「さんねんねたろう」
金曜の午後に実家に帰り、また今日の夜、東京に戻ってきた。

たった2泊3日だけど、やっぱりホッとした。
大好きな両親が歓迎してくれて、
猫たちと遊んで、寝心地の良いベッドで寝て。
なんだろ。
特別何もなく、することもないのだけれど、
そこには「安心感」があるのだと思う。


いつも実家に帰ると、結局寝て過ごしてしまう。
それから、無駄に食べる・・・・。
普段ちゃんとご飯食べてないから、
「あぁーーーご飯っておいしいなぁ」ってしみじみ思ったり。
毎回牛になる。

起きて、食べて、寝て、食べて、寝て、お風呂入って、寝る

の繰り返し。笑
私自身も、そして両親も、
今のところはそれでいいと思ってるから構わないのだけれど・・・。



でも、今でこそ「それでいい」と思ってるけれど、
当然ながら気に病んでいた時期もあった。

なんで毎日毎日こんなに眠いのだろう。
なんで寝てばっかりなのだろう。
今日が何月何日何曜日なのかもわからなくなっちゃって、
私は頭がおかしくなってしまったみたいだ。
一体いつまでこんなことしてるのだろう。
どれだけ時間を無駄にすれば気が済むのだろう。
普通は働いてるのに、何で私は寝ているのだろう。
世間様に申し訳が立たない。

なんてね。


ある時、泣きながら母にそんな話をしたら、

 「いいじゃない。眠いんだから寝てれば。
  病気だから休んでるんでしょうが。
  病気だから、薬飲んでるから、眠くなるんでしょ。

  それにやらなきゃならないことがあるわけでもなく、
  お父さんもお母さんも、気にしてないんだからいいじゃない。
  好きなだけ寝てればいい。
  夜寝られなくたって、昼間寝てればいい。

  それだって、別に困らないでしょ?」

と、また納得させられた上に、次のような話をされた。

 「日本の童話に「さんねんねたろう」(三年寝太郎)っていうのがあるよね。
  お母さん、寝太郎もウツだったんじゃないかと思うんだよ。
  だって3年間も何もしないで食っちゃ寝してさ。
  しかもお爺さんとお婆さんが働いて、寝太郎はただ寝てただ食って。
  でもある日、『よっこいしょ』って起きあがって、
  田んぼに水を引いたんだっけ?
  とにかく偉業を成し遂げちゃったわけだよね。

  お母さんは、icoがずーーっとこのままだとは思ってない。
  半年や1年、食っちゃ寝してたっていいじゃない。
  さんねんねたろうみたいに、いつかちゃんと起きあがれるよ。
  そういう意味では、お母さん、icoに期待してるからね☆」


寝太郎がウツだったかどうかは、定かではないけど。笑
でもそんな昔話があることは確かなわけで。

他の誰でもなく、私の親がそう言ってくれて、
寝て過ごしていることを咎めないでくれて、
私はとてもありがたかった。嬉しかった。


周りから見たら、甘えてるって言われてもしょうがない。
いい年して、なにやってんのって思われたってしょうがない。

でも、1年や2年ここで足踏みしてたって、
その先のことなんて誰にも分からない。
未来なんて、誰にも見えない。
予測も付かない。

だから、いいじゃない。

今は、ちゃんと休むとき。
ちゃんと休んで、私も『よっこいしょ』って起きあがって、
また歩き出せばいいだけなんだ。
スポンサーサイト

テーマ:うつ病(鬱病)、メンタルヘルス - ジャンル:心と身体

【2007/10/29 01:48】 | 備忘録 | トラックバック(0) | コメント(16)
溢れたコップ  24
今日は無事に新宿まで行って参りました。(勿論デパス飲んでから。苦笑)
やっぱり帰ってきてからグッタリしてしましたが、
暖かい湯豆腐食べて、泡風呂に入って、ゆっくりしたら、
大分落ち着いたようで・・・

今は明日、プチ波が来ないことを祈るばかりです。

     新宿駅
                  新宿駅構内にて。


さて、忘れられそうなので、久々に連載を。
(これまでの話は、カテゴリー「うつ発症から退職までのハナシ」をお読み下さい)




退職日の一日前。

お昼前に起きたものの、
ソワソワして落ち着かなくて、何も手に付かなかった。


それでも総務のTさんと約束してしまったため、会社に行かなければならない。
なんとか、亀の様にノロノロとシャワーを浴びて、
歯を磨いて、メイクをして、スーツを着た。

次にスーツを着るのはいつだろう・・・・

漠然としたそんな不安感に襲われた。
気を緩めると涙が零れてしまう、そんな状態。


とりあえず、会社に行く前に病院へ行くことにした。
タクってとりあえず銀行、そして病院。

保険証が変わってしまうため、手続きも必要だし、
薬を切らせるわけにはいかないから。
理由を話すと、1ヶ月分処方してくれた。


そして、手ぶらで行くのもどうかと思い、デパ地下で手土産を購入。
病院が混んでいたせいもあって、もう時間は夕方に近くなっていた。

それでもまだ退社時間にはなっていない。
時間は間に合う。



地下鉄に乗るも、一駅一駅過ぎていくのが怖かった。
会社に近づくのが怖かった。
みんながどんな反応をするのか、
どんな目で私を見るのか、
考えただけで「恐怖」としか言いようのない感情の渦に巻き込まれた。
緊張で汗が出てきて、吐き気がして。


また一方で、私は「退職」から逃げ出したかった。
だって、私は仕事がしたかったから。
休んでいる間も、悔しくて悔しくてたまらなかったから。
こんなに早く会社を辞めるつもりで入社したわけじゃない。
それこそ「働きマン」になるつもだったんだ。


・・・・・・。

何かがおかしいと、ハッと気がついた。

逆方向の電車に乗ってる・・・・orz


慌てて本来向かうべく方向の電車に乗り換えて、
「落ち着け、落ち着け」と自分に言い聞かせて、シートに座った。


2駅乗ったところで、携帯が鳴った。
見ると、Tさんから。
降りようとするも間に合わず、次の駅でとりあえず降りて、
携帯の着歴を確認すると、何度か電話があったようだった。
申し訳なく思いながら、Tさんに電話を掛け直した。

 「ico君?今日来るのかと思ってたから・・・
  心配して電話掛けたんだけど。
  繋がらないからご実家の方に電話掛けちゃったよ。
  申し訳ない。」

 「いえ、こちらこそ電話に出られずすみませんでした。
  先にお電話すれば良かったですね。
  今病院が終わって、向かってる途中なんですけど・・・」

 「今から・・・えーと、今どこ?
  あ、ちょっと待ってね。」


そう。私は忘れていた。
私が働いていた部署と、総務部は出勤・退勤時間が違うのだ。
総務の方が30分早いのだ。


 「ごめんねーN君(総務の女性)がもう帰っちゃったみたいで・・・」

 「すみません。私が遅くなっちゃったから。
  明日、お伺いします。」

 「うん。また明日ということで。
  そうだなーー○時頃でどうかな?」

 「わかりました。よろしくお願いします。」



なんだか一気に脱力感。
電車を降りて、バスで家に帰って、慌てて実家に電話を掛けた。
電話に出たのは父。

 「おぉ、icoかー。
  会社から電話あったぞー。」

 「うん。お母さんに替わって。」


我が家では、基本的に、こういうこと全ては母が処理する。
(処理という言い方はおかしいが)

 「お母さん?会社から電話あったでしょ?」

 「うん。名前忘れちゃったけど、すごく感じのいい人だったよ。」

 「すごくいい人。Tさんっていうんだけど。」

 「携帯に掛けたけど繋がらないからって。
  だから、『病院に行ってから会社に行くと言ってました』って言ったんだけど。」

 「うん。携帯に電話かかってきて、話して、
  明日改めて行くことになったから。」

 「そっか。わかった。」

 「何か言ってた?」

 「うん。少し話したんだけどね。

  『こういう言い方は失礼かもしれませんが、
   お世辞でもなく、社交辞令でもなく、icoさんを買っていました。
   面接の時から見てきましたが、
   受け答えも、全てとてもしっかりしていて。
   是非にと入社して貰ったので、
   こんな形になってしまってとても残念に思ってます。
   仕事もゼロから頑張ってましたし、みんな期待していました。
   でもicoさんのその真面目さが病気の一因になってしまったのでしょう。
   自分なりに手を抜く、気を抜くことができれば良かったのでしょうね。
   とても残念です。』

  そう言ってたよ。だからね、
  
  『私はicoの親ですから、そう言って頂けてとても嬉しく思います。
   ありがとうございます。』
  
  って言っておいた。
  だから大丈夫だよ。
  あんまり心配しないで、明日、会社行っておいで。



電話を切って、また泣いた。
こんなに迷惑を掛けたのに、そう言ってくれたTさんの優しさに対して。
自分の不甲斐なさに対して。
あまりに自分が情けなくて。


そして、社交辞令でも、お世辞でも、美辞麗句でも、嬉しかった。
会社に行くことはもの凄く気が重かったけど、
母からその話を聞いて、少しだけ気持ちがラクになった。
私は恵まれてると、つくづく思った。



病院も行った。
手土産も買った。
あとは、明日、最後の最後。会社に行くだけ。
印鑑と、社員証と、保険証と、クレジットカードと、名詞を持って、会社に行くだけ・・・


(続く)

テーマ:うつ病(鬱病)、メンタルヘルス - ジャンル:心と身体

【2007/10/18 04:08】 | ウツ発症~退職までの話 | トラックバック(0) | コメント(6)
溢れたコップ  23
(これまでの話は、カテゴリー「うつ発症から退職までのハナシ」をお読み下さい)




私は決戦に大敗した。完敗だった。


コレカラ、私ハ、ドウシタライイノダロウ。

そんな思いがぐるぐると頭を回った。

後悔先に立たずと言うけれど、まさにその通りで、
この1ヶ月会社に行かなかったけど、無理すれば行けたんじゃないかとか、
なんとか行けば良かったとか、
ただ甘えてただけなんじゃないかとか・・・・
そんなくだらないことばかり考えて、涙が止まらなかった。

もう、とっくに私の涙は枯れてしまったと思っていたけど、
次々と無意識に涙が出てくるから不思議なものだ。


結局その晩は寝られず、
翌朝早く、兄の元へ行った。
お茶を一杯だけ飲んで、兄の顔を見たら少しだけ落ち着いて、
家に帰って薬で少しだけ寝た。

そして、自らにムチ打って実家へと帰った。



数日間、身体が壊れてしまったのではないかというほど眠った。
夜は薬で寝て、昼間は薬無しで昼寝して、の繰り返し。
そして毎晩母と話しては泣いていた。

母はただ話を聞いてくれて、そしてアドバイスをくれて。
私にとって母の存在はとても重要で、
母がいなかったら、もっとぶっ壊れていただろう。
いや、今ここに私はいないだろう。



火曜日の夕方、会社の総務部長、Tさんから携帯に電話がかかってきた。
 
 「今は、ご実家?」

 「はい・・・」 

 「Oさんから話は聞いたけど、ico君は納得してるんだよね?」

私は、迷った。
だって、会社、辞めたくない。
仕事はしたい。
勢いで「明日からは行きますから」と言ってしまいそうで。

それでも

 「はい。」

と答えてる私がいた。

だって、これ以上会社に迷惑掛けられない。
私は、働いていない1ヶ月、お給料を貰った。
ボーナスも貰った。

使えない社員に給料払うなんて、会社としては損失だ。
ただひたすら申し訳なく、どうしようもなくて。

Tさんはとてもいい人。個人的に大好き。
 
 「とても残念だけど・・・。
  縁あって、是非にと会社に入って貰ったのに・・・。

  事務的な話をすると、○日付けで、依願退職という形にしたい。
  出来るだけ早く、退職願を書いて、送ってくれるかな。」

と言われた。

私には、もう、どうしようもない。
ただ

 「わかりました。
  ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。」

と言うしかなかった。



そして、私は退職願を書いた。


何枚も失敗した。
手が震えて、なかなか思うように書けなかった。


書いたものの、今度はなかなか出せなかった。

 出したら終わり

そんな気持ちがあまりに大きくて、郵便局に行けなかった。



会社の一年先輩、Kちゃんに、

 「もう聞いてるかもしれないけれど・・・」

と退職することになったメールをすると、
Kちゃんは全く聞いてなかったらしく、すぐに返事が来た。
ごめんね、Kちゃん。

私は、会社で、いつも「Kちゃんが辞めちゃったらどうしよう」って思ってたから。
だから逆に、私が辞めたら、Kちゃんは愚痴こぼす相手がいなくなっちゃうよね。
そう思うと申し訳なかった。



木曜日になって、やっと宅急便で退職願を送った。
その前に、やっとの事で父に退職することを話した。
「まぁしょうがねーだろうな」の一言で終わった。
(父に話した話はコチラ。)


退職の日付まで、残りあと2日になった日、
私はまた、東京に戻った。

会社に、最後の手続きに行かなければならなかったから。
恐らく、無理を言えば直接行かなくても済んだだろう。
でも、私としては、自分で自ら行くことが、
せめてもの償いだと思ったから。
「行くのが辛い」のは確かで、どうしようもなかったけど、
せめて顔を見せて一言、お詫びをしなければと思ったから。


東京に戻ると言う私に対して、父は
 
 「帰るの?なんで?」

と呑気に聞いた。

おとーーん・・・・
私は時々アナタがよくわかりません・・・


いつも母が駅まで車で送ってくれるのだが、
そこで父の話になった。

 「お父さんはね、あれでも、icoの話になると嬉しそうだったんだよ。
  誰かに『娘さんは?』と聞かれると、
  『ここで働いてるんだ』って見せびらかせてた。
  自慢の娘だったみたい。」

母がそう言っていた。



電車の中で、また涙が零れた。


お父さん、ごめんね。
自慢の娘は、自慢の娘じゃなくなってしまった。
無職の、恥ずかしい娘になってしまった。

お母さん、ごめんね。
産まれたときから一生懸命育ててくれ、必至に守ってくれたのに。
こんなに情けない娘でごめんね。


なんで私はこうなっちゃったんだろうね。
私、何が悪かったのかな。
どこで失敗したのかな。
私はおかしいのかな。
甘えてるだけなのかな。
「すぐに会社を辞める今ドキの若者」なのかな。
なんで・・・・
なんで・・・・
どうしたらよかった????


涙は次々と溢れ、電車が空いていて良かったとつくづく思った。


(続く)

続きが気になる方は、ポチっとお願いいたします☆

     ↓          ↓          ↓

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ FC2ブログランキングrankingバナー

テーマ:うつ病(鬱病)、メンタルヘルス - ジャンル:心と身体

【2007/10/13 02:05】 | ウツ発症~退職までの話 | トラックバック(0) | コメント(4)
溢れたコップ  22
(これまでの話は、カテゴリー「うつ発症から退職までのハナシ」をお読み下さい)




決戦の金曜日。


寝られなくて、どうしても寝られなくて、
朝方少しだけウトウトした程度で、
お昼に行動を開始した。

シャワーを浴びて、メイクをして、着替えて。

何を着ていくのかなんて、もう考えるのも辞めた。
ジーンズにパンプスに、カットソーという、
キレイめな、でもジーンズ・・・・といういつもの格好。

落ち付かなさが半端じゃなくて、
家の中をうろうろしていた。



約束は、某駅の改札に16時。
安定剤を飲んで、
間に合うように出かけるも、Oサマは既に来ていた。

 「お待たせして申し訳ありません」
 
 「おぉ。大丈夫かー?顔色悪いぞ」


そして二人で喫茶店に入った。
もちろん、喫煙席。
Oサマがコーヒーを頼み、
私は胃が荒れるからしばらくコーヒーは敬遠してたのだけど、
面倒だったから同じくコーヒーを頼んだ。

お互いコーヒーを飲みながら、タバコを吸いながら、話が始まった。

余談だが、うちの会社の人たちは、タバコとお酒とコーヒーを愛する方々が多く、
同じくそれらを愛する私としては
その辺はとてもラクだった。


口火を切ったのはOサマ。
 
 「調子はどうだ?
  いやー、メール読んでびっくりしたよ。
  そんなに悪い状態だとは思ってもいなかった。」

 「はぃ・・お陰様で前よりはよくなりました」 (嘘だ。良くなんてなってない。)

 「今は大丈夫なのか?」

 「多少緊張していると、その時はなんとか大丈夫です。
  (その分、後で反動が出たりもしますが・・・)」


先に白状してしまうが、
この日の会話は、私の頭の中からスッカリ抜け落ちている。


私は、ただ、「はい」と作り笑顔で話を聞いていただけだ。

Oサマが何を仰っていたのか、ハッキリ覚えていない。
ICレコーダーを忍ばせて、録音しておけば良かったと後悔してるくらいだ。

だから、多分こんな話だったという程度でしか書けない。
その辺はお許し願いたい。


 「ico君が仕事をしたいという気持ちは十分わかってる。
  ただ、会社は組織だから。
  このまま、というわけにはいかない。」

 「はい。」 (それは尤もだ) 

 「だからまずは病気をちゃんと治せ。
  そして治ったらまた私に連絡をくれれば、会社に戻って来られるようにする。」


・・・・・・・イミガ、ワカラナイ。



 「例えば、来週になって、会社に行けそうだったら行っていいということですか?」

 「いや・・・・それだと現場が混乱するから・・・」



・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
ソレハ、ツマリ、”クビ”ッテコトデスカ?


 「はい。わかりました。」

そう返事をしたものの、もの凄い孤独感に襲われた。

ごめんなさい。
「明日から無理してでも会社行きますから!!!!」
そう言いそうになった。

働き始めてから、その日に至るまでのコトが、
走馬燈の様に、頭の中を一気に駆けめぐった。

ワタシハ、ナニヲ、シタノダロウ。
ワタシハ、ナニヲ、シテイタノダロウ・・・・


 「今の状態で、他の会社で働けるわけじゃないだろ?」

 「はい。」

 「だったら、治して、うちに戻ってくればいい。
  うちの会社も、○○部だって××部だってある。
  色んな部署があって、色んな仕事がある。
  そっちをやったっていいじゃないか。
  それにうちは若い人材がいないから、いつでも受け入れる。
  みんな、君の実力は勝ってるんだ。」

 「ありがとうございます。」

 「来週は、○○に出張に行くんだよ。
  そこでプロジェクトを発足させることになってて。
  そういうところで、ico君の経験を活かせるだろ?
  君のやる仕事はまだまだいっぱいあるんだから。」

 「はい。」


その後は少し世間話をして。

 「彼氏はいないのか?」

 「いやーーーいないんですよー」

 「それがいけないんじゃないのか?彼氏作れ!」

 「そうですかねぇ・・・笑」

 「そうだそうだ。笑
  十分カワイイじゃないか。そうやって笑ってればすぐにできる!」

なんていう話や、Oサマが行かれる海外出張の話などなど。


最後に、

 「来週あたり、総務のT君から連絡が行くと思うから。」

そう言われて、喫茶店を出た。


なんだか足下がフラフラした。
頭なんか、全然回ってなかった。

私ハ、コレカラ、ドウシタライイノダロウ・・・・・
社会カラ、隔絶サレテシマッタ・・・・
ドウシヨウ。
怖イ・・・怖イヨ・・・。


そんなことが頭の中をグルグル駆けめぐっていた。
それでもとにかく、
平静を、普通を装っていた。


Oサマとは同じ路線の反対方向の電車に乗るため、
話をしながらホームに行った。


私が乗る方向の電車が先に来て、

 「がんばれよ。待ってるからな。」

そう言われて握手して、

 「どうもありがとうございました。
  ご迷惑おかけして本当に申し訳ありません。」

と頭を下げて、地下鉄に飛び乗った。


そして、地下鉄の中で、涙が溢れた。
他の人に見られないように、ドア際に立って、必至に隠した。


家に帰ってから、母に電話し、

 「お母さん、会社、クビになっちゃったよ」

泣かずに、そう言った。

 「そっかぁーーー・・・しょうがないね。」

 「うん。
  でも、私も会社に行かなきゃって思い続けるのは負担だし、
  会社にとって働けない人間を置いておくのも負担だし、
  お互いの為にこれがベストなんだと思う。
  治ったら、連絡すればまた雇ってくれるって。」

 「そっか。そう言って貰えてよかったね。」


電話を切って、私は家で、ただ何もせず、
ひたすら涙だけを流した。
泣こうと思ってもいないのに、無意識に次々と涙が溢れた。


決戦は、完敗だった・・・・


(続く)

続きが気になる方は、ポチっとお願いいたします☆

     ↓          ↓          ↓

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ FC2ブログランキングrankingバナー

テーマ:うつ病(鬱病)、メンタルヘルス - ジャンル:心と身体

【2007/10/09 03:24】 | ウツ発症~退職までの話 | トラックバック(0) | コメント(6)
溢れたコップ  21
昨晩は、ハルシオンとアモバンを飲んだのに
まーーーったく眠気がやって来なくて、仕方なく再度PCを起動。
(薬を無駄にしてしまったーーーー悔しいー!)

すると、とある人とメッセをすることになり、
楽しみながら話してると、
そのまま出かけるのに丁度いい時間になりまして。
今日は寝ずに猫の病院に行って来ました。
なんとなく気分が軽くて、でも怠くて変な感じだったけど。


帰りは、たまたまバスが来そうだったので、待ってると(いつもはタクシー)
おばちゃんたちが集まってきて、囲まれました。笑

そこの病院?
うちの猫もねー具合悪くてー
この子、どこが悪いの?
かわいそうに。

バスが来ると、猫を連れてる私を気遣って、先に乗りなさいって言ってくれ、
バスの中でも大丈夫?って心配してくれて。

バスはちょっと混んでて、私にとっても苦痛だったけど、
なんだか嬉しくなっちゃいました。


停留所で降りて、
空を見上げると、久々の晴天、そして青空。

 「なんか気分いいなーーーホワホワするぅ」

とか思いつつ帰宅し、洗濯して、掃除して、ゴミまとめて・・・・

どこか行こうかな、でも特に思いつかないし。
今日は兄はいないし。

ということで昨日テレビ放映してたのを録画した
ブロークバックマウンテン?を見ることに。


いや・・・なんか、あの・・・・
こういう精神状態の時は、
ハッピーエンドの映画を見なければいけませんね。苦笑


そしてやっぱり夕寝。
気分も急降下。

起きたら伯母が帰ってきてて、一息つけたけど、
なぜか気持ち悪くて、吐きそうで。

考えてみたら、窓を開けっ放しのまま
Tシャツにユニクロのショートパンツという格好でゴロ寝したため
冷えたらしく、微熱が・・・・

お風呂入ってちゃんと暖まったら良くなってきたけど、念のため風邪薬。

「私、身体は丈夫だったハズなんだけどなぁ。
 毎日毎日、なんでこんなに大量の薬飲んでるんだろう。」

ふとそう思ってしまいました。


さて、本題。

(これまでの話は、カテゴリー「うつ発症から退職までのハナシ」をお読み下さい)




腹はくくった。

そのはずなのに、どんな返信が来るのか、
この先にどんな結果が待ち受けているのか、不安で不安でたまらなかった。


私はどうなるの???
また診断書提出して休職を延長???
今月、お給料入ってたから・・・給与無しで休職?
それとも。クビ?
私はこの先どうなってしまうのだろう。

不安で、怖くて、寝られなくて。
ベッドで目を瞑っても、クルクル回っているような感じがして。
耳鳴りも治まらないし。

ただひたすら怯えている自分がいた。
これは、自分自身が招いた結果なのに・・・・。



翌日、メールチェックしてOサマの名前を見つけると、ドキっとした。
開けるのが怖かった。
でも、逃げ出すわけにはいかない。

 「メールありがとう。
  様子が良く分かりました。
  金曜日、16:00でいいですか?
  場所は前回と同じ○○駅の改札でいいですか?」


たった4行。
その4行が、さらに私を不安にさせた。


そしてすぐ、了解した旨をメールした。
(ちなみにこの日は水曜日)


その晩、私は東京に戻った。
いると思った兄は既にいなくて、なんだか淋しくて。
諦めて家に帰ると、いつもの如く、汚くて。

気持ちは落ちまくり。
何もしなくても、涙がポロポロ溢れてきた。



翌日は、夕方、なんとか病院へ行った。
このときから、病院に行く際はメモを書くことにした。

マイスリーがハルシオンに変わり、
パキシルは30㎎に増量、
そしてデパスも追加された。


気分を上げようと、デパートに入っても面白くもない。
それでも「靴を買わなきゃ」と思ってたので
気に入ったのを1足。
そして洋服も。
洋服は、「会社でも使える服」を無意識のうちに選んでた。


タクシーで家に帰っても落ち着かない。
どうしていいかわからない。

「明日、Oサマに会う」
そう思っただけで胃が縮こまって吐き気がした。



ドリカムの歌、「決戦は金曜日」。


まさに、私にとっても翌日の金曜日は決戦。
でも私にとっては、「勝つ」ことのない決戦。


決戦前夜は、ただひたすらの不安と恐怖。
極度の緊張。
寝られるはずなんてない。

考え事だってできない。
頭が働かない。
どうにもならない。
ただベッドで眠れずにじっとしているだけ。

決戦は、金曜日・・・・


(続く)

テーマ:うつ病(鬱病)、メンタルヘルス - ジャンル:心と身体

【2007/10/06 03:52】 | ウツ発症~退職までの話 | トラックバック(0) | コメント(10)
溢れたコップ  20
女の子の日が来て、お腹痛いです。
またもロキソニン様のお世話になってます・・・・
あぁ・・・私はロキソニンが無かったら生きていけないかも。笑

おまけに女の子の日のお陰で、気持ちも微妙に降下中。
東京の家に帰ってきて、
またもいつもの散らかりっぷりにうんざり。
明日からまたも「片付狂」になることが確実です・・・。


さて、この「溢れたコップ」ももう終盤に近づいてきました。
コレが書き終わっちゃったら
ネタに困るなーなんて思ってる今日この頃です。笑

(これまでの話は、カテゴリー「うつ発症から退職までのハナシ」をお読み下さい)




「週明けのメール」
自ら課した、自ら自分を追い込んだ課題。

「あと1日で夏休みが終わっちゃうーー
 でもまだ宿題終わってないよーー!!!」
なんていう生ぬるい状況を遙かに超えた、追い込まれた状況。


どうしよう。
なんてメールしたらいいんだろう。
どうしよう。
如何に仕事が好きか、やりたいか、そう言えばいいのか。
いや、違う。
どうしよう。
現状の様子って言ってたんだから、
どう具合が悪いのか言えばいいのか。
でもウツなんて、どういう病気か調べりゃわかる話だし。
どうしよう。
どうしよう、どうしよう。


頭の中は「どうしよう」だけ。



それでもどうにも出来なくて、
終いには持病の偏頭痛・・・・

ロキソニン様のお世話になって布団にくるまってみたり。

翌日はDSのスーパーマリオに必死になってみたり。

ゴロゴロと横になって、猫と昼寝してみたり。

漫画読んでみたり。


敢えて、問題に触れないようにして週末が終わった。
そうするしかできなかった。
他に、何も出来なかった。

でも端から見たら怠けているように見えるのだろうけど、
昼寝したらしたで悪夢にうなされ、
漫画読んでるはずなのに、気づいたらページが止まっていて、
何とも言えない虚無感が漂っていたり。

決してラクではない週末だった。



月曜になってもパソコンを起動するも、
メールソフトだけは開けなかった。
ソリティアとネットだけしかできなかった。


火曜になって、タバコを買いに久しぶりに車で一人で外に出た。
考えたら財布に数千円しか入ってなかったことを思い出し、
まず銀行へ行くことにした。


通帳を記帳すると、給与が入っていた。


なんで?
私、働いてないんだよ?
給与っていうのは、自分がした労働に与えられる対価だよ?
なんで働かずに家でグータラしてる人間に給料くれるわけ?
世の中のサラリーマンは、毎日会社に行って、
それで毎月お給料もらうんだよ?
私は毎日会社に行かないで、でも給料が入ってる・・・


ただ、驚いた。

何かの間違いだと思った。
もらってはいけないお金をもらった気分だった。
そのお金には、当分手を付けないと勝手に決めた。
なんだか使ってはいけない気がしたから。

腑に落ちない気分のまま、コンビニでタバコを買って帰った。



肺をキャスターの煙で満たして、自分を落ち着かせて。
そしてPCに向かった。
Becky!(メールソフト)を立ち上げて、メールを書き始めた。

余計なことは考えないで、
素直な自分でいよう、正直に話そうと。




 「週明けにメールします、と言いながら遅くなりまして申し訳ありません。

  今まで病状に関して詳しくお話させて頂いたことがなかったと思います。
  正直なところ、あまり周囲に知られらたくないという気持ちがありました。
  最初、病院で「鬱病とパニック発作」と言われた際は
  会社には隠して仕事を続けるつもりでいました。
  ですがこうしてお休みを頂いている今、
  きちんと説明するのが一つの責任だと思います。
  少々長くなってしまうかもしれませんが、
  お時間がある時にでも読んで頂ければと思います。


  まず、「パニック発作」ですが、
  休み始める以前から数回、電車の中で軽い発作を起こすことがありました。
  一番ひどかったのが、駅で休ませてもらった日です。
  症状は一般的に言われるように、
  冷や汗、動悸、めまい、吐き気、息苦しさがあり、
  不安感、焦燥感などのうまく説明できない気持ちになりました。
  もっとひどくなると、過呼吸を起こし、失神することもあるそうです。
  乗車時間とは関係ないようで、
  私の場合も、電車に乗って1駅で具合が悪くなりました。
  現在は薬を服用していることや、あまり電車に乗らないこともあり、
  発作は起こしていません。
  ただ「予期不安」という症状にはなります。
  「また発作が起こったらどうしよう」という不安に襲われ、
  実際電車やバスに乗ると、動悸がし、手に汗を握るような状態になります。
  自分で何度か色々と試してみたのですが、
  新幹線などの指定席がある電車などは、圧迫感がなく、
  またトイレも付いていることから問題なく乗れるようです。
  通常の電車やバスは、上記の通りですが、
  人が少ない時間で、時間に余裕があればあまり気になりません。


  次に「うつ病」ですが、
  身体症状はいわゆる「自律神経失調症」と同じ様な症状です。
  めまい、吐き気、皮膚描画症、耳鳴り、微熱、胃酸過多、
  頭痛、肩こり、身体のだるさ、不眠、などです。
  さらに「うつ」はセロトニンの伝達が上手くいかない病気とのことで、
  判断力・集中力が低下したり、意欲が減少したり、
  感情のコントロールが上手く出来なくなったりするなど、
  アタマと心が色々な面でマイナスへ向かいます。
  集中力が低下しているせいで、
  色々なことに時間がかかってしまいます。
  何も無いのにただ涙が止まらなくなります。
  自分を責め、気持ちが重くなります。
  今のこと、少し先の将来、遠い将来のことにとても不安になります。
  会社に行けないだけでなく、
  楽しいこと・好きなことに対しても億劫になり、
  例えば友達に誘われてもなかなか出かけられません。
  家族は別ですが、人と会うのが大変なこともあります。
  他人の目が気になることもあります。

  これら全ての症状が毎日あるわけではなく、
  良い日もあれば、悪い日もある、といった感じです。
  また、一日の中でも変動があり、
  朝が一番辛く、午後~夕方にかけて良くなり始め、夜が一番調子が良いです。


  会社を休む直前、休み始めた頃が一番症状がひどかったですが、
  一進一退を繰り返しながら、少しずつ良くなっています。
  ただ、1ヶ月も休んだ今でも
  「本当にうつなのだろうか。
   ただ私の我慢が足らないだけなのでは?
   甘えてるだけ、我が儘なだけで、病気ではないのでは?」
  と思い続けています。
  (お医者さん曰く、こう考えるのも症状の一つだそうです。)
  血液検査などで数値としてはっきり解れば気持ちが楽なのに、と思います。
  
  そして、
  「会社に行かなきゃ。
   会社の皆様にご迷惑をお掛けして申し訳ない」
  と思い続けています。

  前にもお話しした様に、
  「仕事をしたい」という気持ちはありますが、
  今現在は電車に乗って、取引先に行って、お話をして・・・
  という一連の仕事ができるのか自信がありません。
  私が休んでいることで、皆様にご心配をお掛けし、
  そして多大なご迷惑おかけしていることが大変心苦しいです。
  例えば私が会社を辞めれば、会社の負担も減るのだろうし、
  その方がいいのかな、と思います。


  今週は、通院のため東京に行きます。
  Oサマの都合を仰って頂ければ時間を合わせますので、
  お会いして、お話しさせて頂ければと思います。
  ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。」



もう、腹はくくった。
あとは、会社の判断を仰ぐだけ。



もちろん不安が無いと言ったら嘘だ。
不安だらけだ。
自分がこの先どうなってしまうのか、怖くて胸が張り裂けそうだった。


でも、このままの状態でいるよりは、
長い目で見たらマシなのではないかと思った。

「週に1回のメール」も「行けるときに行く」
という約束も、
「みんなに迷惑を掛けて申し訳ない」
という自責感も、
とにかく全てが自分にとって負担だったから。
いつも自分のココロに陰を落としていたから・・・。


(続く)

続きが気になる方は、ポチっとお願いいたします☆

     ↓          ↓          ↓

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ FC2ブログランキングrankingバナー

テーマ:うつ病(鬱病)、メンタルヘルス - ジャンル:心と身体

【2007/10/04 04:30】 | ウツ発症~退職までの話 | トラックバック(0) | コメント(8)
親孝行 -今私にできること-
明日、また東京に戻る。

病院の為ではなく、伯母が出張にいくから。
伯母の家の猫は、前にも書いたように病気で、
だから伯母がいないときは誰かが病院に連れてって、
そして朝晩と薬を飲ませなければならないのだ。
(また散らかってる家に帰るのかと思うと憂鬱なんだけど。笑)


実家にいて、毎日何をするわけでもなく、
ただ昼寝したり、ダラダラしたり無為に過ごしているのだけれど。
それでも
夕方、母が夕食の支度をしてる音が聞こえると、
なんだかとてもホッとしたり、
両親とくだらない話をして笑ったり。
やっぱり実家はサンクチュアリ。


ちょっと落ち込んだときに母と話をすると、
なんだか気分も上がって、
「あぁ、私は大丈夫」って思えたり。



つい先日、昔の話をしていて、母が言った。

 「お母さん、子供が欲しくて欲しくてね。
  毎月生理が来るとガッカリして、
  子供出来たってわかった時は本当に嬉しかった。
  だからicoは本当に望まれて産まれてきた子なんだよ。

  ●●(弟)は、ちょっと早まったかなー
  失敗したかなーって思ったんだけど。笑」


その後、私は隠れて泣いた。
心の中には嬉しさと少しの申し訳なさがあった。

多分、母がいなかったら、私はもうこの世にはいないと思う。
今までも、そしてウツになってからも何度も母に助けられてきた。
母自身も、大変な思いをしながら生きてきたから、
だからこそ私にいつも的確なアドバイスを与えてくれ、
私を守ってくれるのだろう。



母は、私が幼い頃とても厳しかった。
でも、母はいつも自分のことより私と弟を優先してくれてた。
むかーし、我が家が貧しかった頃、
自分のモノは何一つ買わずに、いつも私たちにしてくれた。

私が幼稚園の時も、少しでも毎日が楽しいように、
持ち物一つ一つに気を遣い考え、
お弁当も工夫してくれて。

仕事が忙しくても、疲れていても、
いつも気に掛けてくれて、面倒見てくれて、

高校の頃は、毎日お弁当作ってくれて。


大学生になって、たまに実家に帰ると、
「交通費」と言って、お小遣いをくれた。

私が一人で海外に旅に出ると言っても、反対したことは一度も無かった。
 「みんなには内緒ね」
そういって餞別をくれた。

留学するときも、そう。
 「海外で、お金ないと余計に寂しいし辛いでしょ」
そういって、私にお小遣いをくれた。


今は、母だって体調が良くないのに、
それなのに私のことばかり心配してくれる。

だからこそ、今私がこうしていること申し訳なさがあって。

 「申し訳ないって思う必要なんてどこにもない」
と言ってくれるけど。
それでも、申し訳なく思ってしまう。



だから、親孝行しなきゃって。

「親孝行、したいときに親は無し」
なんて言うから、できる時にしなきゃって。

初めてお給料が出たとき、父と母にそれぞれお小遣いをあげた。
二人とも、とても喜んでた。

そういえばいつだったか、
母の誕生日に、弟と割り勘でCOACHの財布を買ってあげたことがあった。
母は泣いていた。


「親孝行をしようと思った時点で、もうすでに親孝行が始まっている」
昨日、そんなコメントを頂いたけど、
私の親孝行はまだまだ足りない。


一色まことさんの漫画「出直しといで!」の中で、

 「子供は3歳までに十分親孝行しちゃうんだ。」

って台詞があるんだけど(うる覚えですが)
私は、3歳までに親孝行したのかな。
でもその後の迷惑のが大きいよね。

だから、親孝行するから、元気で待っててね。

今は、

 「私が元気になること。
  どんな小さな楽しみでもいいから何か見つけて、
  楽しく生きていること」


それが最大の親孝行だと思う。

心配ばかりでごめんね。早く元気になるね。


     アンデスの母子
               ボリビアにて。砂漠で出会ったアンデスの母子。

テーマ:家族・身内 - ジャンル:心と身体

【2007/10/03 04:43】 | 家族 | トラックバック(0) | コメント(10)
溢れたコップ  19
ここ最近、睡眠障害がひどく、
寝る時間や起きる時間がめちゃくちゃ。
いくら昼寝しないで頑張っても、
薬飲んでも夜寝られないから、あら不思議・・・

母が
 「別に夜寝なくたっていいじゃない。
  しなきゃならないことだってないんだから。
  昼間寝てたっていいじゃない。
  身体にとって睡眠が足りてればそれでいい。

と言っていたので、

 「まぁそうだよな。」

と思って、もう諦めました。笑
昼寝や夕寝で調節しつつ、徐々に治していくつもりです。


さて。ついに連載は【19】まで来てしまいましたが、
まだまだ続きます。
(これまでの話は、カテゴリー「うつ発症から退職までのハナシ」をお読み下さい)




実家に帰ってから、新しく処方されたレスリンを飲み始めた。

私はいつも、新しい薬を飲み始める時は、
その後に予定がない時、極力休める時に飲むことにしている。
これは副作用が出た時のため。
最悪副作用が出ても、予定さえ入ってなければ寝てれば済む。
病院に駆け込むことだってできる。


残念ながらレスリンは私には合わなかったようで、
飲み始めた翌日から、顔は土気色になるわ、
フラフラして足下覚束無くなるわ、
気持ち悪いわ、頭痛いわで、
5日位?飲んで、勝手に飲むのをやめてしまった。
(レスリンの話はコチラにも書いてあります。
 話は脱線しますが・・・
 これって、ちょうどブログを書き始めた頃の話ですね。)


そんなこんなで毎日調子が良くなく、というかむしろ調子は絶不調。
ベッドで過ごす時間ばかりで、何かするどころではなかった。


が、そんなところに無慈悲にもOサマからメールが来てしまった。

 「体調はどうですか?とても心配してます。
  M君から聞きましたが、病院の診察はどうでしたか?
  仕事をする気力はまだありますか?
  休みはじめて1ヶ月が経ちましたが
  会社としても判断をしなければいけません。
  一度会社に来てくれませんか。
  どうしても来れないのであれば、どこかで会っても結構です。
  とりあえず、現状の様子をメールください。」



怖かった。
メールを読んで、ただ怖くて、不安で、涙が出た。
Mさんとの電話で、少しだけ前向きになっていただけに、
余計に落ち込み、不意打ちをくらった感じがした。


頭の中がパニックを起こし、
何度読み返しても文章がうまく理解できなかった。
本当に、脳みそが文章を読んでも理解してくれないのだ。


「会社としても判断をしなければいけません」

これってどういう意味?
また診断書を出せばいいの?
それとも会社辞めろってこと?


「現状の様子をメールください」

どういう風にメールすればいいわけ?
毎日グータラしてますってメールすればいいの?


もうワケがわからないよ!!!



返信しなきゃと思いながら、その日はどうにもならなかった。
翌日は、Oサマに電話しようかと思ったけど、できなかった。
一日中、どうしたらいいのか考えていた。
Oサマの意図を考えていた。

脳ミソは、パンク寸前。
なんとか、這ってでも会社に行く?
いや、無理だ。行けない。
じゃあ、会社辞める?
でも、仕事はしたい。
私は、根性が足らないだけなのか?
Oサマの意図は?真意は?

もう、エンドレスに疑問が浮かび、
働かない頭が悲鳴をあげて、ショートしそうだった。



Oサマからメールが来た翌々日、
悩みに悩んだ末、やっとの思いでメールを書いた。


 「心配して下さっているのに、返事が遅くなり申し訳ありません。

  Mさんにお話したように、先週木曜に病院に行きました。
  金曜は会社に顔を出すつもりでいました。
  朝から様子を見続けていたのですが、
  吐き気とじんましんの様な湿疹(皮膚描画症と言うそうです)が収まらず、
  結局行けませんでした。

  病院では先生と相談し、薬を1つ増やしたのですが、身体に合わないのか、
  はたまた副作用なのか、今週は調子が良くありません。
  自分で鏡を見ても、明らかに顔色が悪い程です。
  昨日から自己判断で飲むのを辞め、大分マトモになりました。
  また、パニック発作に関しては、
  駅で休ませて貰うほどの発作はこの1ヶ月一度も起こしていません。
  自分で様子を見ながら乗れば問題無いように思います。

  これほどまでにご迷惑をお掛けして申し訳ない限りですが、仕事はしたいです。
  毎日毎日「会社に行かなきゃ」と思い続けています。

  ご迷惑をお掛けして本当に申し訳ありません。
  もう少し頭を整理して、週明けにでもまたメールさせて頂きます。
  よろしくお願いいたします。」


その時、自分が書けた精一杯のメール。

仕事はしたい。でも会社にいけない。
会社に行かなきゃと思う。でも行けない。
そういう辛さは、恐らく、当事者になってみないとわからないのだと思う。


Oサマからは、その日のうちに返信があった。

 「あまり焦らないでください。
  来週のメール待ってます。
  わたしもやる気のあるico君の意思を大事にしたいと思っています。
  一度会いましょう。
  私なりに考えもありますので、体調の良い時に話をしましょう。 
  お大事に。」


Oサマのメールが頭に入らなかったコトは言うまでもなく、
私の頭の中は、「週明けのメール」のコトだけだった。

自ら言ってしまったのだから、
何が何でも絶対にメールしなければ。

追い込まれた。もう逃げられない。
というより自ら自分を追い込んだ。
追い込まなきゃ何もできないような気もしたから。
そもそも私は、追い込まれないと出来ないタイプの人間だし。



なんとしても、メールをしなければ。
ただそれだけだった。
そして、私は一体、どうなってしまうのだろうとひたすら不安で怖かった。


(続く)

テーマ:うつ病(鬱病)、メンタルヘルス - ジャンル:心と身体

【2007/10/02 03:16】 | ウツ発症~退職までの話 | トラックバック(0) | コメント(6)
うつ日和。


「うつ病、パニック発作」から脱却。日々のことや旅のことなど徒然に・・・

profile

ico

Author: ico
age:33
大学時代はバックパッカー。卒業後海外留学。
日本へ帰国後、半年程の"留学ニート"を経て就職。
ところが働き始めて2ヶ月が経った頃、鬱病と診断されました・・・
パニック発作も起こしつつ、なんとか2ヶ月耐えて働くも、ついに休職。
そして追い出され退職。
周囲の協力の下、なんとか這い上がったはずなのに、気付けばオーバー30、フリーター。
歳は崖っぷち、人生は壁だらけの四面楚歌・・・
でもね、悲観はしてない。
没关系,慢慢儿走!


*お願い*
管理人のココロの健康の為、誹謗・中傷等はご遠慮願います。また当ブログの記事・写真等の無断転載、転用を禁止します。リンクもご連絡頂いた上でお願い致します。


ご訪問どうもありがとうございます☆ お気軽にコメント&メールを頂けると嬉しいです。
さらに ↓ のブログランキングをクリックして頂けると、より一層管理人が喜びます。(笑)

blog ranking

ブログランキングに参加中!皆様のクリックが励みです。1日1クリックお願いします☆

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ
FC2ブログランキング
rankingバナー

ご協力ありがとうございます!

recent articles

recent comments

archive

category

with photographs

写真と共に載せた記事です。カテゴリー「写真」には入れていません。写真を見たい方は、こちらからもどうぞ。

・the taj mahal (India)
・麦わら帽子 (Guatemala)
・純真 (Honduras)
・ダージリンの夜明け (India)
・秋葉原の夜 (Tokyo)
・歓喜 (India)
・Marlboro man (Honduras)
・お昼寝 (Mexico)
・標識 (Canada)
・チチカカ湖 (Peru)
・アンデスの母子 (Bolivia)
・菜の花畑 (China)
・夕暮れのグアナファト (Mexico)
・姉弟 (Peru)
・車窓から (Chile)
・Budda (Nepal)
・Stand by me (Bolivia)
・廃線 (Bolivia)
・弟 (Peru)
・お爺さんとドーナツ (Mexico)
・小休息 (China)
・古代インカの壁 (Peru)
・並び雲 (Bolivia)
・ステンドグラス (Spain)
・父子 (India)
・お母さん (Mexico)
・アマンタニ島から (Peru)
・母なる河、ガンガー (India)
・夕暮れのグァナファト (Mexico)
・リスボンの大通り (Portogal)
・冬のナイアガラ (Canada)
・リスボンの夕暮れ (Portogal)
・コパカバーナ (Bolivia)
・ジェロニモス修道院 (Portogal)
・乗馬 (Peru)
・メキシコの車窓から (Mexico)

注 : タイトルは記事タイトルではなく、写真のタイトルです。

counter

since 2007.8.28

RSS-feed

links

このブログをリンクに追加する

 

search in the blog