スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告
おとんの話。 -娘が鬱になった時-
前回の話はコチラをお読み下さい。


父と仲良くなり、普通に話し、お腹を叩き合う仲になった今でも、
私は、大事な話は母にのみ話す。
どうしても父に話す気にはなれない。話せない。
そして、父も私には直接聞かない。

今回に限らず、どんな時でもそう。
父は母に「icoはどうしてるんだ。大丈夫なのか。」
と聞くそうだ。



鬱病だと診断され、2ヶ月が経ち、休職する時もそうだった。
電話で泣きながら母に伝えたのみで、
父には、私の口からは何も言わなかった。

結局、例の如く母が父に伝えると、

 「オレにはそういう病気は理解できない
  オレは今まで、爺さんや婆さんを看取って、お袋を食わせ、
  この家を維持するために必死に働いてきた。
  だからそういうのは解らない。」

と言ったそうだ。


頭にきた母が

 「じゃあ、アナタはicoが鬱じゃなくて癌だったらよかったわけ?

 「胃癌の人に飯食えって言ったって無理な話でしょう。
  心臓に穴が空いてる人に、走れって言ったって無理でしょう。
  それと同じように鬱の人に働けって言っても無理なのよ。」
  
 「アナタは自分の予想外の事が起きたから気にいらないんでしょ。
  自分の子供が病気なんだから、
  守ってあげるのが親の務めでしょう。」

そう言うと、父は黙ってしまって、

 「う~ん・・・そうだよなぁ・・・・・」

と言ったそうだ。
(既にお気づきかも知れませんが、我が家は完全に”かかあ天下”です。笑)


そして
 「鬱ってどんな病気なんだ?」
と聞く父に対して、母は
 「自分でネットで調べてみれば。
  去年、アナタが『大腸癌かもしれない』って大騒ぎした時は、
  散々自分で調べてたじゃない」
と一蹴したとか。
(一人で大騒ぎして、結局何でもなかったんですけどね。苦笑)


その後は
 「icoは大丈夫なのか?」
 「いつ(実家に)帰ってくるんだ?」
と母に毎日聞いていたらしい。

 

現在、鬱病はそんなに珍しい病気ではないし、
父の友達にもウツの人はいる。
でもまさか、
自分の娘が鬱になるとは思ってもいなくて、複雑だったようだ。
なんで???なんでicoが????そう思ったらしい。
また、ある意味、私は父にとって自慢の娘だったらしく、
その私が会社を休職することになって、とてもショックだったらしい。
残念、疑問、衝撃、そんなのが入り交じった感情だったのだと思う。
認めたくなかったのだと思う。
私は、父の反応は当然のことだと思っている。


だからそんなのもあってか、
実家で静養し始めて最初の頃は父に気を遣ってた。
あまり顔を合わせない様にしていたし、
鬱の辛さも口に出さないようにしていた。
「お前、早く寝ろよ」
という父の何気ないひと言が辛くて、陰で涙したこともあった。
心配してそう言ってくれていたのかもしれないが、
当時の私には、マイナスの方向にしか考えられなかった。

ちなみに今では、「私が実家にいる」ことが当たり前になり、
私が「東京に行く」と言うと、
「なんで?」「いつ帰ってくるんだ?」と言われるという状態。
私がいることを当てにして、
自分は一人で遊びに行っちゃったり。笑

恐らく、”慣れ”だと思う。

私が毎日家でグータラしていることに慣れたのだろう。
また、諦めがついたのだろう。



私は、父は理解がない人だとは思ってない。
私より真面目な人だし、
暖かい人だってわかってる。
真っ当な人間だって十分にわかってる。
日本に帰国する時に言ってくれた(間接的にだけど)台詞は
父の大きさを私に教えてくれた。
私はその台詞を一生忘れない。
父の生き様も、カッコイイと思っている。


でも、それでも父に直接何か言うことは、
言いづらく、歯痒く・・・どうしてもダメなのだ。
お互い様だけど。笑



会社を辞めることになったとき、
こればかりはどうしても、自分の口から父に言わなきゃと思い、
機嫌の良いときを見計らって、
意を決して

 「おとーん・・・、あのさ・・・・
  会社、辞めることにしたから。
  今のままでいても、お互いに良くないし・・・・」

と緊張して言うと、

 「まぁ、しょうがないだろうな。」

のひと言で終わった。


あれだけ緊張して、考えて、時期を見計らって言ったのに、
「ひと言かよっ!!」とツッコミを入れそうになった・・・・

「どうだった?」
と聞く母に伝え、二人で爆笑した。



最初は、鬱を受け入れてくれなかった父だけど、
今は一応受け入れてくれている(?)ようで、
自分は忙しく働いているのに
私が寝てばかりいても、
タダ飯食っていても、
ダラダラして遊んでいても、何も言わない。
むしろ毎日実家にいるようになったことで、さらに仲良くなった気がする。




私は、うちの母の様な人の方が珍しく、
父の反応の方がフツーに近いのでは、と思っている。
親だって一人の人間だ。
そして人間だからこそ完璧ではない
完璧ではないから、拒否反応だって起こすし、
なんでうちの娘が?と認めたくない気持ちもあるだろう。
受け入れることもできないかもしれない。

血は繋がっているとは言え、
生まれてから(私にしてみれば)18年間一緒に暮らし育ててきてくれたとはいえ、
子供は親の所有物ではないし、
そして親と子は、考え方も、性格も違う他人なのだ。
生きてきた時代、生きている時代だって違う。


鬱を受け入れられるかというのは、
その人のキャパシティや感受性、経験の問題なのかな、と最近思う。

例えばうちの母は、若かりし頃、
今だったら鬱と言われてしまうだろう状況になったことがあるらしい。
また数年前、更年期障害で、どうしようもない不安に駆られたとか。
パニック発作の様なものも起こした。
また子供に対する愛情が人一倍深い人だから、
辛さも、苦しさも、理解してくれ、私を受け入れてくれた。

一方父は、母曰く「全くモノを考えない人」「諦めのいい人」で、
恐らく鬱とは無縁の性格をしている。
だから「理解できない」のだと思う。
それでも”慣れ”と”諦め”もあり、
今ではこうして私を認めてくれている。

父には直接病気の話はしないけど、でも今は親子で仲良く暮らしてる。
私は親に恵まれたとつくづく思っている。


でもその一方で、
だからこそ状況に甘えてるのかな・・・と時々思ったりもするのだが。

(おしまい)
スポンサーサイト

テーマ:たいせつなひと。 - ジャンル:心と身体

【2007/09/09 03:19】 | 家族 | トラックバック(0) | コメント(6)
<<皮膚描画症(皮膚描記症・皮膚紋画症)。 | ホーム | おとんの話。>>
コメント
>Bulb様
こんばんは。
そしておかえりなさーい☆お疲れさまです。
そんな中わざわざ訪問して下さって、
コメント残して下さって・・・・恐縮です。
とても嬉しいです☆

うちの祖母と母を見てると、
Bulbさんの仰るとおりだなーとつくづく思います。
一歩引いて見ると、なかなか微笑ましいです。笑
【2007/09/10 01:55】 URL | 管理人 #WCSj23LI[ 編集]
icoさん
こんばんわ。
両親にとって、子供というのは、いつになっても子供なのでしょうね。
今日は、疲労のあまり、頭が働きませんので、一言コメントです(苦笑)
【2007/09/10 00:35】 URL | Bulb #-[ 編集]
>tomo様
こんばんはー。
仰るとおり、私も自分がなってみて始めて鬱の辛さがわかりました。

家族ってその家それぞれですし、
理解のある親に恵まれた私は、端から見たら
偉そうに何言ってんだって感じなんでしょうけど。
親の心子知らず、子の心親知らず、
とはいえ、人と人なんだからお互い思いやりがあってもいいと思うんですけどね・・・・。
【2007/09/09 19:20】 URL | 管理人 #WCSj23LI[ 編集]
>rose様
こんばんは。
いえいえーー私が紛らわしい書き方をしてしまって、
こちらこそごめんなさい。

父親って、みんなそんなもんなんでしょうね。
私も女だからわからないですが、
娘に対して遠慮だったり気恥ずかしさだったりがあるのだと思います。
そしてうちの母はたくましいです・・・笑
【2007/09/09 19:16】 URL | 管理人 #WCSj23LI[ 編集]
icoさん、こんにちわ。

んー、お父さんの反応が一般的なのかも知れないですね。
でもわからない人にはわからない「感覚」の病気ですからね。僕も自分がなってみてつくづく母の辛さを思い知りました。

でもicoさんの、
「血は繋がっているとは言え、
生まれてから(私にしてみれば)18年間一緒に暮らし育ててきてくれたとはいえ、
子供は親の所有物ではないし、
そして親と子は、考え方も、性格も違う他人なのだ。
生きてきた時代、生きている時代だって違う。」
という言葉、うちの親はいいんですけど、付き合ってた彼女の親に伝えたいような感じが。。。

とはいえどこも少なからず、親の心子知らず、子の心親知らずなんでしょうね。(笑)
でも今親子仲良く出来ているなら何よりですね☆
【2007/09/09 11:23】 URL | tomo #-[ 編集]
icoさん、こんばんは。

昨日は早とちりしていました。ごめんなさい。
実際私も父とはあまり仲が良くなかったのですが嫁入りしてからは本当に仲良くなりました。きっと父親って何かのきっかけがないとどうしたら良いのかわからないのでしょうね。
それにしてもお母様、たくましい方ですね。
これからもご家族仲良く暮らして下さい。
【2007/09/09 04:14】 URL | rose #n08XGfOg[ 編集]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://utsubiyori.blog109.fc2.com/tb.php/57-b6594059
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
うつ日和。


「うつ病、パニック発作」から脱却。日々のことや旅のことなど徒然に・・・

profile

ico

Author: ico
age:33
大学時代はバックパッカー。卒業後海外留学。
日本へ帰国後、半年程の"留学ニート"を経て就職。
ところが働き始めて2ヶ月が経った頃、鬱病と診断されました・・・
パニック発作も起こしつつ、なんとか2ヶ月耐えて働くも、ついに休職。
そして追い出され退職。
周囲の協力の下、なんとか這い上がったはずなのに、気付けばオーバー30、フリーター。
歳は崖っぷち、人生は壁だらけの四面楚歌・・・
でもね、悲観はしてない。
没关系,慢慢儿走!


*お願い*
管理人のココロの健康の為、誹謗・中傷等はご遠慮願います。また当ブログの記事・写真等の無断転載、転用を禁止します。リンクもご連絡頂いた上でお願い致します。


ご訪問どうもありがとうございます☆ お気軽にコメント&メールを頂けると嬉しいです。
さらに ↓ のブログランキングをクリックして頂けると、より一層管理人が喜びます。(笑)

blog ranking

ブログランキングに参加中!皆様のクリックが励みです。1日1クリックお願いします☆

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ
FC2ブログランキング
rankingバナー

ご協力ありがとうございます!

recent articles

recent comments

archive

category

with photographs

写真と共に載せた記事です。カテゴリー「写真」には入れていません。写真を見たい方は、こちらからもどうぞ。

・the taj mahal (India)
・麦わら帽子 (Guatemala)
・純真 (Honduras)
・ダージリンの夜明け (India)
・秋葉原の夜 (Tokyo)
・歓喜 (India)
・Marlboro man (Honduras)
・お昼寝 (Mexico)
・標識 (Canada)
・チチカカ湖 (Peru)
・アンデスの母子 (Bolivia)
・菜の花畑 (China)
・夕暮れのグアナファト (Mexico)
・姉弟 (Peru)
・車窓から (Chile)
・Budda (Nepal)
・Stand by me (Bolivia)
・廃線 (Bolivia)
・弟 (Peru)
・お爺さんとドーナツ (Mexico)
・小休息 (China)
・古代インカの壁 (Peru)
・並び雲 (Bolivia)
・ステンドグラス (Spain)
・父子 (India)
・お母さん (Mexico)
・アマンタニ島から (Peru)
・母なる河、ガンガー (India)
・夕暮れのグァナファト (Mexico)
・リスボンの大通り (Portogal)
・冬のナイアガラ (Canada)
・リスボンの夕暮れ (Portogal)
・コパカバーナ (Bolivia)
・ジェロニモス修道院 (Portogal)
・乗馬 (Peru)
・メキシコの車窓から (Mexico)

注 : タイトルは記事タイトルではなく、写真のタイトルです。

counter

since 2007.8.28

RSS-feed

links

このブログをリンクに追加する

 

search in the blog

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。