溢れたコップ  28
案の定、今日はミノムシ生活。
まぁ当然で、想定の範囲内ですが。

でも、女の子の日が近づいているのか、ちょっと不安定だったりもして・・・
些細なことにイラっときたり、うわぁぁぁぁーーーという感じになったり、
かと思えば急に不安になってみたり。
まぁいつものことだけれど。


ミノムシを決め込んでいたのに、弟と会うことになり、北区まで・・・・・。
ほぼスッピン、ニット帽、サングラス、i-podの完全防備でなんとか行ってきた。
まぁついでに用事も済ませられたからいいけど・・・



私の今日のミノムシ生活を綴ってみてもしょうがないので、
久々に連載の続きを。

(これまでの話は、カテゴリー「うつ発症から退職までのハナシ」をお読み下さい)





以前書いたように、私の”コップ”は、
日本に帰ってきた時点で3分の2近くいっぱいになっていたと思う。
そして会社に入り、環境の変化があり、
そして会社でのストレス(主に人間関係)が重なり、ついに溢れ出してしまったわけだ。



私は会社を辞めた。


でも、会社を辞めたからって、コップの水が減るわけでは無かった。
むしろ「会社を辞めた」ことで、さらに水が継ぎ足された。


自分が社会から離れてしまったような気分になったこと。
自分がどこにも所属していない不安感。
先の見えない焦燥感。
そして会社に対する申し訳なさ。
仕事はしたいのに、辞めさせられてしまったこと。
仕事をしたい、でもできない、会社にいけないという矛盾。

そんなモノが、更に水を継ぎ足す要因となり、
会社を辞めて暫くは、鬱状態もかなりひどかった。



数日間東京の家で引きこもり、寝込んだ。
何も食べる気にもなれなかったし、
お風呂に入るのさえ面倒だった。
ベッドから出られないミノムシ状態が続いた。
持病の偏頭痛も酷かったし、
とにかく「何かをする」気力がわかなかった。
一緒に住んでる伯母ともほとんど顔を合わせず、すれ違いの生活。
音も不快で、携帯はサイレントにしていた。
不幸なことに、近所で大々的な工事をしており、それも苦痛でたまらなかった。



退職日から数日後、総務のNさんから「離職届」が届いた。
そしてそれと共に、手書きで一筆箋にメッセージが添えられていた。

私はそれを読んで、また泣いた。

 これにへこたれずに、社会へ前進してください。
 私なんかお局様だわ・・・
 なんだか娘のように思ってしまいます・・・


そんなとても暖かい内容だった。

 「ありがとうございます」

心からそう思った。


そしてまた

 「世の中捨てたもんじゃないな・・・」

とも思った。

入社して4ヶ月で鬱になったと言って休職。
そして2ヶ月は見守ってくれて、ボーナスも、お給料も出してくれた。
私は何一つ会社に対して貢献していないのに。

嫌なことは何一つ言わずに、
「元気になったらまた戻っておいで」
と言って下さった。
みんな「残念だ」って言って下さった。

本当にありがたかった。


これらのことが自分を責める要因にもなってしまったけれど、
それでも本当に、私は会社に恵まれたなーと思った。




会社を辞めると、年金や健康保険、失業保険などなど、
当然ながら色々とやらなければならない手続きが出てくる。


これらの手続きをするのもまた一苦労。

一週間ミノムシ生活を続けた後、
やっとの思いで区役所に行き、その他所用をこなすと、
その晩は偏頭痛に悩まされ、戦力外通告が出された・・・
またも寝込んだ。



そして会社を辞めて10日にして、
私はやっとのことで実家に戻ることができたのだった・・・・。


(続く)



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テーマ:うつ病(鬱病)、メンタルヘルス - ジャンル:心と身体

【2007/12/30 00:54】 | ウツ発症~退職までの話 | トラックバック(0) | コメント(14)
「壊れ物注意」
よく、宅配便に貼られているあのシール。
あれが人間にも応用できたらいいのにと、たまに思う。


今の私は壊れやすい、薄氷。
段々厚みを増してきて、割れにくくはなっているけれど、
それでも衝撃を加えられたら

 「パリン」

と音を立てて割れてしまう。

一度割れてしまうと、また元に戻すのは、なかなか大変なんだ。
だから割れないように、溶けて薄くならないように、
自分でも気をつけながら生きてるんだ。


私は今、嬉しいことに好調をキープしてる。
けれどそれは、あくまで「鬱病」である中での好調
毎日10錠もの薬を飲んで、
物忘れしないように、大切なことはメモするようにして、
自ら傷付かないように気をつけて、
それで好調をキープしてるんだ。



 鬱病だから守ってください。
 鬱病だから優しく接してください。
 鬱病だから傷つけないでください。
 鬱病だから厳しいコト言わないでください。
 鬱病だから、
 鬱病だから・・・・・。

そんなことは言うつもりはない。
皆無だ。
私は腫れ物に触るように扱われたくはない。
同情だってされたくない。


でも、わざと傷付けるようなことはしないで欲しいと切に思う。
これは病気だからじゃなくて、人として。



前にも書いたけれど、
人は無意識のうちに他人を傷付けてしまうことがある。
だから、意識して人を傷付けてはいけないと私は思ってる。

でも、私がそう思ってるってだけで、
そうじゃない人もいるのが世の中なんだ。




前書きが長くなったが。
今日、このブログを始めて2度目の中傷?を頂戴した。


「お願い」として、

 「管理人のココロの健康の為、誹謗・中傷等はご遠慮願います。」

と一応書いてあるけれど、そんなものはあまり通用しない。

私は、相手の顔が見えないインターネットという特殊な世界で、
不特定多数の方が見るブログというものを書き、
また、ブログランキングなんぞにも参加している。
嬉しいことに、かなり訪問者数が増えてきた。

私が書いていることに「共感します」と言って下さる方もいるが、
一方で、理解できない方もいるのは当然だと思ってる。
病気自体に理解できない方もいると思うし、
また生意気なコトを書いているので、私に反感を持ってる方もいるだろう。


それは十分わかってる。
わかってる上で、ブログを続けてる。
それでも、やはり・・・傷付くのだ。



1度目は、コメントだった。

コメントの内容は尤もだと思った。
申し訳ないけれど、そのコメントは削除させて頂いて、
その旨をコメレスさせて頂いた。


今回は、メールフォームからメールを頂いた。

詳しい内容は伏せるけれど、

 「自慢ばっかり」

だと言われた。


確かにそういう目で見れば、そういう風に読めば
ここ最近の投稿は、特にそうかもしれないと、自分自信頷いてしまった。

気分を害された方々、本当に申し訳ありません。




私は、このブログで自分が病気でどれだけ辛いか、
どれだけ苦しい思いをしたか、
あまり書いてこなかったように思う。

ブログを始めた頃は、ある程度マシになっていたし、
その頃は毎日更新していたわけではなかったから、
落ちている日は更新しなかった。



今だから書くけれど。

本当に酷かった頃は、
何度も何度も死にたいと思った。

この世の全ての人から、icoという人間の記憶を消し去って、
私はいなくなってしまいたいと思ってた。
自分が存在してるだけ無駄だと思っていた。
死んで、この世から消えることばかり考えてた。
マンションの13階から飛び降りることばかり考えてた。

とにかくベッドから出られない毎日で、
ご飯も食べたくなくて、トイレに行くときだけベッドから出る日々。

映像も、音楽も、些細な物音さえたまらなく苦痛だった。

何もしていないのに、疲れが抜けなくて、
毎日怠くて、身体が動かない。
肩こりが酷くて身体が痛い。

そして意味もなく不安になり、涙が溢れてとまらなくて。
泣いても泣いても、涙はとまらなくて。

皮膚描画症が痒くて痒くて、眠れなくて。
逆に、起きると掻き壊して血が出てたり。

腸炎を起こし、毎日お腹が痛くてトイレと友達になったりもした。

過食嘔吐を繰り返したこともあった。
逆に食欲が無くなって、まったくご飯を食べる気にならなくもなった。

胃酸過多で、どこにいてもいきなり吐き気がこみ上げ、
「ウプッ」と思いながらトイレに駆け込んだりもした。

この世に、自分だけ、ひとりぼっちになってしまった気がした。
友達も、家族も、誰もいないような気分というか、
誰一人私のことなんて気に掛けてくれないというか、
わかってくれてないというか、
なんとも言い難い、猛烈な孤独感ばかりあった。


夢も、目標も、希望も、未来も、何もないと思ってた。
とにかく、毎日時間が過ぎていくことが苦痛だった。
全てが苦痛だった。




そんな状態から、なんとか私は立ち直ってきた。

幸いなことに、家族、特に母の理解と愛に支えられ、
周囲の人間も温かく接してくれて。
会社の方々も何一つ嫌なことは言わないでくれた。

そして、このブログ読者の皆様にも
同じ病気を共有し、辛さがわかるもの同士として、いっぱい元気をもらって、
私はなんとか、ここまで快復してきた。
そして、このまま治して、社会復帰するんだって思ってる。
苦しみを味わった分だけ、優しい人間になるんだって思ってる。



私は、自慢するつもりでブログを書いているわけではない。
人を傷付けるつもりでブログを書いているわけでもない。
誰かを嫌な気分にさせるためにブログを書いているわけでもない。


ただ、
99%の自己満足と、
1%の鬱病への理解、誰かの役に立てたらという傲慢な気持ちで書いている。
それだけなんだ。



感情的になってしまい、申し訳ありません。
今日は要点もわからずめちゃくちゃな文章ですが、ご協力よろしくお願いいたします。

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【2007/12/22 01:36】 | うつ病の話 | トラックバック(0) | コメント(32)
海へと流れる川。
昨晩東京に戻ってきた。
東京の家に帰ると、案の定、家は散らかっていた・・・。
も~~~~~っ!

しばらく前にこんな記事を書いたのに、
今回は結構長い滞在だった・・・。
まぁ諸処の用事もあったのだけれど。


今朝は、布団がベッドからずり落ちていて、寒くて目が覚めた。
外を見ると雨。
太陽が出ていないと、ただでさえ気分が凹むのに、
お出かけしなきゃならないから余計に気分悪い・・・・雨イヤ!!
メンドくなる・・・


今週は今日から予定詰み込みすぎ。
土曜からは名古屋に行くのだけれど・・・・
大丈夫かな。
でも「やらなきゃならないこと」ではなく、
「楽しみな」予定なので、身体は大丈夫かなぁーと。



雨は嫌だけど、でも雨は恵みの雨。
大地に染み込み、地下水となったり、
また、山の小川となったり。
そして川へと流れ込み、農業に使われたり、水道水へとカタチを変えたりと。



地球には海がある。
そして陸には川があり、その川は海へと流れている。

ナイル川も、ライン川も、ミシシッピ川も、アマゾン川も、ガンジス川も、荒川も、
名前の無いような小さな川も、用水路も、
最終的にはみんなみんな海へとたどり着く。
それが太平洋であれ大西洋であれ、
海の名前は違えど、海は一つに繋がっていて、変わりはない。



人生が川だとすると、
結局はみんな海へと流れていく、
つまり歳をとって死に至るということに変わりはない。


以前、母に言われた。

 「結局みんな海にたどり着く。
  コンクリートで護岸工事された川を、勢いよくズドーンと流れて海に着くのか、
  あっちにぶつかり、こっちにぶつかり、
  くねくね曲がりながら流れて海にたどり着くのか、
  どっちがいいのかなんて誰にもわからない。

 
  だからicoが今、壁にぶつかってたとしても、
  足踏みして止まってると感じてたとしても、
  結局はちゃんと海へと流れていくことに変わりはないし、
  それが悪いことだとは思わない。
  なーーんにも問題なくズドーンと真っ直ぐに流れることと比べて
  どっちがいいのかなんてわからないでしょ。」


確かに母の言うとおりだと思った。

海に流れ着いた時に、
「ラフティングの連続で面白かったー」
という人もいれば、逆にそれが怖かったという人もいるだろう。
「浮き輪にのって流れてきて、のんびりだったよー」
という人もいれば、退屈でつまらなかったという人もいるだろう。

そんなの人の感じ方次第だし、海に着いてみないとわからない。



ここ最近、比較的良い位置で落ち着いてきた私は、
今の状況を悲観してもいない。
やっと、この状況を受け入れられているように思う。

母の言った「ぶつかりながら流れていく川」であるだろう私は、
今ちょっとだけ、水が流れずに川の端っこでクルクル止まってるだけで、
これからちゃんと海に向かって流れていくのだと思ってる。

みんな、ちゃんと海に流れていくんだ。


そしてどの川にも、その川の良さがあって、趣があって、
どれが良くてどれが悪いなんて、決められないんだ。



        ガンジス川
                        インド、バラナシにて。

インド、ヴァラナシにて。
母なる川、ガンジス川。



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【2007/12/13 13:00】 | 備忘録 | トラックバック(0) | コメント(20)
溢れたコップ  27
昨日は皆様のコメントに、もの凄く感激しました。
どう表現して良いのか解りませんが、
私は、これからも同じようにブログを書いていっていいんだって思って、
そしてこのブログを楽しみにしてくださってる方がいるんだって、
大切に思ってくださっている方がいるんだって知って、
本当に嬉しかったです。

私にとってこのブログは、単なる日記以上のもので、
とても大切な記録であり、大切な場所です。

だから皆様がこのブログの存在意義を認めて下さって、
そして楽しみにして下さって、とても嬉しく思います。
本当にどうもありがとうございます。


気付けばもうすぐ1万ヒット。
これも皆様のおかげです。
本当に、本当にどうもありがとうございます。



さて、またも久々になってしまいましたが、連載の続きを。

(これまでの話は、カテゴリー「うつ発症から退職までのハナシ」をお読み下さい)




 「遅くなってごめんねー。
  いっぱい待っちゃった??」


というKちゃんの言葉で、私は我に返った。
ずっと改札を見ていたはずなのに、
Kちゃんが目の前に来て、私に話しかけるまで、私はわからなかった。

抜け殻になってたから。
意識がフワリと何処かへ行ってしまっていたから。


Kちゃんと新丸ビルに入り、とりあえずご飯を食べることにした。
幸いにも平日の夜、人はそれほど多くなかった。



Kちゃんは、4,5歳年上で会社では1年先輩。
部署は違うけれど、お互い関わり合う仕事をしていた。
ただでさえ女性が少ない会社で、若い女の子といったら彼女だけで、
必然的に仲良くなった。

私が会社に入った頃、「会社辞めたい」と言っていたKちゃん。
私が入社する前にも一度、「辞める」と騒いで、
会社で大泣きしたことがあるという・・・。
Kちゃんの部署は、私がKちゃんの立場だったとしても、
「辞めたい」と思うだろうという環境で、大変だろうと思ってた。

 (ちなみに私が辞めて数ヶ月した後、
  Kちゃんは「もう耐えられない」と思い、退職願を上司に出したけれど
  受け付けて貰えず、また一悶着あったとか。
  私はKちゃんが病気になってしまうのではないかと、今でも心配している・・・)


そんなKちゃんだから、ランチの時間やトイレで会えば
会社の愚痴を言ったり、お互い相談したりしていた。

私にとって、唯一の会社での友達だった。

私が休み始めてからも心配して、度々メールをくれた。
電話をくれたこともあった。
私のデスクに差し入れとしてお菓子をおいてくれていた。
(結局それはダメになってしまったのだけど・・・ごめんね。)


私は、Kちゃんが辞めちゃったらどうしようっていつも思ってた。
女の子一人になっちゃって、愚痴をこぼす相手もいなくなってしまうから。
いつもどこかで心配していた。
まさか、自分の方が先に辞めることになるなんて、思ってもみなかった。
だから私が辞めることで、Kちゃんは、
私が思っていたように思うんじゃないか、
淋しいというか、不安というか、残念に思うのではないか、そう思った。
申し訳ないと思った。



ご飯を食べながら、Kちゃんが言った。

 「さっきね、会社から駅までSさんと一緒だったんだけどね。
  『今日これからicoちゃんに会うんです』って言ったら、
  『残念だって伝えておいてくれる?』って言ってたよ。

  みんな、icoちゃんが辞めちゃって、本当に残念がってるよ・・・」

Sさんは他部署の部長さんで、
直接一緒に仕事をさせて頂いたことはない。
けれど休憩所(というか喫煙所。w)で度々お会いし、
話しかけてくれたり、いつも優しかった。
「頑張れよ」っていつもエールを送って応援してくれていた。

Sさんがそう言ってくれたのか・・・・
そう思うと嬉しくて、一方でまた申し訳なく思った。




ご飯を食べてから、上の階へと上がり、カフェでお茶を飲んだ。


「Aさんが心配してたよ」と言われて、胸が痛んだ。

Aさんは、私の上司ではないのに、いつも私を気に掛けて、外へ連れ出してくれて、
接待の場へも連れてってくれた。
お陰で接待されるということや、タクシー券というものを初めて見た。w
そして仕事を一から教えてくれた人でもある。
私が仕事をして、それをAさんにメールで送ると、添削してくれて、
ちゃんと教えてくれた。
良く気がついて、気の回る人で、私にも気を遣わせない人で、
今まで苦労してきたのだろうな・・・と思ってた。
私はAさんが大好きだった。
本当に大好きで、まさに理想の上司だった。


Kちゃんに「Aさんによろしく伝えて」とお願いした。
本当は、Aさんにはもう一度会いたかったけれど・・・・。


そしてKちゃんは、去年入社し、2ヶ月?で辞めてしまった女の子の話をした。
前にも少し聞いたことのある話だけれど、
彼女は入社して、配属が決まり、その2日後に辞めたという。
社長とも喧嘩腰で話をするに至り、
会社全体として、彼女に対しての印象はよろしくないと。
でも私に対しては、みんながみんな残念がって、
勿体ないと言っていると・・・・。

なんだかな・・・
私はそんな残念に思って貰えるほどの人間じゃないのに。
ただの根性無しなのに。

そう思った。


 「会社を辞めて今、どんな気持ち?」

と聞くKちゃんに対して、私は

 「自分からフっちゃった彼氏に対して、
  ちょっと勿体なかったかなと後悔しているような、
  でもこれで良かったんだと思ってるような、
  そんな感じかな・・・」

と答えた。
それがその時の素直な気持ちだった。

その後は”ガールズトーク”で盛り上がり、
時間を惜しんで話をした。



当然ながらKちゃんは翌日も会社。
とても名残惜しく、バイバイするのが辛かったけれど、
10時頃、新丸ビルの入り口で別れた。
「これからも『友達』としてよろしくね。」
「またね。」
お互いそう言い合って。



私は電車を恐れて、小雨が降る中、タクシーで家に帰った。


タクシーの窓に寄りかかり、
「会社、ホントーーに辞めちゃったんだ・・・」
と実感した。


ココロの中にあるのは、ただひたすらの申し訳なさだった。


(続く)



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【2007/12/11 05:28】 | ウツ発症~退職までの話 | トラックバック(0) | コメント(10)
普通であること、普通でいること。
昔々、高校生の頃、当時付き合っていた人が

 「オレは普通の人になるんだ。」

と言ったことがある。
世の中は90%の普通の人が支えて成り立っているから、
だから普通の人になる、と。

当時の若かりし私は、

 「ふーん・・・」

と言いながらも、
そんなのつまんない。夢が無さすぎる。と思った。

そして、どうでもいい話だけれど

 「オレはicoといると自分が惨めな気分になる。
  icoは自分のやりたいことがハッキリしていて、
  それに向かってちゃんと勉強もしてる。
  おまけにモテるし、いつも誰かに取られるんじゃないかって不安だ。

  一方でオレは、自分がやりたいことなんてよくわからないし、
  勉強もお前みたいにできないし・・・」

と彼に言われて、私は腹が立った。
だったら自分も頑張ればいいじゃない、と思った。
そんなセリフ、男が口にするなよとイライラした。


今となっては、私は若かったのだと思う。
そう言わせてしまった私にも責任があると反省してる。


自分がやりたいことがハッキリしてる人間なんてそうそういないし、
彼は真面目で、とても良い子だった。
何より「自分が惨めな気分になる」と素直に言えてしまうくらい、素直だった。
嫌みが何一つない子だった。
3年間、部活も毎日毎日頑張ってた。
高校3年間皆勤賞だった。


でも、”いつも安全牌”をとる、
そういうところが当時の私にはつまらなく思え、
サヨナラをしてしまった。

若かったな・・・私。
本当にごめんね。




時は流れ、今。

私は、若かりし当時「つまらない」と思った「普通」に憧れ、
そしてそれを欲しているように思う。

ずっと、「普通」なんてつまらないと思ってきたのに。


私はずっと、
ちょっとだけ普通じゃないことをしていたくて、そうありたくて。
だからというのも変だけれど、一人で色々な国を旅してこの目で見てきた。
その国の歴史や経済、政治といった背景も勉強したし、
色々と考えさせられてきた。


大卒後、私は新卒として企業に入社せず、留学をした。

でも、そこで気がついた。
「普通」に生きるコトが一番ラクで、おそらく最も陽の当たる道なんだと。
人と違うコトをするということは、
それ相応の努力と、気力と、精神力が必要なんだと。


周りの友達が社会人として歩み始めてる中、
自分だけ取り残されているような淋しさ、怖さも体験した。


留学をしてしまった私は、「新卒」という特権を放棄してしまったわけで、
就職をする歳に「既卒」「中途」扱いになる。
日本という国に於いて、これはとても不利なこと。

運良く就職先が見つかったとしても、
同期のみんなとお手々つないで”いっせーのせっ”と入社するわけではない為、
当然ながら一人努力を必要とされる。


私は就職する際、勿論その覚悟をしたうえで就職した。
居心地の悪さも感じたし、「新入社員教育」が無かったため、
なんとか自分から吸収すべく努力もした。

自分で選んだ道とはいえ、
新卒で就職してれば・・・と後悔もした。

結局、なんとかはなったけど(その後、病気で会社辞めたけど)
それでも「普通」に学校を卒業して就職していれば、
もっとラクだったのになと思わされた。



今、私は決して「普通」とは言えない状況にいる。


一人のいい年をした大人が、働かず、毎日ダラダラとして、
食べては寝て、たまに外出をして、たまに遊んで。
どう考えてもおかしい。
たまに退屈でたまらなくなる。


かと思えば、やはり私は病気らしいし、
今まで身体の丈夫さには自信のあったこの私が、
毎日毎日、数にしたら10錠もの薬を飲んでいる。
そして、
たまに調子が悪くなった時は、
泣いてみたり、落ち込んでみたり、死にたくなってみたりして。
目を瞑れば脳味噌がクルクル回ってる様な感覚に襲われ、
当たり前のように耳鳴りがして、
寝汗をかいて目を覚まし、
吐き気に襲われたり、頭痛がしたり。



普通でいたい。
「普通」がつまらないなんて、もう言わないから。


毎日、平穏に暮らしたい。
ちゃんと働きたい。
お金なんて必要最低限あればいい。

それで、
たまに「あぁ、今日は空がきれいだなー」って嬉しくなったり、
庭にスズメが飛んできて「カワイイな」って思ったり、
木を見て植物を見て肌で季節を感じて、
春は桜に心を動かされ、
夏は暑いって汗をかいて、
秋は紅葉を眺め、
冬は白い雪に心洗われて。

そういう風に、普通に暮らしたい。



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テーマ:モノの見方、考え方。 - ジャンル:心と身体

【2007/12/04 04:18】 | 雑談 | トラックバック(0) | コメント(24)
うつ日和。


「うつ病、パニック発作」から脱却。日々のことや旅のことなど徒然に・・・

profile

ico

Author: ico
age:33
大学時代はバックパッカー。卒業後海外留学。
日本へ帰国後、半年程の"留学ニート"を経て就職。
ところが働き始めて2ヶ月が経った頃、鬱病と診断されました・・・
パニック発作も起こしつつ、なんとか2ヶ月耐えて働くも、ついに休職。
そして追い出され退職。
周囲の協力の下、なんとか這い上がったはずなのに、気付けばオーバー30、フリーター。
歳は崖っぷち、人生は壁だらけの四面楚歌・・・
でもね、悲観はしてない。
没关系,慢慢儿走!


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