どっちを向く?
今日は8時起床。
それからしばらくダラダラしていた。

昨日から、ずーっと頭が痛くて、でもロキソニン様のお世話になる程ではなくて、
 どうしたものか・・・・
 なんで???
と思いながら、ナ●ンエースを飲み、考えてみたら、
恐らく風邪気味なのだと気が付いた。(気付くの遅すぎ。w)

午後になってから銀行に行かなきゃならなかったので、支度して出かけて、
お散歩がてらに少しブラついて、兄の店へ。

日曜まで尾を引いたことを話して、様子を見ながらにしてねって頼んだ。
それからいつもの如くタダで長居して、家に帰って一人で夕食、そしてお風呂。
ちゃんと暖まったし、今日はいっぱい寝ようと思う。





さて。
今現在、私は無職。
バイトをしているわけでもないので、
ニートでも、フリーターでもなく無職だ。


先日、初診の病院に行ったとき、職業欄に「無職」と書いた。
「学生」と書こうかとも思ったけれど、(←おいっ)
自分の中で、この問題はもう消化できていて、
「無職」でいいと思ったからそう書いた。



以前、母に言われた。


 「フリーターだってさ、前向いてるか後ろ向いてるか、
  それだけで全然違うよ。

  
  後ろ向いていたらずっとフリーターかもしれなくて、
  今流行のネット難民になっちゃうかもしれないけれど。


  前を向いていれば、輝きを放ってるだろうし、
  いつか何かに辿り着けるよ。

  よく芸能人や作家さんの話であるじゃない。
  昔は貧乏で、風呂無しのアパートに住んで、台所でシャワー浴びてたとか。
  時給いくらで、どこでバイトしてたとか。
  何もしないでいたとか。

  でも彼らは、
  『その頃の経験があるから今があるんですね~』
  『他人と違うことを経験してきたからこそですね~』
  なんて言われちゃってさ。

  だから、別に今icoが働いていなくたっていいじゃない。
  ただ、後ろを向かないで、前を向いてなさい。



  犬も歩けば棒に当たる、でも歩かなきゃ棒にも当たらない。
  前を向いてればいつか何か見えるだろうし、
  歩き始めたらなにかにぶつかるよ。」



だから私は、現在、「前向きな無職」なのだ。

このまま、鬱を引きずったまま生きていくつもりなんて毛頭無い。


母に言われたように、絶対に後ろを向かないって決めてる。
今は足踏みしてるかもしれないけど、前を向いて足踏みするって決めてる。

勿論まだまだ落ち込むこともあるけれど、
それでも、後ろを向かないように、悲観しないようにしてる。

絶対に克服してみせるって思ってる。
そして社会復帰して、バリバリ働くんだ。


ここ最近になって、
ようやくトンネルの先の光が見えてきた気がする。
その光に向かって、私はゆっくり着実に歩いて行こうと思う。



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【2008/01/22 01:18】 | 備忘録 | トラックバック(0) | コメント(24)
溢れたコップ  29
社会復帰計画第1弾として、
昨日は6時半に起きて兄の店の手伝いをした。
12時までだったけれど、とにかく疲れて、グッタリで、
家に帰ってからお昼寝して、何もする気になれず終わった。

接客業って、肉体労働だし気も遣う。
というか、気を回してなんぼの世界。
笑顔を作って、作って、作りまくって、そして動いて。
50席もある喫茶店、ホールを一人で回すのはかなりキツイ。
今の私には、本当にキツかった。


今日は予想通り見事に反動が出て、ミノムシ状態。
自分の身体の為にも、ゴルフはお断りした。
夜になってから、寒い中タバコを買いにコンビニへ行くと、
兄上がまだいたので例の如く少し入り浸り。



さて。またも超久しぶりですが、連載の続きを。

(これまでの話は、カテゴリー「うつ発症から退職までのハナシ」をお読み下さい)




会社を辞めて10日にして、やっと実家に帰ることができた。

それでも本当の意味で心は安まらず、常に虚無感ばかり。

ただただ時間が過ぎていって、
そしてそれが怖くて。
時計の針が1秒1秒進んでいくのが怖かった。

休みたい、休まなきゃと思う一方で、
休んでいていいのかと思っている自分がいた。



さらにまだ会社を辞めたことで発生する手続きが残っており、
会社から郵便が届いたり、
また書類の不備があり会社に電話をせざるを得なかったりもした。
これもなかなか辛かった。

それでも会社と連絡を取る度、みんなが気遣ってくれ、
そして迅速に対応をしてくれて、とても有り難かった。

書類を送って下さるときも、いつもメッセージが添えられていた。
些細なことだけれど、嬉しかった。



パキシルがMAXの40mgになったのは、会社を辞めて少ししてからだった。
偏頭痛や胃酸過多による吐き気、皮膚描画症も、
会社を辞めてからまた酷くなった。
まとまった睡眠が取れず、薬を飲んでも3時間程度で目が覚めてしまう。
昼寝をしてなんとか補う生活だった。


実家にいるのに、些細なことで泣きたくなり、
私の安息の場所はどこだろうと思っていた。

どうしたら、この気分から解放されるのだろうか。
どうしたら、治るのだろうか。
私は、どうしたらいいのか。



二日に一回は母の元で号泣していた。
時間は決まって夜。
12時も過ぎてからだった。

母は、毎回黙って私の話を聞いて、
そしていつも暖かいアドバイスをくれた。


ブログの読者様が増え、コメントを下さる方が増えたのもこの頃。
「私だけじゃない」そう思うと心強く、
少し気持ちが楽になった。




この頃は、
2週間に一度の病院に行くたびに薬が変わった。
マイスリーがグッドミンになり、ロヒプノールになり、そしてロヒが増量され・・・
また気分安定剤であるリーマスが追加され、リーマスはデパケンRへと変わった。
めまいの酷さを訴えると、血圧が低すぎることが判明し、
リズミックが追加。そしてリズミックは今のメトリジンへと・・・

もうどんどん薬が増えてった。
私は薬漬けだと思った。

でもこれで病気が治るなら、それでいいと諦めた。


 今だけだから。
 これから良くなっていくから。
 だんだんと良くなったら薬も減っていって、元の私の戻れるから。
 また働けるようになるから。

とにかく自分にそう言い聞かせ続けた。
言い聞かせないとやっていけなかった。



良くなったかな~と思えば、落ち込み、また寝込み、そしてまた復活し・・・
そんな繰り返しで、いい加減イヤになったりもした。

何度も何度も「気のせいなのか」「甘えなのか」「我が儘なのか」
と自己嫌悪にも陥った。


本当に苦しかったし辛かった。
淋しかった。
孤独だった。


私には家族がいて、天涯孤独の身じゃないのに、
それなのにいつも不安と淋しさが付きまとっていた。
心にポッカリと穴が空いていた。




 「少し、良くなってきたみたい」

そう思えたのは、会社を辞めて、4ヶ月が経った頃だった。


(続く)



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【2008/01/21 02:42】 | ウツ発症~退職までの話 | トラックバック(0) | コメント(17)
女三界に家なし
 〔補説〕 「三界」は仏語で、欲界・色界・無色界、つまり全世界のこと
 女は三従といって、幼い時は親に従い、嫁に行っては夫に従い、
 老いては子に従わなければならないとされるから、
 一生の間、広い世界のどこにも安住の場所がない。女に定まる家なし。


                                        (大辞林)

   *   *   *

留学していた頃、一時帰国して日本に帰ってきた際に、
「私の居場所は一体どこだろう」といつも思っていた。

留学先の、自分で借りたマンションが居場所なのか。

東京の伯母の家が居場所なのか。

実家が私の居場所なのか・・・。


どこが一番居心地がいいかと聞かれてもよくわからなくて、
それぞれ一長一短で。


留学先は、そこに骨を埋めるつもりなんて無いし、
東京の家はあくまで伯母の家であり、
実家は実家だけれど、家を出て今現在では7年が経っている。

実家は自分の家だけれど、こうも離れていると、
どこに何があるのかとか、多少の勝手がわからなくなっていたり、
自分の部屋に知らないものが置かれていたり・・・。


なんだか不安というか一抹の淋しさみたいなものがあった。


そんな話を母にすると

「女三界に家なしって言うからね~」

と言われ、自分がいる場所が自分の場所なんだとその時思った。



日本に帰ってきて就職した。
伯母の家に住み、毎日通勤していた。

でも自分の居場所という感覚は無く、
ある程度の目処が立ったら独り暮らしをするつもりでいた。
(まぁその前に自分が潰れてしまったのだけれど。苦笑)


休職して、実家に帰ったけれど、
実家もまた居心地の悪さというか、なんとなくしっくりこないものを感じた。

自分の居場所なのか、よくわからなかった。


 「自分の居場所ってどこなんだろう」

私はずっとそう思い続けていた。
病気がもたらす不安感や孤独感が、より一層その思いに拍車をかけていた。



正直な話、
ここ最近になって、やっと実家の居心地がとても良くなった。

それは、自分自身が自分の居場所を作る努力をしているから。


ミノムシで寝ている日もあるけれど、
それでも母の負担が減るように、お風呂掃除や食器洗いをしたり、
母の愚痴を聞いたり。
父のご機嫌を取るために、一緒に出かけたり、話をしたり。

そうやって、楽しい空気を作るようにして、
そしたら毎日がなかなか楽しく、居心地が良くなった。


今、私はハッキリ断言できる。

 「居場所は、自分で作るもの」

自分がそこに居れば居場所になるわけではなくて、
居場所にするべく努力というか、気持ちが必要なんだと思う。



さて。
今、私は実家にいて、居心地は良いけれど、自立はしていない。
社会人として生きていく上で自立しなければならない。

この先どうなるのか、今のところ分からないけれど、
それでも私は自立しなければならないし、
また自分の居場所を作っていかなければならないのは確か。

そしてその「居場所」は、自分の為にも周りのためにも、
少しでも居心地の良いものにするべく気遣いが必要なのだと思う。


例えば、東京で独り暮らしすることになったとして。

ゴミ出しをした時に近所の人に遭って、
「おはようございますー」
「今日は寒いですねー」
そんな単純な会話をするだけで楽しくなったり。

近所にお気に入りのカフェを見つけて常連になったり。

自分の部屋を、自分好みのスタイルで統一したり。

お気に入りのカップでコーヒーを飲みつつ一服したり。


そんな簡単な努力で、自分の居場所って作れるんじゃないかと思う。
もちろん、人は一人では生きていけないから、
「人と接する」ということが前提だけれど・・・。



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【2008/01/14 04:26】 | 雑談 | トラックバック(0) | コメント(16)
うつ日和。


「うつ病、パニック発作」から脱却。日々のことや旅のことなど徒然に・・・

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ico

Author: ico
age:33
大学時代はバックパッカー。卒業後海外留学。
日本へ帰国後、半年程の"留学ニート"を経て就職。
ところが働き始めて2ヶ月が経った頃、鬱病と診断されました・・・
パニック発作も起こしつつ、なんとか2ヶ月耐えて働くも、ついに休職。
そして追い出され退職。
周囲の協力の下、なんとか這い上がったはずなのに、気付けばオーバー30、フリーター。
歳は崖っぷち、人生は壁だらけの四面楚歌・・・
でもね、悲観はしてない。
没关系,慢慢儿走!


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