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溢れたコップ  23
(これまでの話は、カテゴリー「うつ発症から退職までのハナシ」をお読み下さい)




私は決戦に大敗した。完敗だった。


コレカラ、私ハ、ドウシタライイノダロウ。

そんな思いがぐるぐると頭を回った。

後悔先に立たずと言うけれど、まさにその通りで、
この1ヶ月会社に行かなかったけど、無理すれば行けたんじゃないかとか、
なんとか行けば良かったとか、
ただ甘えてただけなんじゃないかとか・・・・
そんなくだらないことばかり考えて、涙が止まらなかった。

もう、とっくに私の涙は枯れてしまったと思っていたけど、
次々と無意識に涙が出てくるから不思議なものだ。


結局その晩は寝られず、
翌朝早く、兄の元へ行った。
お茶を一杯だけ飲んで、兄の顔を見たら少しだけ落ち着いて、
家に帰って薬で少しだけ寝た。

そして、自らにムチ打って実家へと帰った。



数日間、身体が壊れてしまったのではないかというほど眠った。
夜は薬で寝て、昼間は薬無しで昼寝して、の繰り返し。
そして毎晩母と話しては泣いていた。

母はただ話を聞いてくれて、そしてアドバイスをくれて。
私にとって母の存在はとても重要で、
母がいなかったら、もっとぶっ壊れていただろう。
いや、今ここに私はいないだろう。



火曜日の夕方、会社の総務部長、Tさんから携帯に電話がかかってきた。
 
 「今は、ご実家?」

 「はい・・・」 

 「Oさんから話は聞いたけど、ico君は納得してるんだよね?」

私は、迷った。
だって、会社、辞めたくない。
仕事はしたい。
勢いで「明日からは行きますから」と言ってしまいそうで。

それでも

 「はい。」

と答えてる私がいた。

だって、これ以上会社に迷惑掛けられない。
私は、働いていない1ヶ月、お給料を貰った。
ボーナスも貰った。

使えない社員に給料払うなんて、会社としては損失だ。
ただひたすら申し訳なく、どうしようもなくて。

Tさんはとてもいい人。個人的に大好き。
 
 「とても残念だけど・・・。
  縁あって、是非にと会社に入って貰ったのに・・・。

  事務的な話をすると、○日付けで、依願退職という形にしたい。
  出来るだけ早く、退職願を書いて、送ってくれるかな。」

と言われた。

私には、もう、どうしようもない。
ただ

 「わかりました。
  ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。」

と言うしかなかった。



そして、私は退職願を書いた。


何枚も失敗した。
手が震えて、なかなか思うように書けなかった。


書いたものの、今度はなかなか出せなかった。

 出したら終わり

そんな気持ちがあまりに大きくて、郵便局に行けなかった。



会社の一年先輩、Kちゃんに、

 「もう聞いてるかもしれないけれど・・・」

と退職することになったメールをすると、
Kちゃんは全く聞いてなかったらしく、すぐに返事が来た。
ごめんね、Kちゃん。

私は、会社で、いつも「Kちゃんが辞めちゃったらどうしよう」って思ってたから。
だから逆に、私が辞めたら、Kちゃんは愚痴こぼす相手がいなくなっちゃうよね。
そう思うと申し訳なかった。



木曜日になって、やっと宅急便で退職願を送った。
その前に、やっとの事で父に退職することを話した。
「まぁしょうがねーだろうな」の一言で終わった。
(父に話した話はコチラ。)


退職の日付まで、残りあと2日になった日、
私はまた、東京に戻った。

会社に、最後の手続きに行かなければならなかったから。
恐らく、無理を言えば直接行かなくても済んだだろう。
でも、私としては、自分で自ら行くことが、
せめてもの償いだと思ったから。
「行くのが辛い」のは確かで、どうしようもなかったけど、
せめて顔を見せて一言、お詫びをしなければと思ったから。


東京に戻ると言う私に対して、父は
 
 「帰るの?なんで?」

と呑気に聞いた。

おとーーん・・・・
私は時々アナタがよくわかりません・・・


いつも母が駅まで車で送ってくれるのだが、
そこで父の話になった。

 「お父さんはね、あれでも、icoの話になると嬉しそうだったんだよ。
  誰かに『娘さんは?』と聞かれると、
  『ここで働いてるんだ』って見せびらかせてた。
  自慢の娘だったみたい。」

母がそう言っていた。



電車の中で、また涙が零れた。


お父さん、ごめんね。
自慢の娘は、自慢の娘じゃなくなってしまった。
無職の、恥ずかしい娘になってしまった。

お母さん、ごめんね。
産まれたときから一生懸命育ててくれ、必至に守ってくれたのに。
こんなに情けない娘でごめんね。


なんで私はこうなっちゃったんだろうね。
私、何が悪かったのかな。
どこで失敗したのかな。
私はおかしいのかな。
甘えてるだけなのかな。
「すぐに会社を辞める今ドキの若者」なのかな。
なんで・・・・
なんで・・・・
どうしたらよかった????


涙は次々と溢れ、電車が空いていて良かったとつくづく思った。


(続く)

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テーマ:うつ病(鬱病)、メンタルヘルス - ジャンル:心と身体

【2007/10/13 02:05】 | ウツ発症~退職までの話 | トラックバック(0) | コメント(4)
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コメント
>tomo様
おはようございますぅ~
ほんとに傷に塩、まさにそんな感じでした・・・
そしてtomoさん同様、
毎日の日記や酷かった時点は解読困難な字になってます。苦笑

うちの父は・・・・あんまりモノを考えないタイプみたいで。汗
鬱にはならないタイプですね。苦笑
【2007/10/13 13:22】 URL | 管理人 #WCSj23LI[ 編集]
>Bulb様
おはよーございますーー
会社辞めるのは、すごくパワーが必要なんだと
この時つくづく思いました。
なによりも、「社会から見放されてしまった」ような感覚が一番辛かったです。

今となっては良くなってきたのは辞めてしばらくしてからですし、
賢明な判断だったと思ってます。
まずやるべきことは病気を治すことですからね☆
【2007/10/13 13:19】 URL | 管理人 #WCSj23LI[ 編集]
icoさんおはようございまぁす。
何か一番キツい時期に退職届書くのは、傷に塩を自分で塗らされる感じですよね・・・。
僕なんか投薬記録を手帳に、日記みたいな感じでつけているんですけど、極期の文字はミミズが這ったような字でした。
ずっと振戦(特に手の震えが)が酷かったので、文字なんか全然書けませんでしたよ。
icoさんもそれだけの「修羅」をくぐり抜けたんですから、今はゆっくりしましょうね。

それにしても、父親ってのはどうしてどこも今ひとつ的外れな感じなんですかね。(笑)
うちの親父も病気の事ちゃんと分かってるのかどうか微妙なかんじですよ。
【2007/10/13 09:34】 URL | tomo #-[ 編集]
icoさん
おはようございます。
会社を辞めるとき、色々な思いがよぎってしまいますよね。
タダでさえ色々考えてしまうのに。
でも、懸命な判断でしたね。
だって、まずは病気を治すことが第一ですから。きっと、皆さんは、icoさんの復帰を信じているはず。だから、心配せずに、ゆっくり治しましょうね。
【2007/10/13 07:54】 URL | Bulb #-[ 編集]
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うつ日和。


「うつ病、パニック発作」から脱却。日々のことや旅のことなど徒然に・・・

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ico

Author: ico
age:33
大学時代はバックパッカー。卒業後海外留学。
日本へ帰国後、半年程の"留学ニート"を経て就職。
ところが働き始めて2ヶ月が経った頃、鬱病と診断されました・・・
パニック発作も起こしつつ、なんとか2ヶ月耐えて働くも、ついに休職。
そして追い出され退職。
周囲の協力の下、なんとか這い上がったはずなのに、気付けばオーバー30、フリーター。
歳は崖っぷち、人生は壁だらけの四面楚歌・・・
でもね、悲観はしてない。
没关系,慢慢儿走!


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