢れ、
家についても涙と鼻水が止まらなくなって。
ご飯もちゃんと食べず、ただシャワーを浴びて、
タバコを吸ってボーッとして、
そして寝る。

週末は、実家に帰ってのんびりして、
なんとか1週間、頑張って、同じように会社に行く。


そういう生活をしていた。



数週間が経ち、「会社に行きたくない」とひたすら思い、
自分がやりたかった仕事も「どうでもいい」と思い始め、
頭の中では
「会社を辞める」妄想が渦巻いていた。笑
電車の中でも、会社でも、家でも、ドコにいても、
この妄想が止まらなくなっていた。


私のコップは、もう満杯だった・・・・



ある月曜の朝のこと。
どうしてもベッドから身体が起きあがらない。
ひたすら怠い。
「会社休もうかな・・・」と考える。
熱を測っても平熱。

「行かなきゃ」と力を振り絞って、
時間ギリギリで家を出た。
会社は、行くのが当たり前だって言い聞かせて。


午前中、仕事をしてても全然頭が回らない。
集中力がない。
自分一人の個室があれば仕事がもっとできるかも・・・
なんて思いながら、何とかお昼まで持ちこたえた。


一人、ランチを食べに出かけて、ひたすら考える。
「病院へ行こうか。」
「精神科に行こうか。」
食べ物がノドを通らない。

外に出て、心臓バクバクさせながら、
考えて考えて、考え倦ねて、
やっとの思いで、精神科に電話をした。

どうしても行きたくなかったら、バックレればいいと自分に言い聞かせた。


午後は、ひたすらボーッとして退勤時間を待ち、
そして緊張して、
行くの辞めようかと思いながら、
なんとか勇気を振り絞って精神科へ行った。

(初めての精神科の話はコチラ



ドクターと話をして、
「鬱ですね」

と言われたとたん、涙が溢れた。


眩暈も、
立ちくらみも、
吐き気も、
冷や汗も、
動悸も、
身体が痒くなって(皮膚描画症)掻きこわすのも、
「ピーー」とか「ゴォォォーーッ」という耳鳴りも、
眠れないのも、
寝ようと目をつぶると、脳みそがクルクル回ってるような感じがするのも、
言葉がつっかえるのも、
どうしてもマイナス思考になるのも、
心から笑えないのも、
楽しいことがなくなってしまったのも、
遊びに行きたくないのも・・・・

ウツのせいなんだって言われた。


ワガママなんじゃないかって、
気のせいなのかなって、
ただ、自分の我慢が足らないのかなって思ってたけど、
そうじゃないんだって言われた。
これ以上頑張らなくていいって言われた。


「あぁ、私、鬱だったんだ」と、
安心したというのも変だけど、救われた気がした。




「休むことが一番」
と言われたけど、休めないと思った。
薬を飲みながら、会社に行くことに決めた。


会社の人達に、鬱だと知られてしまうのが怖かった。
保険組合から情報が流れてしまったら・・・と思うと恐怖だった。
仮に、会社の人達が理解してくれても、
腫れ物に触るように扱われるのは、嫌だった。



だから、誰にも言わず、黙っていることにした。

自分一人のヒミツにすることに決めた。



そして、私は翌日からも普通の顔して会社に通った・・・

(続く)

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【2007/08/08 00:30】 | ウツ発症~退職までの話 | トラックバック(0) | コメント(3)
自律神経のバランスと漢方薬。(後編)
(前回までの話は 1 2 3 をご覧下さい)




社会人になるに当たり、
当然ながらスーツやバッグ、靴などなど、色々なものが必要になる。
入社前は買い物に奔走した。


でもこれがまた楽しい。
「デキル女」風にスーツを着こなしてる(?)自分がなんだか格好良くて。笑

私は身長が低いので、パンツスーツは似合わない。
ピンヒールのパンプスにスカート、流行の網タイツ風黒ストッキングを履いて、
気分はルンルン♪

元来オシャレが好きなので、
ちゃんとメイクして、ネイルも地味なフレンチにして、
アクセもシンプルなものを付けて・・・・
とにかく楽しい。気分はハッピー☆


ウツな気分」なんて、陰も形も消え去った。




そして入社日。

「ぅおーーーー!!!社会人!!!!」
って勝手に興奮しつつ、楽しく会社へ。

事務手続きをしたり、
会社のお偉いさん方と話をして一日が終了。
新鮮な気分で帰宅した。


それから数日は
事務手続きや、会社の就業規則の説明、挨拶で終わった。


ちなみに、「新卒・新社会人」ではないので、
入社式みたいなものはない。
いわゆる「同期」は一人いたが、
その彼は前職・前々職ともに同職種をしてきた経験者。
まーーったくの新人は、この私だけだった。
加えて、まさに2007年問題勃発中なうえ、女性はごく僅か、
周りはオジサンばかりだ。
でも、それがむしろラクだったりもした。笑
可愛がられるしね。



さて、数日後。
手続きも終わり、部署へと移動した。
同僚や上司に挨拶をして回った。
「現場」の臨場感を味わってさらに興奮。
ワクワク・ドキドキの連続。
未来の自分像を勝手に想像したりして、
なんだかキラキラしてた。



ところが。
入社して1ヶ月は放置プレイ。
配属も決まらない。
業務内容は、勉強というか、読書というか・・・・
毎日定時に会社に行き、お昼にご飯を食べ、定時で帰る。
ひたすら睡魔と戦う。
そんな状態。

昨年もそんなだったと聞いたけれど、
どうしても腑に落ちない。
「どうすればいいんだろう」
って、そればかり考えた。


あまり仕事に関して詳しく書けないが・・・・

「教える」とか、学ぶとか、そういう仕事ではないってのもあって、
しょうがないのかなと思う部分もある。
でも、「自分の存在意義」が感じられないのは、私にとってツライ。
これでいきなり
「じゃ、今日から一人で仕事して」
って言われても何も出来ないって怖さもあった。



それでも、
エレベーターの中や休憩室などなどで会う会社の方が
 「虐められてないか???
  虐められたらすぐに言えよ!やっつけてやるからな。」
なんて言ってくれたり。笑

 「僕が君のテスト採点したんだよー
  ico君は優秀なのに、毎日会社の中にいて、勿体ないなー。」

 「優秀な子が入ったってミンナ言ってるよ。」

 「頑張れよー。期待してるからな。」

と言って下さったり。
実力以上の期待はしないでくれよ・・・・・orz
と思いながらも、とても嬉しく、それが
「頑張ろう」
と思う原動力になっていた。




時が流れ、
少しずつ仕事というか、雑用をするようになり、
先輩方に付いて外に出るようになった。
華やかな世界もあって、楽しかった。

でも一日何もすることが無い日が多かった。
会社の組織改革があることもあり、
配属も決まらない。
自分のデスクもなく、"針のむしろ"のような席に座っていた。



「会社辞めたい!」
と、母親に愚痴をこぼしたりもした。
でもそれはあくまで5月病のようなもので、辞めるには至らなかった。





とある日。
とある出来事。

どうしても、私には理解できない会社の人達の言動というか反応があった。
(直接、私に対しての出来事ではないのだが)

「なんで?」
「どうして?」

の連続。ひたすら嫌な気分になった。
ドキドキした。

会社の人達に対して、猜疑的になった。

一度こうなってしまうと、色々なことが悪い方向へと働きがちになる。
冗談が冗談としてとらえられなくなったりしてる私がいた。



また、会社の人同士で伝達がうまくいっておらず、
私の扱いに関して
「どうしてお前が面倒見るんだよー」
とか
「そんなのに行く必要ない」
とか、そんなコトを言われたり(?)もした。

とにかく嫌な気分。
だったら早く配属決めてくれ。
今は何を見るのも勉強じゃないのか。
と心の中で毒づくも、私には何も言えない。


一方で、
会社の人達が私に気を遣ってるのもわかってた。
新人。若い女の子。辞められちゃったら困る。
そんな意識があったのだろうと思う。
なんか申し訳ないなーと思ってた。


愚痴をこぼそうにも、同期はいないに等しい。
1年先輩は、わかってくれ、気に掛けてくれたりもしたが、
先輩には、自分の仕事があるわけで・・・・




入社してまだ2ヶ月が経たないある日、
どうしても調子が悪くて会社を休み、内科へ行った。
 
症状は、

 めまい
 耳鳴り(気圧がかかってるような感じ)
 吐き気
 動悸
 不眠。




診断は

「自律神経失調症」


自分でも、予測は付いていた。


薬は、また漢方。
今回は
「ツムラ39 苓桂朮甘湯


これで、治らないのもわかってた。
精神科に行った方がいいのもわかってた。

でも、行けなかった。



この漢方を飲みながら、(またもトイレが近くなった・・・)
会社の人には何も言わず、
私は普通の顔をして、会社に通った。



私は大丈夫、
配属が決まるまでの辛抱だ、
もう少しだ、
頑張らなきゃ

って自分に言い聞かせて・・・

テーマ:うつ病(鬱病)、メンタルヘルス - ジャンル:心と身体

【2007/08/04 01:24】 | ウツ発症~退職までの話 | トラックバック(0) | コメント(0)
自律神経のバランスと漢方薬。(前編)
(前回までの話は 1 2 をご覧下さい。)


前にも書いたように、留学から日本に帰国し、
しばらくはバイトをしつつフラフラと遊んでいた。
久々に会った、留学時代の友達には
「顔色良くなったね~」
などと言われたりもした。


ところが。
帰国後2ヶ月が過ぎた頃、

 めまい
 耳鳴り
 動悸・急激な発汗

などの症状が出ることがあり、
「もしかしたら・・・貧血?」
と思って内科を受診した。
大学2年生の頃、貧血が酷くて鉄剤を飲んでたことがあったからだ。
(鉄剤って、飲むとウンコが真っ黒になるんですよね・・・・)


ところが血液検査の結果は異常なし。
血圧が94ってことで、(低血圧なんです。)
そのせいもあるかもねーなんて話をされた。

その病院は、漢方外来もやってる病院で、
便秘やら手足の冷えやら、むくみやらの症状もあることから、
「代謝が悪い」という話になって、
「ツムラ37 半夏白朮天麻湯」という漢方薬を処方された。


漢方薬で症状は改善されたのかわからないけど、
とにかくトイレが近くなった・・・・


漢方って、長期戦なんですよね?
1日2日で改善するもんじゃないってわかってるけど、
でも面倒になって、2週間飲んだところで、病院に行くのをやめてしまった。



その後も、たまに症状が出ることがあり、
また胃酸過多で急に吐きそうになったり、
フラフラしたり。
時々、一人になったときに涙が止まらなくなったりもした。


だけど。



放置プレイ。笑



だって精神科の敷居って高いんだもん。




時間があるから余計なコトばかり考えるんだ、
何だかんだ言いつつ、私は環境に恵まれてるから、
その環境に甘えてるんだって、
私はワガママなんだって、
そう思って、あまり気に留めないコトにした。



さて、その後。
いつまでもフラフラしてちゃいかんよなーーー
就職しなきゃなー
こういう状況だから余計に考えちゃうんだよなーー
ということでのんびりと動き出した。


私のように大学卒業して、就職しないで留学してしまった人間は、
ハッキリ言って、就職は厳しい。
「留学ニート」なんて言葉もあるらしい。
いくら景気が上向いてきて、2007年問題もあって、雇用が回復してるとはいえ、
日本の企業が欲しがるのは「新卒」。
第2新卒なんて言葉もあるけど、私は職歴がない。
わかってはいたけど・・・・・。
結構難しい。


それでも「自分がやってみたいこと」はハッキリしていたし、
曲がりなりにも、某東京六大学卒の学歴があったし、
語学力と行動力をウリにして、
就活を始めた。



1社目の某企業。
職種は自分がやってみたかったことにピタリとはまり、
また、語学を生かせる環境もあった。
ちょくちょく海外出張に出られるだろうことが予想できた。

幸いにも、筆記試験のデキも、面接のウケも良く、
トントン拍子に話が進み、内定を頂いた。


もう、めちゃくちゃ嬉しかった。
ほんとーーーーに嬉しかった。
周りも喜んでくれ、本当に良かったなぁーと思った。
会社の人もいい人達みたいで、幸せだった。

何より、やりたかった仕事ができるということが、
最高に嬉しかった。



あとから聞いた話だけど、
私の筆記試験の結果はなかなかのもので、
加えて面接での評価も良く、
「デキのいい奴だ」
「どうしてもあの子が欲しい」
とかなりの高評価だったそうだ。

あぁ・・・・
私って、外ヅラいいんだな、って。笑



そして、その会社に入社することに決めた。
その頃には、体調不良もなく、
輝かしい(?)未来にワクワク・ドキドキする自分がいた。

(後編へ)

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【2007/08/03 00:15】 | ウツ発症~退職までの話 | トラックバック(0) | コメント(0)
うつ日和。


「うつ病、パニック発作」から脱却。日々のことや旅のことなど徒然に・・・

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ico

Author: ico
age:33
大学時代はバックパッカー。卒業後海外留学。
日本へ帰国後、半年程の"留学ニート"を経て就職。
ところが働き始めて2ヶ月が経った頃、鬱病と診断されました・・・
パニック発作も起こしつつ、なんとか2ヶ月耐えて働くも、ついに休職。
そして追い出され退職。
周囲の協力の下、なんとか這い上がったはずなのに、気付けばオーバー30、フリーター。
歳は崖っぷち、人生は壁だらけの四面楚歌・・・
でもね、悲観はしてない。
没关系,慢慢儿走!


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