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今は原因なんて不必要かもしれないけど。 (続)
今日は一回起きたもののご飯もほとんど食べず、一日ベッドの中。
気持ち悪いような、目が回るような、焦点が合わないような感じ。
どこにも出たくない。
でも、家にもいたくない。

ここ数日調子の良い日が続いてたんだけど・・・
「波がある」って自分で自覚しててもツライ。



さて、前回の続き。


そもそも私は、期間を決めずに留学へと旅立った。
最初、学校には「1年」と申し込んだのだけど、
もっと期間を延長するかもしれない、
大学院に進学するかもしれない、
現地で職を探し就職するかもしれない、
と、最低3年くらいは腰を落ち着けるつもりでいた。


正直な話、その留学の1年間の後半はあまり授業に行っていなかった。
授業料やらお金が勿体ないとか、出資してくれた家族に申し訳ないと思ったけど、
どうしても行く気になれなかった。

でも「日本に帰りたい」という気持ちもなく、
ただ居心地の悪さというか、自分の居場所がないという落ちつかなさがあるだけだった。
消えて無くなりたいと思っていた。
(ちなみに、家でひとりで勉強したり、
 ネイティブで日本語の出来ない友達と話したり、と言葉の勉強はしていた)

今考えれば、完全に「ウツ」である。
いや、うつ病とまではいかないまでも、
「うつ気味」で不安定であったことは確かだ。



それなのに。
そーれーなーのーに!



おバカな私は、留学の1年が終わった後、なぜか「現地で就活」をした。
ここで日本に帰ったら、言葉が話せなくなるとか、
もっと実用的に使って学ぶだとか言って、現地に残ることにした。
1年で帰ってしまったら、
「志半ばで挫折」と周囲に思われるのでは、と思ったのかも知れない。
ともかく、
なぜか私は「帰っちゃいけない」と思っていた。
ほんとーーーーにバカだ。


就活を始め、1社目で内定を貰い、入社を決めた。
私には、やってみたかった分野の仕事があり、かなりそれに近い仕事だったし、
また、お会いした会社の方の印象が良かったというのもあった。
内定をもらって、私は単純に嬉しかった。


入社して1日目、居心地が悪くて、どうしていいかわからなかった。
でも、新しい環境なんだから当然だ、と思った。

2日目も3日目も居心地が悪かった。
受け身でしかいられない自分がいた。

3日目のお昼休み、
母に、「日本に帰りたい」とメールした。
「今お父さんとお昼ご飯。
 お父さんが”帰ってくりゃいいじゃん。帰っておいで”だって」
と返信が来て、一人泣いた。


それからは、ひたすら
「帰りたい帰りたい帰りたい」と思い、
気を緩めれば涙が出て、でも会社に辞めるなんていえなくて、と悩んだ。


その週末、母に電話をし、
「仕事は楽しいけど・・・・日本に帰りたい」と号泣した。
過呼吸を起こすほど泣いた。

母は言った。
「帰っておいで。icoには『帰りたい』と思いながらそこに留まる理由はないでしょ。
 人生には辛抱しなきゃいけない時っていうのがあるけど、
 今はicoにとって辛抱しなきゃいけない時じゃないと思うよ。
 確かに自分がやりたかった仕事に就けたかもしれないけど、
 でもその仕事は、今逃したら一生巡り会えない仕事じゃないでしょ。
 
 お母さんは、別にicoに近くにいてほしいとも思わない。
 地球の裏側にいたって、icoが幸せならそれでいい。
 でも、今そのままそこにいて、icoは幸せになれないと思う。」

これでまた大号泣した。
さすがは我が母だと思った。



私が大学生の頃、

「大学を卒業したらもう面倒見ない。 自分で稼いで自分で飯食っていけ」

と散々、耳タコなほど言っていた父だけど、
私が「帰りたい」と泣いていると聞いて、母に
「疲れてるんだよ。一人で気を張りつめて、無理して、頑張って。
 そんな思い詰めちゃってかわいそうに。
 半年くらい、家でゆっくりして、この先自分が何をしたいか考えればいい。
 飯は食わせてやるから」
と言って、私が帰ることに大喜びしてたとか。
これにも大号泣した。
お父さんの新たな一面を発見した感じだった。
心から感謝し、嬉しかった。

私はつくづく親に恵まれたと思った。



今帰ったからって、この1年が消えて無くなるわけではない。
言葉だって話せなくなっちゃうわけじゃない。
全ては自分の経験として残り、
私の血となり肉となり、私の人生の糧になる。
それに、日本人の両親の下、日本人として生まれ日本国籍を持ってる私は、
海外なんていつだって簡単に行ける。
また行きたいと思ったら戻れば良いだけの話だ。

そう言い聞かせ、会社を辞め、帰ることにした。


私を雇ってくれた会社には、本当に申し訳ないことをした。
一社会人としてあるまじき行為だった。
今でもとても申し訳なく思う。
とても反省している。





無事に日本に帰り、数ヶ月はのんびりしたり、遊んだり、バイトしたりと過ごした。
でも、時々アホみたいに一人で泣いていた
なんで?
私は極度のワガママなの???
と思っていた。
めまい、フラつき、耳鳴り、汗が出る、などの症状が出ることがあった。

「もしかして・・・・・・ウツ・・・?」

と始めて思ったのがこのとき。
でも病院には行かなかった。
気にしないことにした。
毎日毎日続くわけじゃなかったから。



「そろそろ就活しなきゃなーーー」
と思って就活を始めた。
いつまでも宙ぶらりんでいるから悩んじゃうんだと思い、
(実際、ニートでいることに負い目を感じていたし)
とっとと社会人になることにした。

そして就活1社目で内定をもらった。
めちゃくちゃ嬉しかった。
ほんとーーーーーに嬉しかった。
周りも喜んでくれ、本当に本当に良かったぁと思った。
やりたかった仕事、通勤も時間かからない、会社の人もいい人そうで、幸せだった。

私はその会社に入社した。
みんな親切だし、優しかったし、いい人ばかりだった。


でも。
それからしばらく経った後、
私はついに精神科のお世話になることになるのだった・・・・
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テーマ:うつ病(鬱病)、メンタルヘルス - ジャンル:心と身体

【2007/07/12 03:02】 | ウツ発症~退職までの話 | トラックバック(0) | コメント(0)
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うつ日和。


「うつ病、パニック発作」から脱却。日々のことや旅のことなど徒然に・・・

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ico

Author: ico
age:33
大学時代はバックパッカー。卒業後海外留学。
日本へ帰国後、半年程の"留学ニート"を経て就職。
ところが働き始めて2ヶ月が経った頃、鬱病と診断されました・・・
パニック発作も起こしつつ、なんとか2ヶ月耐えて働くも、ついに休職。
そして追い出され退職。
周囲の協力の下、なんとか這い上がったはずなのに、気付けばオーバー30、フリーター。
歳は崖っぷち、人生は壁だらけの四面楚歌・・・
でもね、悲観はしてない。
没关系,慢慢儿走!


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