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Awesome!! Myanmer 2016 (7)
Kinpunからバスに乗り、バゴーに到着。

バスを降りると客引きが待ち構えていた。
そのうちの一人が私のバックパックを持ち、しょうがなく彼に付いていく。
ターミナル内のオフィスでチケットを買った。
18時半発、明朝6時カロ―着。
「荷物置いておいていい?見ててくれる?」と聞くと、
「もちろん。大丈夫だよー。」
ということでバックパックは放置して、外へ出かけた。

        Bago terminal
                         バゴーのバスターミナル。

ミャンマーは押しなべて治安が良いし、安全な国。
荷物がなくなる心配をしなくていいのは、
身の危険を感じぜずに済むのは、本当にありがたい。
皆が敬虔な仏教徒だからだろうか。
ただ、
客引きは「客引き」を生業としているわけで・・・・
彼らのマージンが入るし、値段を吹っ掛けられるのが腹立たしい。
日本円に換算してしまえば大した額ではないけれど、
そういう問題ではない、といつも思う。

程度の問題なのだけれど、
私は現地の方と同じ値段で買おうと思ってるわけでもなく、
「ちょっとだけ高い」位でいいかなーというのが本音。
言葉が通じなかったり、気を遣わせたり、何かと面倒もかけてしまうから、
その迷惑料として若干のチップが入った位の値段なら許容範囲。
相手が見えて、その相手が少し豊かになるんだったら、
日本政府の国際援助よりよほど有意義だと思う。
日本のODAなんて、基本的に日本の企業を潤すものだから。


客引きなり、物を買うなりでちょこちょこボラれる度に思い出す話がある。
南米を旅行していた時の事。
その時は日本人の男性2人と一緒だったのだが、
旅慣れたAくんが、大分年上の不慣れなBさんに言った。
(Bさんがそれまでに買った物の値段を聞いて)
「Bさん、歩くODAですね。」
それを聞いて勿論私は爆笑。
でもね、Bさんが納得して払ってたんだからいいのよ。
値段ってそういうもの。
それで得した損したって考えてもいい気分にはならないから。(と私は思う。)


        Bago terminal2
                         ”チンロン”に興じるオッサンたち。

この日のバスでは、久しぶりに?旅行者に遭遇。
ヤンゴンを出て以来、見事に旅人に遇わなかったから。
ドイツ人のパパ、ママ、高校生くらいの息子というファミリー。
パパと息子さんはロンジーを履いてミャンマースタイル。
家族でこうやって個人旅行するっていいね。
もう一人は、イスラエル人の女の子。
イスラエル人らしく、ガッツリと本気バックパッカー。
キャミソールにショートパンツ、そして小柄なのに60Ⅼのバックパック。

ご存知の方もいると思うが念のため・・・。
イスラエルという国は徴兵制であり、高校を卒業すると女子も男子も軍隊へ行く。
そこで基本的に女子は2年、男子は3年お勤めを果たすと、国からお金がもらえるのだ。
恐らく10000ドル位だと思う。
そのお金の使い方は人によりけりだけれど、1年くらいかけて世界を旅する人も多い。
だからバックパッカーをやってると、イスラエル人に遇うことが多くなる。
(イスラエルから来たイスラエル人)
それも、行くのに手間や時間がかかる場所に行けば行くほど多い。
彼らは限られたその予算で長期の旅行をしている為、お金には結構シビアだったりする。
すごく値切るし、自炊したり野宿したり。
とてもとても本気で旅をしているのだ。



一人旅の女子同士で少し仲良くなり、食事休憩の際は一緒にごはん。
彼女はヴィーガンだったのだけれど、
僧侶が多いこの国では日本で言うところの「精進料理」がどこでもオーダー出来るため
(オーダーすれば抜いて作ってくれる)それほど困ってはいないようだった。
英語が伝わればの話だけれど。w


深夜もどこかでトイレ休憩、そして朝5時のまだ薄暗い時間にカロ―着。
寝ていた私はイスライリーの彼女に起こされてバスを降りた。
頭がまだ動かず、「どうしようかなー。とりあえず一服して考えようかな」と思ってると
「一緒に行く?」
と言ってくれたので便乗することにした。
ホテルの兄ちゃんを叩き起こしてチェックインし、ツインを彼女とシェア。
ちょっと寝るという彼女とバイバイして、私はバルコニーで日記を書いて読書をすることに。

ちょうど朝日が昇り始め、小さなカロ―の街が次第に明るくなっていった。
托鉢が始まり、登校する子供たちの姿があり、穏やかな日常が広がっていた。

        Kalow1st day sunrize
                         バルコニーから。
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【2016/06/30 19:50】 | | トラックバック(0) | コメント(0)
Awesome!! Myanmer 2016 (6)
早起き癖が付いたのか、貧乏性故か、ミャンマースタイルに既に染まったのか。
苦も無く5時半に起き準備をし、朝食。
朝からfried rice。

ご飯を食べつつ托鉢を眺める。
子供の出家僧が家やホテル、レストランを回り、
そしてみんなが当たり前に食事を渡す。
これが日常なんだなぁ・・・・。
義務でも見世物でもなく。
いやらしさは全くなく、そこには温かい空気が流れていた。


暑くならないうちに、KyaiKhtiyo(チャイティーヨー)に向かわねば。
先にチェックアウト、荷物を預けてまだ涼しい道を歩く。

           kinpun
                         

ピックアップ乗り場、すぐに見つかるかなぁ・・・という心配は杞憂に終わった。
大きいからすぐにわかった。w

           pick up乗り場
                         改造されたトラック

トラックの荷台には棒が渡してあり、そこにぎゅうぎゅうに詰めて乗る。
ちなみにトラックは日本の中古車。三菱ふそう。
「○○運送」なんていう地方の運送会社の名前もそのまま。

        トラック1
                         ぎゅうぎゅう詰め。

私は一番端っこ。
車が走りゲートを抜けてから料金徴収。

チャイティーヨーに行くには、ミャンマー人も外国人も
皆このピックアップに乗らなければならない。
これが・・・・面白い。
ジェットコースター並み。
もうニコニコ、にやにやが止まらなくなってしまった。
あまりに楽しくてたまらない。
そうそう、これだよ―これこれ。
私はビッグサンダーマウンテンより、こういうのに乗りたい。
風が気持ちよい。

        トラック2
                         山道を疾走

楽しいのは私だけでなくミャンマーの皆さんも同じなようで。
周りのミャンマー人も、僧侶も、みんなスマホで写真撮ったり、
自撮り棒で自撮りしたり。w

           KyaiKhtiyo
                         ピックアップを降りて歩く。

KyaiKhtiyoに着き歩いてると、ミャンマー人男性に声をかけられる。
あぁ・・・ガイド?やだなぁ。
と思ってるとそうではなく、日本人の私と話がしたかったらしい。
26歳の彼は、大学を卒業して、僧侶になって、そして戻ってきたところだと言っていた。

日本語を勉強して日本に留学したい、
どうやって勉強したらいいと思う?
日本でバイトしたらどのくらい稼げる?
日本のどこに住んでるの?
仕事は?

そんな彼の質問に答えながら、そして案内してもらいながら階段を上り坂を上ると・・・・


           Golden rock
                         落ちそうで落ちない石。

           Golden rock
                         金箔でピッカピカ

ご利益がたっぷりありそう。

彼と話しながら見て回り、そして周囲の街?を歩いて午後の移動に備えて退却。


またピックアップでKinpunに戻り、お昼ご飯。
道端にイスとテーブルが並べてある食堂。

        kinpun lunch
                         木陰で気持ちが良い

メニューはミャンマーカレー。

        Kinpun lunch
                         ミャンマー式カレー

ミャンマーは、米をよく食べる。
一人当たりの米消費量は日本の3倍。
カレーをオーダーすると、お皿にごはん山盛りなだけでなく、
ボウルや洗面器に入った「お代わり用」のご飯が出てくる。
さらに、日本の10倍油を食べる・・・。
カレーは、カレーというより「スパイス入り油煮」、
サラダはサラダというより「野菜の油合え」である・・・・。
これが、次第にツラくなっていく。w
油が多すぎるだけでなく、味も単調。
1週間、10日だったらまだいいが、それを過ぎると飽きてしまうのだ・・・。

スープや生野菜、付け合わせはサービス、というかセット。
この日は野菜炒めと納豆。
そう。ミャンマーでも納豆を食べる。
この日の納豆は、若干ウェッティだけど糸は引かない納豆だった。
(シャン族の納豆は糸を引く。)
「油じゃない」ものが嬉しくて、納豆かけごはんにしてしまった。
ご馳走様でした。


ホテルに戻り荷物を取り、バスでまた次の街バゴーへ向かった。
バスは日本の中古。
「降ります」ボタンもそのまま。w

Kinpun自体は何も見どころはなく、あくまでKyaiKhtiyoへの拠点だけれど、
こじんまりしていて
なんだかとてものんびりしていて、居心地が良かった。
機会があったら次は山頂に1泊して、Golden rockのサンセットとサンライズを見てみたい。
【2016/06/29 02:55】 | | トラックバック(0) | コメント(2)
Awesome!! Myanmer 2016 (5)
4時半起床から解放されたこの日は6時半起き。
ホテルの朝食を食べ、チェックアウトして前日に交渉した車を待つ。
(ミャンマーのホテル、ゲストハウスは基本的に朝食込み。
 そして他のアジアの国に比べて、宿泊費が割高だし、ドミトリーも少ない。)


約束通りの8時にドライバーらしき兄さん到着。
「あれ?昨日のオッサンは?」と思ってると、
ミャンマー語オンリーの兄さんはホテルのオーナーを連れてきて通訳を頼む。
「昨日のドライバーは仕事で来られないから、今日は彼が君を連れていく」
ホウッケ~(ミャンマー語でYes)


ということで兄さんの車で出発。
朝なのに既に暑い、いや熱い。
これはほんと車にしてよかったわ。
トゥクトゥクで回るSoe Brothersのツアーにしようかと思ってたけど、
エアコンないと無理だわ。

        Hpa-an load
                         


まず最初は・・・・
           Kyauk Ka Lat Bridge<br />
                         
湖に架かる橋を渡ると

        Kyauk Ka Lat
                         
Kyauk Ka Lat Pagoda (チャウッカラ)
不思議な岩だけど、なんか妙に景色にマッチしてた。

奇岩の麓、入り口にはDonationのオジサンがいて、
少しだけ寄付すると、腕にオレンジの糸を着けてくれ、
さらにカードサイズとカレンダーサイズのチャウッカラの写真をくれた・・・・。
ちょっと・・・荷物に困る。w
岩には階段があり、一応上る。
もちろん裸足。
周りはミャンマー人観光客と、ミャンマー人の僧侶。
ミャンマーの観光地はどこへ行っても僧侶が沢山。
みんなフツー―にスマホで撮影したり、自撮り棒で自撮りしたり。w
普通に日常なのである。

        Kyauk Ka Lat 参道<br />
                         
観光地の前はどこも屋台。
食べ物、飲み物、お土産・・・色々。


次はルンビニ・ガーデン。

           ルンビニガーデン
                         
仏陀が沢山並んでいる。
どこの仏陀もそうなのだけど。
煌びやかで、実際に費用も手間も掛かってるだろうし
人々に大事にされているし、
みんな熱心にお経をあげてるのに・・・・
それなのに、仏陀の顔は手抜きな気がする・・・・・
(すみません)


ルンビニガーデンを抜けると、Mt.Zwegabinの入り口。
ここも管理人のオジサンが座っていて、挨拶。

え、マジで?
これ、ほんとに登るの?
と思いつつ階段を上ると、
パゴダがあり、門があり、さらに階段が続く。

           Mt Zwegabin 1
                         
先に言います。
舐めてました。
というか上るつもりなかったのに、ついつい上ってしまいました。
なーんにも考えずここに来て上ってしまったので、
私、超軽装。大失敗。
足元はサンダル、持ってた水は500mlのペットボトル半分。
これが後々大惨事を招くことになろうとは・・・・

階段を上り・・・

さらに上り・・・・

           Mt Zwegabin 2
                         
山道を歩き・・・・

           Mt Zwegabin 3
                         

さらに階段。
結局2時間かけて頂上のパゴダへ。

        Mt Zwegabin 頂上
                              頂上からの眺め

気温は40℃、水は既になく、ちょっともう限界。まずい。
でもまた降りなければ・・・
「あーーー何やってんだろ。」
ひたすら後悔しつつ、すれ違うミャンマー人に励まされつつ下山するも、
「足がやばい」と不安がよぎる。
ふくらはぎも太ももも、もうプルプル、ガクガク。
ペッタンコのサンダルで山道を本気のトレッキング。そりゃそうだ。

プルプルしつつ水を買い飲んでると、入り口に座ってるおじさんに呼ばれた。
「ドライバーはごはん食べに行ったから。ここに座って待ってなさい。」
椅子を出してくれて、あれこれ話してくれた。
日本人だというとニコニコして
「日本がここにケーブルカーを作ってくれるんだ。」
まじで?こんな田舎のこの山に?
いや、まぁこれ上るのはホント辛いし、眺めはいいからあったら便利だけどさ。
「えーほんとに。」
スマホを取り出して、さらに写真を見せてくれる。
「これが私。これが日本の○○さん。」
会議か食事会で撮ったらしい写真。ケーブルカーほんとに作るらしい。
その日のオジサンはノースリーブにロンジーだったけど、
写真の中ではスーツだった。w

ドライバーの兄さんが戻り、オジサンにお礼を言いバイバイして次へ向かった。

エアコンがありがたい。
足が本気でやばい。

兄さんのスマホに入ってるミャンマー語の歌を聴きつつ次へ。

またちょっと階段を上って着いたのはSadan cave。サダン洞窟。

           Sadan cave
                         
洞窟の中に仏陀があり、パゴダがあり、
そして中は鍾乳洞になっていて、
薄暗くツルツル滑る鍾乳洞をまたも裸足でひたすら歩く。
天井には蝙蝠。
ちょっと一人では歩きたくないような道。

           Sadan cave
                         
やっぱり、こうでなきゃ。
これが「リアル」だ。
ディズニーランドのカリブの海賊じゃなく、
私はやはりこういうところに来たいし、こういうものを体験したい。

洞窟を抜けると・・・湖。
手漕ぎのボートに乗船。

        Sadan cave boat
                         

これ!これが見たかったの。

           Sadan cave
                         
ボートで洞窟を抜けるのだけど、天井がギリギリ。
水の色が「まぁ・・・ね」だけど、なんかいいでしょ。
自然が作ったアトラクション。

ボートを降り、船頭の兄さんに連れられ歩く。

           Sadan cave
                         
ちょっと歩くと水やジュースを売る売店が1軒あり、
そこからバイクに乗ると、洞窟の入り口に到着。ドライバーの兄さんと合流。
ちゃんとコースになってるんだね~

悪路を走り、ローカルの家々を見つつ、
私は「足が・・・」と思いながら次へ。
兄さんのスマホからは、長渕剛の「乾杯」ミャンマー版が流れていた。


さて。Kawgun cave。

           Kawgun cave
                         
ここ、前日のオッサンがお勧めしてくれた場所だったのだけど、
ほんと行ってよかった。
仏陀が並び、さらによく見ると洞窟の壁面、すべて仏陀が彫ってあるのだ。
圧巻。

        Kawgun cave
                         



Hpa-anを駆け足で見て回り、時刻は15時。
兄さんが昨日のオッサンに電話し、私に代わる。
「Kyaitoのバスは夕方まで出ないけどバスターミナルで待つ?
 それか橋のところで待てばミャワディ―ヤンゴンのバスが通るから
 そのバス捕まえて乗ったほうが早いと思うよ」
「じゃあそうします」

橋のところのカフェ(というか売店にイスとテーブルがあるだけ)でバスを待った。
兄さんは私を降ろして帰るのかと思えば一緒にバスを待ってくれた。
さらにカフェのスタッフさん、お客さんみんなでバスを待って、
それらしきバスや車が通ると聞いてくれる。
あぁぁ、みんな親切。優しい。
チェーズティンバーデー。(ありがとうございます)


        AH1
                         
道路標識を見て気が付いた。
「AH 1」の表示。
ここ、アジアンハイウェイ1号線なんだ。
そう気づいたら感動、興奮。
(このあたりがつくづく旅人。w)



30分ほど待つとボロボロのバスが通りかかり、兄さんが止めた。
ヤンゴンへ向かうバスで、Kyaitoをまで乗せてくれると。
皆にお礼を言い、兄さんにお礼を言い、バスに乗り込んだ。

バスはホントーにボロボロで、中には人がぎっしり乗ってたけど、
私のために一番前の席を空けてくれ、座らせてくれた。
チェーズティンバーデー。

           to Kyaito Bus
                         バスの中。韓国の中古車。

バスは(どのランクのバスも)ドライバーさんと車掌さんでペア。
人を乗せたり、降ろしたり、お金を徴収するのは車掌さん。
料金所に着くと、飛び降り走ってカウンターへ行く。

道で追い越しをかける時、ドライバーさんはクラクションを鳴らす。
それは「どけどけ」という意味でなく、
「後ろから追い抜くからね、気を付けてね」という意味なのだ。
そして追い抜いた後、車掌さんはドアから乗り出し手を振ってお礼を言う。
ずっとこの調子。相手がバイクでもそう。
なんだか・・・温かくなってしまった。
そして日本的だなーと思った。
日本も、ハザードやライト、手で合図するから。


生暖かい風が眠気を誘う。
Kyaito到着までの2時間半、車掌さんのやりとりを見つつ、ウトウト。


Kyaitoに到着すると、私の荷物は待ち構えていたバイタクのオッサンにパスされる。w
ミャンマーが安全だってのは既に実感してたけど、
それでもいきなり荷物が渡されるのはちょっと不安になる。
バスの皆にお礼を言い、バイタクへ。
向かうはKinpun。

風が心地よい。
だからバイタクは大好きだけど、
一方でノーヘル、軽装、バイクは整備不良、道は悪路・・・
ここでバイクが転んだら、私どうなるのかな・・・といつも思う。w
ケガしても、こんな田舎の病院に搬送されるのは嫌だな・・・って。

Kinpun着。連れてってくれたホテルはちょっと高かったけど、(2,500円)
コテージスタイルでとても綺麗だったし、スタッフさんの感じも良く、
なによりもう足が限界だったので、そこに泊まることにした。

ビールを飲み、夕食を食べて、シャワーを浴びようとしてびっくり。
ふくらはぎがパンパンに腫れ上がっていた・・・・。


教訓。
トレッキングはトレッキングシューズか登山靴、最悪でもスニーカーを履きましょう。
【2016/06/25 04:02】 | | トラックバック(0) | コメント(2)
Awesome!! Myanmer 2016 (4)
3連続目の4時半起床。

旅の謎なのだけど、いつも日本にいるときは朝が苦手な私なのに、
海外にいるとすんなり起きられる。w
頑張らなくても、目覚ましをかけなくとも早起きが出来て、
朝から散歩すらしてしまったりする・・・・。
貧乏性故、「時間を無駄にしたくない」と無意識に思っているのだろうか。


前日お願いしたタクシーのドライバーさんは、華僑かなぁという風貌だった。
でもよくわからない・・・・。
同乗者のカップル?若夫婦?も東アジア系。
バックパッカーでないこの二人は・・・どこの国の人だろう?と思いながら
「Hi!Good morning!」
ととりあえず英語で挨拶を交わした。


話は脱線するけれど。
(あまり詳しくないので間違ってたら申し訳ありません。)
ミャンマーは他民族国家である。
一番多いのはビルマ系
もともとは昔々に中国の雲南の方からやってきた民族らしい。
そしてインド系。
歴史を見れば、ミャンマーは英緬戦争の後にイギリス領となったわけだけれど、
当初はイギリスが直接統治していたのではなく、
先にイギリス領だったインドから人が来てミャンマーを統治していたから。
イギリスの名のもとにインドからインド系の役人がやってきて、
その後労働者も流れてきて・・・その末裔が今のインド系。
それから中国系。
言わずもがなの華僑である。
そしてシャン族(タイのシャム族とルーツは同じ)やバオ族、ダヌ族などの少数民族。
全部で135の民族が暮らしていると言っていた。
ちなみのちなみに先述のシャン族は、ビジュアルはかなり日本人に近い。



さて、タクシーは朝の渋滞の波に乗る。
後部座席にいた男性がいきなりドライバーさんに向かって中国語で質問。
あ、中国人だったのね。
と思うとドライバーさんも中国語。
あ、やはり華僑だったのね。
こうなるともう黙ってはいられないので
「我们先要去机场呢」とドライバーさんに聞き、
「你们是中国人吧」と二人に声をかけた。
中国人カップルは深圳人だった。
「去年日本に行ったよー!!すごく良かった!!
 牛肉がめっちゃ美味しかったけど、すごく高かった・・・」と。
神戸牛かな?人気だし。

ドライバーさんは、最初は頭がうまく切り替わらなかったようで、
私が中国語で話す⇒彼は英語で答える⇒私はまた中国語で答える⇒また彼は英語で答える
という他人が見たらちょっと謎な会話だったけれど。w
ヤンゴンとマンダレーは、華僑も移民も仕事で来てる人も観光客も多いと言っていた。(中国人が)


空港でカップルを降ろし、アウンミンガラー・ターミナルへ。
「げげっ!!」
と思うくらいの大きなバスターミナル。というか広場。w
そしてそこには無秩序(に見える)にバスが沢山、タクシーも沢山。

        アウンミンガラー
                         無秩序にバス、タクシーが溢れている。

これは、自分一人でバスを見つけるのは不可能だわ・・・・。
ドライバーさんがバス会社のカウンターまで連れてってくれ、
さらに私が乗るバスまで確認し、教えてくれた。
あぁ~ありがたや~。太谢谢你了!

        アウンミンガラー売店
                         売店がたくさん


           肉まん売り
                         この日の朝食、肉まん。ケチャップ付き。

朝食を調達し、ベンチに座って食べつつ小一時間待つ。
なんだか視線を感じるなぁと思ったら、小さい女の子にジ――――っと見つめられていた。
ニコっとすると、その子もニコって。
なんかいいよね。こういうの。

荷物を預け、バスに乗車。目指すはHpa-an。
(所要時間6時間、5000kyat)
車内ではひたすら睡眠を補った。
そしてお昼、どこかのサービスエリア?食堂?でランチ休憩。

        to Hpa-an SA
                         サービスエリア。バスが次から次へと。

これが噂のごはん休憩!
いろんな人の旅行記で、ミャンマーのバスは昼行便も夜行便も、絶対に食事休憩があり、
寝ていようが問答無用で下車させられると聞いていたのだ。
暑さで食欲もないので、ブドウを買って終了。


Hpa-anに着きバスを降りると客引きが待ち構えていた。
ホテルを紹介してもらい、翌日の車を交渉。

荷物を置いて、またも40℃を超える暑さの中、一人で街を散策。

        カンターヤー湖
                         カンターヤー湖。


        Hpa-an FD
                         Hpa-anの消防署。車両は日本のおさがり。


        Hpa-an market Resturant
                         市場内の食堂?屋台?


           Hpa-an market Fish
                         魚屋さん


        Hpa-an market Fruts
                         果物屋さん


           Hpa-an 尼さん
                         尼さんはピンクの袈裟


街をのんびり一周し、ホテルで汗を流してから夕飯を食べ、ミャンマービールを飲んだ。
ミャンマービール、うまい!


夜、ホテルのベランダで一服。
ただでさえ電力事情がよろしくなく停電が頻発するくらいなので、
街灯もほとんどないし、家の明かりも薄暗い。
そしてヤンゴンと異なり田舎のHpa-an。
星がよく見える。
見上げていたら、流れ星が見えた。
【2016/06/24 04:18】 | | トラックバック(0) | コメント(2)
Awesome!! Myanmer 2016 (3)
4時半起き2連続目。

まだ薄暗い中準備をして、空港までの送迎車に乗り込むと同乗者1人。
みんな、朝早くから大変だね・・・。
ドライバーさんが「どのターミナルだ?」と聞くので答える。
同乗者は中国語がわからないようで、ドライバーさんも英語は出来なく・・・
困るよね。うんうん。
それにターミナル違ったら後で移動が大変だし。

通訳してから「どこの国の人?」と聞くと「ネパール」とのこと。
仕事で来て、これから温州に行くと行っていた。
ネパール行ったことあるよ~良いとこだよね~
カトマンズは地震あったけど、その後どう??などと話してる間に空港到着。


ヤンゴン行きは昆明乗り継ぎなのでまた昆明で飛行機を降り、
係員に連れられ昆明空港を歩き・・・・中国の出国手続き。
時間がない中急いで免税店でタバコだけ買ってまた飛行機へ乗り込む。
昆明は、というか雲南省は是非とも行ってみたい場所なのだけれど、今回は空港のみ。涙
それもほんとに少しの時間だけ。
飛行機の窓にへばりついて街を眺めた。
名残惜しきことこの上なし。



お昼、ヤンゴン上空に差し掛かる。
上空からも金に輝くパヤーがいくつも見える。
太陽の光を反射し、キラキラしていた。
私はと言えばあまりの眠さで頭フラフラ。

ミャンマーで一番大きいヤンゴン空港だけど、こじんまりした空港でとても便利。
清潔感が溢れ、比較的新しくとてもきれい。

           yangon airport
                     ヤンゴン空港国際線ターミナル

ATMでお金をMAXの300.000kyat(約28000円)降ろすと、10000kyat札が30枚。
(この時は10000kyat札だったが、高額紙幣は流通が少ないので、
 後日他のATMで300,000kyat降ろした時は5000kyat札だった。
 お札、60枚。w
 10枚づつ束にして腹巻に入れたけど、半端ない量だった・・・・
 話には聞いていたけれどびっくり。)
一部は財布へ、残りは腹巻。
腹巻がパンパン!これでは巻けない。w

タクシーのチケットカウンターでダウンタウンのゲストハウスまでのタクシーを頼む。8000kyat。
係りのお姉さんに連れられてタクシー乗り場へ。
係りの人は当たり前だけど・・・タクシーのドライバーさんも、フツーに英語が通じる。
アジアだなぁ、と思う。
そしてミャンマーはイギリス領だった歴史があるから猶更かもしれない。


これまた話には聞いていたけれど、タクシーはトヨタ。日本の中古車。
タクシーに限らず、走ってる車はほぼトヨタ。
そして日本の中古車をそのまま使ってるので右ハンドル。
ミャンマーの道路は、車両は右側通行・・・・w
右側通行なのに95%の車が右ハンドルという、なんとも笑える状況だったけど、10分もするうちに慣れた。
だって周りも同じなんだもん。

タクシーの窓から外を眺め、その緑の多さにびっくりした。
豊かではないけれど、「貧しい」という感じがあまりないのだ。
貧しさからくる危ない雰囲気や、汚さがない。言うならば「清貧」。
さらに思ったほど汚くない。
外は42℃という酷暑だが、虫が湧いてる感もない。
もちろん日本のように清潔ではないけれど。


           yangon downtown
                         ダウンタウン。ホテル近くにて。

スーレー・パヤー近くのゲストハウスにチェックインして、
ドミトリーの自分のベッドに荷物を置き、靴からサンダルへ履き替え、
まるでサウナのような外へ出た。
こういう暑さはインド以来。

あぁ、アジアだな。
久しぶりにアジアに来たなぁ、と心の奥からワクワク。
そうそう、この音、この喧噪。
食べ物のにおい、排気ガスのにおい。人のにおい。
人が生活しているんだと実感せずにはいられない。

街を歩く人は老若男女問わずロンジーを履き、女性は顔にタナカ。
(若者は洋服で普通にメイクしてたりするけど。)
遠くには金ピカのパゴダ。
あぁ、ミャンマー。


           ボージョー・ゼー
                         ボージョー・ゼー

バスのチケットを買った後、ボージョー・ゼーでロンジー購入。
今回ボトムスは、日本から履いてきたパンツ1本のみだったので。
縫いあがったロンジーをその場で履き、履いてたパンツは袋へ。
ロンジーは涼しくて快適。


           yangon
                       どこにも僧侶がいっぱいいた。

時間もあるし、歩くのが基本の私なので
(バスでもいいけど、市内のバスは全くわからない。
 ミャンマー文字は全然読めないし。)
くそ暑い中ブラブラ歩いてダラダラ汗をかきながらシュエダゴォン・パヤーへと向かった。


        シュエダゴォン・パヤー入り口
                         シュエダゴォン・パヤー参道入り口

狛犬かシーサーか・・・という雰囲気のライオンの間を通り、靴を脱ぎ、参道をひたすら上る。
暑いし、普段から運動してないし、とにかくキツイ。
この後約1か月、私は日々ひたすら階段や坂道を上ることとなる。w

        シュエダゴォン・パヤー参道
                         シュエダゴォン・パヤー参道。

登った上のカウンターで、外国人は入場料を払う。8.000kyat。
(ちなみにこのパヤー、無料でWi-Fi使えます。)


そこには金色にピカピカ輝くパヤー。

           シュエダゴォン・パヤー
                         金色に輝くパゴダ。

ほんっとにピッカピカ、金キラキン。ただただ圧倒。
やっと、やっと来られた。
10数年越しの、憧れのミャンマー。


熱せられた地面がとにかく熱く裸足が辛いが、
ガイドの勧誘をゆるっと断りつつ、パンフレット片手にのんびり見て回り、
ミャンマー人に紛れて座って日没を待つ。

5時になり、6時になり、人がどんどん増え始めた。
仕事を終えた人がここへやってきてお祈りをするんだと気が付いた。
外国人にとっては観光地だけれど、
ロコにとっては間違いなく祈りの場で、日常の一部。神聖な場で、特別な場所。
それをカメラで撮るのはなんだか申し訳なく、
またこんな煩悩だらけ、邪念の塊の私は恥ずかしく・・・・
なんだかホント、すみません、という気分。

        シュエダゴォン・パヤー 夕暮れ
                         夕暮れ。どんどん人が増えていく。

良く晴れた日中も綺麗だけれど、夕暮れ時や夜のライトアップはもっときれい。
暗い空と、ライトに照らされて黄金に輝くパヤーの対比が美しい。

           シュエダゴォン・パヤー 夜
                         ライトに照らされるパゴダ

暗い参道を降り、タクシーでダウンタウンへ戻り、屋台でごはんを食べてゲストハウス。
レセプションで翌朝のバスターミナルへのタクシー手配をお願いすると、
「空港へいくお客さんがいるけどシェアする?」とのことで、タクシーシェア決定。
5:45出発と言い渡され、これで3日連続で朝4時半起きが決定したのだった・・・・。



*このペースだと旅行記が終わらないので、次回からちょっと考えます。
【2016/06/22 04:28】 | | トラックバック(0) | コメント(2)
Awesome!! Myanmer 2016 (2)
GW明けの5月某日。

久しぶりのバックパッカーにただひたすらウキウキ。
それはもう、
朝4時半起きだろうが、睡眠時間1時間だろうが、12㎏の荷物を背負っていようが、
そんなのお構いなしにスキップしちゃうくらいの浮かれっぷり。

朝一の電車で成田へ向かい、手続きをして、
ラウンジでコーヒーと軽食を頂いてゆっくりして。
時間が来て、飛行機に乗り込んだ。
何度飛行機に乗っても、私はこの乗り込む瞬間が好き。
ついでに言うと、離陸して「あー、日本を離れるんだ」という瞬間と、
飛行機が着陸して「着いたなー。これから何が起こるんだろう」という瞬間も大好き。



騒々しい乗客たち。
乗って早々に物を食べる女性。
シートベルトのサインお構いなく歩き回る人々。
愛想の悪いCA。
落ち着きなくトイレへ往復する女性。
席を占領し靴のまま寝る男性。

機内へ足を踏み入れると、そこはもう中国だった・・・・・w


いや、慣れてるけどさ。w
慣れてるけど、いつ見ても気分が良いものでなく、そして
「あぁ、中国はまだ中国だなぁ。やっぱり中国だなぁ」と実感してしまう。
そして私は日本人だっていうのに、当たり前に(英語でなく)中国語で
「你要喝什么?」
「鸡肉饭?海鲜面?」
と聞かれ、ついつい反射的に
「你有什么果汁呢?」
「鸡肉饭」
と答えてしまうのである・・・・。
いや、慣れてるけどさ・・・・。


現在、成田―ヤンゴン間はANAの直行便が就航しているけど、どうしても割高である。
仕事を辞めた身としては多少の時間はあるし、お金も節約したい。
安い経由便を比較検討した結果、行ってみたい街だった成都経由の中国国際航空を利用することにしたのだ。
中華系エアラインは、乗り込んだ瞬間から中国を味わえるのである。

ちなみに航空券、ホント安かった。
同日乗り継ぎはできないので成都で1泊しなければならないけど、
エアライン側で無料でトランジットホテルを用意してくれるし(要予約)、
私にとってはもう、願ったり叶ったり。


        成都空港にて
                         成都空港にて。空港もパンダ、パンダ。

4時間半で四川省成都に到着。
ホテルの無料送迎で空港近くのトランジットホテルへチェックインし、荷物を置いて、
タクシーを呼んでもらって中心部へ。
ドライバーさんはなかなか良いお兄さんで、
成都のお勧めの場所や九寨溝の話をアレコレとしてくれた。


ホントはパンダ繁育研究基地に行きたかったけれど時間が足らず泣く泣く諦め、
向かったのは宽窄街。
トリックアートがなんだか少しペナンみたいだな~と思いつつ。
大勢の中国人観光客を眺めつつブラブラ。


           肉まん
                         肉まん、野菜まん。蒸したてホカホカ。

「老号无名包子」にて肉まん購入。
確か1個2元(約33円)也。
日本でも本場の中華料理はいくらでも食べられる。
中国人の友達は「日本で中華食べたほうが美味しい」と言ったりさえする。
でも、こういう小吃の類は、中国で食べる味には絶対に敵わないといつも思う。
肉まんや小籠包、生煎、粽、焼売。
どれも日本の中華街でも売ってるけど、中国で食べるそれとは比べものにもならない。
なんで?

肉まんを食べてから向かったのは熊猫邮局。

        熊猫郵便局
                         熊猫郵便局

パンダの街である成都は、至る所パンダで、パンダ郵便局まである。w
中では色々なポストカードが売られており、切手の販売もしている。
ここで切手を買い、中にあるポストに投函すると、
「パンダの消印」を押してくれるのだ!!
それを聞いたうちの家族は
「えーーーー!!!郵便送って!!!」
とのことで、リクエストに応えるべくポストカードを書き投函。
(何故か日本に到着するまでに20日もかかった。パンダが運んでるのかしら?)


さらにブラブラ歩く。
海外へ来ると、ひたすら散歩。
ジューススタンドで西瓜ジュースを飲み、
毛沢東主席を見て中国を実感。

           毛沢東主席
                         毛さん。見るたび中国を実感。


大都市なんて、どこも似たようなものだけど。
そんな似たような大都市にいながら毛沢東の像をみると、
「中国にいるんだなぁ」と実感してしまう。

夕方近くなり、早めの夕飯へ。
まだ夜の営業時間前だったけど「中で待ってていいよ」とのことで、席に座って涼む。

           麻婆豆腐
                         陳麻婆豆腐本店にて。

成都と言えば!!
陳麻婆豆腐。
麻婆豆腐の発祥の店である。
日本にもお店があるけれど、味が違うし本場はうまい。
花椒がよく利いており、辛いというより痺れる。
辣でなく、麻。
一人汗をダラダラ流しつつ麻婆豆腐をアテにビールを飲んだ。
当たり前によく冷えたビールが出てくるあたりに、時の流れを実感してしまった私である。w


さて。
お腹も満たされたので地下鉄に乗り、また歩いて錦里歩行街へ。
きれいだけど、作り物の観光地。
中国はどこへ行ってもこんな感じ。
まぁ日本も一昔前はそうだったしね。

           錦<br />里歩行街
                         中国テイスト溢れるスタバ。

「お前はモデルか!!」
と突っ込みたくなるようなポーズをとって写真撮影する中国人たちの姿を楽しんでブラブラ。

日も暮れ始め、そろそろ帰ろうかと思い時間を見てびっくり。もう20時。
そうか、そうだよね。
広大な中国だけれど、アメリカやカナダのように国内の時差はないから。
首都北京や上海で「ちょうどいい時間」だと、西へ行くと日暮れが遅いんだ。

タクシーを拾ってホテルへ。
当たり前にWi-Fiは使えるけど、当たり前にLINEもface bookも使えない国、中国。
メールだけ送って、翌朝の早朝便に備えてさっさと眠った。
明日はいよいよミャンマーへ!


久しぶりに、ほんとーーに久しぶりに訪れた中国は、
間違いなく発展を遂げている中で、変わったものもあり、変わってないものもあり。
相変わらずイラッとさせられたり、一方でホッコリしたり。
相変わらず自分の感情さえもが忙しくなる国。

成都は、当たり前だけど半日じゃ全然足らない。涙
まだまだ行ってみたい場所も、食べてみたいものも沢山。
成都近郊にも行きたいし、九寨溝にも行きたいし・・・
近いうちに是非再訪したい。
成都に限らず広い中国は、まだまだ行きたいところがいーーっぱいだ。
【2016/06/21 03:03】 | | トラックバック(0) | コメント(2)
Awesome!! Myanmer 2016 (1)
はじめて海外に行ったのは、二十歳の時だった。

大学の友達と女子二人旅。
行先はタイ。
どうってことのない旅だったけど、うまく言えない何かが私の全身全霊全てを刺激した。


私を包み込む音、空気、におい、色、景色・・・・そういうもの。
全て日本とは違うそれらのものが、私を包み込んでいる。
私は、私という物体は、日本じゃない、普段とは違うどこか異質な空間にいる。
気を抜いたら、私はその異質な空間に取り込まれてしまいそうにさえ思えた。
まるでブラックホールのように。

そういう感覚が、新鮮でエキサイティングで・・・・圧倒された。
私はもっともっとそういう感覚の場に身を置いてみたいと思った。
日本では見られないものを、もっともっと見てみたいと思った。


それから。
バイトをし、節約をし、とにかく旅費を貯めて休みになると旅に出た。
今でも愛用しているkarrimorのバックパックを背負って。



中学生のころ、歴史の教科書で見たタージマハルを見たい、
ガンジス河を眺めてみたい、と思ってインドへ行き。

ユーラシア大陸の西の果てに行ってみようと思い、ヨーロッパ周遊をし。

先住民族の村に行くべくメキシコへ行き。

ウユニ塩湖を見に南米へ行って。


楽しい思い出が沢山あるだけじゃなく、
恐い思いをしたこともあるし、、辛くて泣いたこともある。
高山病で吐いて鼻血を出したこともある。w

そのすべてが私にとっては貴重な宝物。



今、旅の仕方はその時それぞれで、臨機応変になった。
ここ数年、近場にはよく行ってたけど、それはバックパッカーではなく、
スーツケースを引いてシャングリラに泊まるような旅だった。
それもそれで楽しい。


一方で、やはりバックパッカーも楽しい。
お金の問題ではなく、このスタイルで旅をすることが、一番その国の「リアル」を見られる気がするから。
その国の人たちと近い距離で、肌で感じられる気がするから。
そして、沢山の人に出会えるから。

バックパッカーは、日本人も欧米人も、往々にして高学歴で頭のいい人間が多い。
最低限の英語を話し、メジャーな観光地以外に興味を持ち、
自分で全て手配をして自分で責任を取りながら、自分で判断をして実際に行く、
そういうことが必要なわけだから、考えてみれば頷ける。
彼らと会い、話をすることもまた、私にとっては楽しみの一つなのである。
(どうでもいいけれど、私は子供がいてもバックパッカーをやりたい。w
 自分がバックパックを背負い、子供にも小さいバックパックを背負わせて。
 子供の手を引いて、現地を歩いて。
 子供をローカルの子供たちと遊ばせて。
 もしこの先自分に子供ができたら、チャレンジしてみたい。
 もちろん場所は選ぶし、長距離移動はしないけど。w)



行ってみたい国はまだまだ沢山ある。
実際、かつて「行こうと思った国」や「計画を立てた国」もいっぱいある。
その中で今回行くことに決めたのがミャンマーだった。

今、民主化へと歩き始めたミャンマー。
ミャンマーの今を見たいと思った。
既に観光客は沢山いるけれど、この先もっともっと観光客が増えるだろうその前に行かなければと思った。
シュエダゴォン・パヤーや、バガンの仏塔群でサンライズとサンセットを見て、
仏教の中に身を置いて、
心穏やかになろうと思った。


10年以上前、ミャンマーへ行こうと思って調べた時は。
外国人はミャンマーへ陸路で入国ができず、バンコクから飛行機で行くしかなかった。
外国人が行ける場所は制限されており、面倒なことも多かった。
外国人が泊まれるホテルや、乗れるバスも限られていた。(今でも一部そう)
ビザの申請も、予定表や在職証明、在学証明を出す必要があった。

10年前、まだLCCもなかった時代。
ミャンマー行の航空券はなかなか割高で、
また期間が決まって旅をする身には、バンコクでチケットを現地調達する時間も惜しく、諦めた。


時は過ぎ、今。
いつの間にかタイや中国、インドから陸路でミャンマーに入れるようになっていた。
制限されているエリアもあまりなくなったし、
ヤンゴンとマンダレーは、LCCすら就航している。
VISAの申請は、予定表も要らない。申請書に、行く予定の都市を記入するだけ。
在職証明も要らない。
ミャンマー大使館に行けば、翌日には発行されて戻ってくる。
おまけにe-VISAまである。
一人びっくりした。


桜が満開だった4月、私は大崎駅を降り目黒川の桜を眺めつつ、
やはり桜が満開のミャンマー大使館でVISAをもらった。
(* 2016年6月現在、観光ビザはシングル28日のみ。)

        目黒川
                         桜満開の目黒川



働きながら、毎日のように地球の歩き方を眺め、
trip adviserを見て、日本人や欧米人の個人のブログを読んで情報収集をし、計画を練った。


そして5月、念願のミャンマーへ旅立った。

        back pack
                         旅の伴

【2016/06/20 02:30】 | | トラックバック(0) | コメント(4)
お知らせ
思うところあり、過去記事の多くは非公開にしました。
過去そして今も訪れる方が多いものや続きものは公開にしてあります。


いつからか、もうすっかり精神科に行かなくなり、薬も飲まなくなり、
病的に鬱な気持ちになることもなくなり。
それでもなお「鬱ブログ」にしているのはどうかと思ったのが大きな理由です。
私自身が、過去の鬱という大きな亡霊に付き纏われたくないと思いました。

一方で私のこれまでの軌跡や(大それたものではありませんが)、
ここに来てくださる皆さんとつながるきっかけになったもの、
そして沢山のコメントまでも非公開にしてしまうのは淋しい気持ちもあり、
また過去があるから今の私がいるという思いもあり・・・・
一部のみ公開にするという形をとることにしました。

ほんの一部の記事であるうえ、大変おこがましい話ではありますが、
今なお鬱やその他のご病気に苦しんでる方が、
私のように回復した人もいるんだと、少しでも希望を持って頂けたら、
暗闇の中で迷子になってる方が、少しでも光が見えそうな気になってくださったら・・・・とても嬉しく思います。



今後の当ブログの方向性は未定ですが、
恐らく気が向いたときに、思ったことや起こったことを徒然と書くものになるだろうと思います。
かつてのように頻繁に更新をする自信もうまく書く自信も全くありませんが、
それでも温かく見守り、読んでくださる方がいらっしゃれば、大変光栄に思います。

ご理解のほど、どうぞよろしくお願い致します。
【2016/06/10 23:44】 | ごあいさつ | トラックバック(0) | コメント(6)
帰国
無事に日本へ帰国致しました。
ホントすごーーーーく楽しかった!!


日本人が旅行してる時期ではないので
「今回は欧米人バックパッカーと一緒だろうな」
と予想はしてましたが、案の定。
結局10日近くイスラエル人の女の子と一緒に旅をしました。

チリ人含め2泊3日で60キロ、インフラなしの現地の村にステイするトレッキングに行き。
料理教室に参加し。
フランス人と自転車漕いで滝を見に行き、その後ビールで乾杯。
ベトナム人と船に乗り冗談を言い合って。
イタリア人、ドイツ人のイケメン高身長3人とトラックチャーターして観光。
現地在住の中国人と仲良くなり中国人コミュニティに潜入。
そして、青空や夕焼け、サンライズに浸り一人で感動してみたり・・・


盛りだくさんの内容だったうえ、
ビックリする位に治安が良くて安全で、みんなが親切で優しくて。
素敵すぎて、温かすぎて、涙が溢れるくらいでした。
感謝でいっぱいです。
お気に入りの国の一つになってしまったので、また行きたいです。行きます。


余裕があったらまた旅行記でも書きたいと思いますが、
取り急ぎご報告まで。
【2016/06/07 02:42】 | 日々つれづれ | トラックバック(0) | コメント(10)
うつ日和。


「うつ病、パニック発作」から脱却。日々のことや旅のことなど徒然に・・・

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ico

Author: ico
age:33
大学時代はバックパッカー。卒業後海外留学。
日本へ帰国後、半年程の"留学ニート"を経て就職。
ところが働き始めて2ヶ月が経った頃、鬱病と診断されました・・・
パニック発作も起こしつつ、なんとか2ヶ月耐えて働くも、ついに休職。
そして追い出され退職。
周囲の協力の下、なんとか這い上がったはずなのに、気付けばオーバー30、フリーター。
歳は崖っぷち、人生は壁だらけの四面楚歌・・・
でもね、悲観はしてない。
没关系,慢慢儿走!


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