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5年が過ぎて、思うこと。
一番最初うつ病と診断され、5年4ヶ月が過ぎた。
このブログを始めて5年1ヶ月。
そして会社を辞めて丸5年が経った。

ちなみにこの記事はちょうど400個目の記事で、
更には恐らく今日中に60000アクセスとなることと思う。



5年が過ぎて。
今、あの頃、病気になった頃のことを
少し冷静に、客観的に見られるようになったように思う。
24歳になったばかりで、夢と希望に溢れていた頃のこと。
それが一転、地獄の日々になってしまった頃のことを。



あの頃、仕事はとても楽しかった。

自分の夢が現実となり、ワクワクやドキドキの連続で、
新鮮で、勉強になることばかりだった。
自分が日々成長してる感がうれしかった。
緊張で胃が縮む思いをすることもあったし、
また食事の時間もないことや、
睡眠時間を削り家で仕事をすることも多々あったけれど、
それも楽しさのうちで、気にならなかった。
そんなの、どうでもよかった。

会社の人たちも、個々では皆良い人たちだったと思う。


でも。
どうしても会社に行きたくなかった。
日ごとに「会社に行きたくない」という気持ちが大きくなっていった。

だから、なんとか会社にいなくていいように、
直行や直帰を増やしたし、
外にいる時間を多くしていた。
客先での仕事が終わっても、まっすぐ会社に戻らずに、
1時間でも、30分でもいいから、喫茶店で仕事をしたりして
とにかく時間を引き伸ばしていた。

それでも限界はあり、全く会社に行かないわけにいかない。
まして私は新人で、ど素人で、
右も左もわからない人間で、
頑張っても外出予定を入れられなかった。


あの当時、
どうしてそんなに会社に行きたくないのか、
私には明確な理由がわからなかった。
仕事も楽しく、周りはいい人なのに、なんで?
そう思っていた。
だから、なんで自分が鬱になってしまったのかも、よくわからなかった。

無意識のうちの無理の積み重ねだと思っていて、
その多くは留学に寄与していると思っていた。
(確かにそれはあるのだけれど)


5年が経った今。
何故あの時私はあんなに会社に行きたくなくて、
そして実際に行けなくなってしまったのか、
鬱になってしまったのか、
少しわかるような気がする。



まだ、どこにも誰にも連れ出してもらっていなかった頃。

「コレ、行ってこい」
と、いきなり飛び込み営業のようなことをさせられていた。
(実際は営業職でも営業でもなく、あくまで例え話。)
勿論居心地の悪さは山ほど感じたし、辛かったけど、
これも勉強のうちだと思ってた。

だけど、のちに昔の仕事の話を友達と話していた時、
「ねぇ・・・・いじめられてたの?」
と聞かれ驚いた。
それまでそんなこと思ってなかったし、
今でも思ってないし、相手もいじめたつもりはないだろうけれど、
客観的に第三者が見たら、そう見える状況だったと気が付いた。



会社で仕事をしていて。

例えばBさんに仕事を聞いて、教えてもらってると、
Aさんがいきなり私の目の前でBさんに
「なんでお前がそんなことやってんだよ。
 お前の仕事じゃないだろ」
と怒る。

Cさんが
「この件に関しては僕が面倒みてあげるから」
と言ってくださり話していると、また同じようにAさんは
私の目の前でCさんを怒る。

前述の「コレ行って来い」の「コレ」に出かけようとすると、
「なんでお前がそんなもんに行くんだよ」
と、私に話を振った人の前で怒る。

見かねた別の上司が、
「今は沢山のものを見るのが勉強だ。
 だから今日彼女(私のこと)を連れて出ます。」
と言えば、
「それはお前の仕事じゃないだろうが。
 それにまだお前なんかに汚させたくない」
と怒る・・・・。

日々それが繰り返された。

当人は怒ってるつもりはなかったと思うし、
それを私が気にしてるなんて思ってなかったことだろう。

けれど、私はそれが耐えられなかったんだと今になって思う。

直接私が怒られるのなら構わない。
けれど違った。
私のせいで、他の人が怒られていた(いるように思えた)。

私は、
私が未熟だからBさんが、Cさんが、怒られてしまった、
私のせいで嫌な思いをさせてしまった。
私が仕事ができないから、
私が不出来だから、
私がダメだから・・・・
だから周りが怒られ、
周りに嫌な思いをさせ、
周りに迷惑を掛け・・・・
と思い、思いつめ、
自分で自分の首を絞め、
そしてついには壊れてしまったのだと、5年経った今になって思う。

今の私だったら、
その場で反論出来るかどうかまではわからないけれど、
最低限、私のせいですみません、位は口に出して言えるだろうし、
そこまで思いつめずには済むと思う。
この5年で、そう学んだから。

一方でこの5年で他を見て比較して、
また客観的に当時の職場環境を見て、
「やはりおかしい」
「今思えば、一種のパワハラ?モラハラ?に近い部分があったかも・・・」
ということも感じた。

そして自分が、肉体的、時間的な無理はできるし、
直接自分が怒られることは大丈夫だけれど、
自分をきっかけに他人が怒られる、
つまりは人に迷惑を掛ける、嫌な思いをさせてしまう、
そういった精神的な無理・負担には弱いということも学んだ。

働く上で、
どういう人間となら相性がいいのか、
どういう環境だと居心地がいいのか、
そしてそれらは私にとって、どの程度重要なことなのか、
少しわかってきた気がする。



この5年で。
私は自分の「取扱説明書」を少し解読できたように思う。
自分らしく、自分にとって居心地がよく、自分を大切に生きるということが、
少しだけわかったような気がする。


正直に言えば今でも、どうしてもどうしても悔しいし、苦しい。
私の人生は八方ふさがりの四面楚歌に見える。
無力感もあるし、ジレンマもあるし、
時に空しく涙も零れるけれど。笑
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テーマ:ひとりごと - ジャンル:心と身体

【2012/07/26 01:40】 | ヒトリゴト | トラックバック(0) | コメント(4)
溢れたコップ 30 (最終話)
気付けばこの自己満足な連載を放置すること4年半。
中途半場に放置するのもイヤだと思って。

また最初に「うつ病」と診断されて会社を辞め、
5年が過ぎた今、思うことも多々あり、
それらを書こうとしたときに、
どうしてもこれを完結しておかなけれなと思ったので・・・
(当時のことは思い出せないことも多々あるけれど)

なんとかこれで完結させようと思う。
かなり強引だけれど。

(これまでの話は、カテゴリー「うつ発症から退職までのハナシ」をお読み下さい)




会社を辞めて4か月が過ぎ・・・
実家と東京、半々の生活が続いた。

季節は冬になったけれど、
減った体重は戻らず、そのまま。

電車は相変わらずキツくて、人ごみもダメで、
東京ではいつもサングラスとi-podが手放せなかった。

2週に1度病院に行き、大量の薬を飲み、
好きだったお酒はほとんど飲まない生活となった。
(発病から1年は、ほとんど飲まなかった)



なんとか「普通」のようにいられる日もあれば、
ダメな日もあり、
そして「何か」ある度に躓き、奈落の底に落とされるという連続。
泣き、布団にくるまり、ミノムシになり。

ただその理由が「会社」や「仕事」であることは少なくなっていった。
勿論会社に対して申し訳ないと思い続けてはいたし、
それが私を苦しめてはいたけれど、
直接的な落ち込みの理由ではなくなっていった。

理由は「伯母」や「自分」になっていった。
東京にいるときは、伯母を受け付けず、
部屋にこもったり家出を繰り返したり・・・。



恐らく、「諦め」みたいなものが生まれていったのだと思う。

コップはいっぱいになったままだったし、
その後も病気は続いた。
ただ、「時間が解決してくれる」という言葉はある意味正解で、
時間が経つごとに、その会社そのものに対する拒否反応は薄れていった。


     *     *     *


私のコップを溢れさせてしまったのは会社。
一度溢れてしまったら、もう元には戻らない。

1滴、たった1滴注ぎ足されるだけで、また溢れる、
その繰り返し。
その1滴がどんな理由であれ、溢れるのは変わりがない。


休むことも大変だったけれど、
なんとか休み、心に休息を与えた。
コップに貯まった水が減って、少し注ぎ足す位では溢れなくなる、
そこに至るまでには結局2年の時間を要した。

「そろそろコップがいっぱいになっちゃうなー」
と自分で気付くようになるまでは、更に1年以上の時間を要した。

私は沢山の時間を犠牲にしたのみならず、
お金や人や自信、職、夢、将来、目標・・・・
本当に沢山のものを失った。
今でもその失ったものたちに苦しめられる。
(特に、どうしても職探しは難航する。
 在籍だけでも残しておいてもらえたら、
 もし私が社会人でなく学生だったら・・・と思わずにはいられない。)


そこまでに犠牲を払っての、今のなんとかの日常だから。
だからこそ、もうコップを溢れさせることなんてしたくない。

落ち込み、泣きながらも、
必要な無理と不必要な無理とを見極め、
自分の心に耳を傾け、
周りに流されず、
自分を大事にしていこうと思っている。



余談だけれど。
会社の友達のKちゃんもその後会社を辞めた。
彼女も病院通いをすることとなった。
同部署にいた唯一の女性の先輩は、他部署に移ったと人づてに聞いた。
そのほかの話は知らない。

(おしまい)
【2012/07/25 02:19】 | ウツ発症~退職までの話 | トラックバック(0) | コメント(4)
うつ日和。


「うつ病、パニック発作」から脱却。日々のことや旅のことなど徒然に・・・

profile

ico

Author: ico
age:33
大学時代はバックパッカー。卒業後海外留学。
日本へ帰国後、半年程の"留学ニート"を経て就職。
ところが働き始めて2ヶ月が経った頃、鬱病と診断されました・・・
パニック発作も起こしつつ、なんとか2ヶ月耐えて働くも、ついに休職。
そして追い出され退職。
周囲の協力の下、なんとか這い上がったはずなのに、気付けばオーバー30、フリーター。
歳は崖っぷち、人生は壁だらけの四面楚歌・・・
でもね、悲観はしてない。
没关系,慢慢儿走!


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