スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告
動き始めた。
仕事を辞めてから。
なんだか妙にスッキリさっぱりしてしまって、びっくりした。
まるで憑き物が落ちたようだった。
足枷が外れたようだった。

責任がなくなったとか自由になったというのとはちょっと違う種類のスッキリ。


うまく説明する自信がないのだけれど。
これまで、それこそこの6年、
自分の足に纏わりつき、私を歩きづらくしていた藻やヘドロが取れたような。
うまく噛み合っていなかった歯車が、やっと噛み合い回りだしたような。
どこかで何かのスイッチが入ったような。
そんな感覚。


思えば、この6,7年、ずっと「なんだかな」と思い続け、
そしてその「なんだかな」に苦しみ、もがいてきた。
人生の迷子になっていたし、先を考えるとただ暗澹たる気持ちになっていた。
だからあまり深く考えないようにしていた。
毎日をやり過ごすには、それがベストだったから。

それが、仕事を辞めたことで(恐らくこれで何らかの決心がついたのだと思うけど)
急に気持ちの靄が晴れてしまった。
仕事を辞めたのに、この先の不安や心配もなくなってしまった。
自分で自分のこのスッキリっぷりにびっくりした。
必要以上に自分で自分を縛っていたことにも気が付いた。

大企業で働きたいとも思ってない。
お金持ちになりたいわけでもない。
私は、恐らく世間一般の言うところの幸せはつかめないだろうと自分でわかってる。
そしてそれをつかんだところで、私にとっての幸せではないだろうこともわかってる。

改めて思った。はっきりそう感じた。。


1か月ばかり久しぶりに旅をして、更に頭がクリアになった。
「自分がやりたいこと、やればいいじゃん」と思い、
前々からやりたかったアートメイクをした。
顔を洗っても落ちない眉になった。w
旅の道中で、もう少し英語が話せたらな・・・と思ったので、
(いや、話せるのだけれど、イマイチ自信が持てないのだ)
フィリピン留学をすることにさっさと決めた。
フィリピンでの授業は、基本マンツーマンなので、
1か月は喋りまくり、ミッチリ頭に叩き込んで、
そして日本に一度帰ったらすぐにまた旅をしつつ移動し、更にまた別の場所で留学しようと思っている。
というか既に申し込みも支払いも済ませ、航空券も購入した。

そう決めた途端、次の仕事が決まった。
それはもう、あっけなく決まった。
急に仕事が降ってきたのだ。
10月から、海外で働くことになった。



くすぶっていた私の人生が、なんだか急に動き始めた。
歯車が噛み合い、うまく回り始めたような気がしている。
なんだかトントン拍子に流れに乗って進んでいる。

今はこの流れにうまく乗ってやろうという気持ちでいっぱい。


これからだ。
私はなんだってできる。やってやる。
私自身がやりたいことをやってやる。
【2016/07/15 03:16】 | ヒトリゴト | トラックバック(0) | コメント(8)
心に潜む醜悪
心が折れた時。

自分がとても惨めに思えるのです。


そして少し冷静さを取り戻すと、
自分が惨めだなんて思ってしまう私は、
なんて我儘で、
どれだけ傲慢で、
とても卑しいと・・・

そう思い、また心が折れます・・・

テーマ:ひとりごと - ジャンル:心と身体

【2013/03/24 11:47】 | ヒトリゴト | トラックバック(0) | コメント(4)
5年が過ぎて、思うこと。
一番最初うつ病と診断され、5年4ヶ月が過ぎた。
このブログを始めて5年1ヶ月。
そして会社を辞めて丸5年が経った。

ちなみにこの記事はちょうど400個目の記事で、
更には恐らく今日中に60000アクセスとなることと思う。



5年が過ぎて。
今、あの頃、病気になった頃のことを
少し冷静に、客観的に見られるようになったように思う。
24歳になったばかりで、夢と希望に溢れていた頃のこと。
それが一転、地獄の日々になってしまった頃のことを。



あの頃、仕事はとても楽しかった。

自分の夢が現実となり、ワクワクやドキドキの連続で、
新鮮で、勉強になることばかりだった。
自分が日々成長してる感がうれしかった。
緊張で胃が縮む思いをすることもあったし、
また食事の時間もないことや、
睡眠時間を削り家で仕事をすることも多々あったけれど、
それも楽しさのうちで、気にならなかった。
そんなの、どうでもよかった。

会社の人たちも、個々では皆良い人たちだったと思う。


でも。
どうしても会社に行きたくなかった。
日ごとに「会社に行きたくない」という気持ちが大きくなっていった。

だから、なんとか会社にいなくていいように、
直行や直帰を増やしたし、
外にいる時間を多くしていた。
客先での仕事が終わっても、まっすぐ会社に戻らずに、
1時間でも、30分でもいいから、喫茶店で仕事をしたりして
とにかく時間を引き伸ばしていた。

それでも限界はあり、全く会社に行かないわけにいかない。
まして私は新人で、ど素人で、
右も左もわからない人間で、
頑張っても外出予定を入れられなかった。


あの当時、
どうしてそんなに会社に行きたくないのか、
私には明確な理由がわからなかった。
仕事も楽しく、周りはいい人なのに、なんで?
そう思っていた。
だから、なんで自分が鬱になってしまったのかも、よくわからなかった。

無意識のうちの無理の積み重ねだと思っていて、
その多くは留学に寄与していると思っていた。
(確かにそれはあるのだけれど)


5年が経った今。
何故あの時私はあんなに会社に行きたくなくて、
そして実際に行けなくなってしまったのか、
鬱になってしまったのか、
少しわかるような気がする。



まだ、どこにも誰にも連れ出してもらっていなかった頃。

「コレ、行ってこい」
と、いきなり飛び込み営業のようなことをさせられていた。
(実際は営業職でも営業でもなく、あくまで例え話。)
勿論居心地の悪さは山ほど感じたし、辛かったけど、
これも勉強のうちだと思ってた。

だけど、のちに昔の仕事の話を友達と話していた時、
「ねぇ・・・・いじめられてたの?」
と聞かれ驚いた。
それまでそんなこと思ってなかったし、
今でも思ってないし、相手もいじめたつもりはないだろうけれど、
客観的に第三者が見たら、そう見える状況だったと気が付いた。



会社で仕事をしていて。

例えばBさんに仕事を聞いて、教えてもらってると、
Aさんがいきなり私の目の前でBさんに
「なんでお前がそんなことやってんだよ。
 お前の仕事じゃないだろ」
と怒る。

Cさんが
「この件に関しては僕が面倒みてあげるから」
と言ってくださり話していると、また同じようにAさんは
私の目の前でCさんを怒る。

前述の「コレ行って来い」の「コレ」に出かけようとすると、
「なんでお前がそんなもんに行くんだよ」
と、私に話を振った人の前で怒る。

見かねた別の上司が、
「今は沢山のものを見るのが勉強だ。
 だから今日彼女(私のこと)を連れて出ます。」
と言えば、
「それはお前の仕事じゃないだろうが。
 それにまだお前なんかに汚させたくない」
と怒る・・・・。

日々それが繰り返された。

当人は怒ってるつもりはなかったと思うし、
それを私が気にしてるなんて思ってなかったことだろう。

けれど、私はそれが耐えられなかったんだと今になって思う。

直接私が怒られるのなら構わない。
けれど違った。
私のせいで、他の人が怒られていた(いるように思えた)。

私は、
私が未熟だからBさんが、Cさんが、怒られてしまった、
私のせいで嫌な思いをさせてしまった。
私が仕事ができないから、
私が不出来だから、
私がダメだから・・・・
だから周りが怒られ、
周りに嫌な思いをさせ、
周りに迷惑を掛け・・・・
と思い、思いつめ、
自分で自分の首を絞め、
そしてついには壊れてしまったのだと、5年経った今になって思う。

今の私だったら、
その場で反論出来るかどうかまではわからないけれど、
最低限、私のせいですみません、位は口に出して言えるだろうし、
そこまで思いつめずには済むと思う。
この5年で、そう学んだから。

一方でこの5年で他を見て比較して、
また客観的に当時の職場環境を見て、
「やはりおかしい」
「今思えば、一種のパワハラ?モラハラ?に近い部分があったかも・・・」
ということも感じた。

そして自分が、肉体的、時間的な無理はできるし、
直接自分が怒られることは大丈夫だけれど、
自分をきっかけに他人が怒られる、
つまりは人に迷惑を掛ける、嫌な思いをさせてしまう、
そういった精神的な無理・負担には弱いということも学んだ。

働く上で、
どういう人間となら相性がいいのか、
どういう環境だと居心地がいいのか、
そしてそれらは私にとって、どの程度重要なことなのか、
少しわかってきた気がする。



この5年で。
私は自分の「取扱説明書」を少し解読できたように思う。
自分らしく、自分にとって居心地がよく、自分を大切に生きるということが、
少しだけわかったような気がする。


正直に言えば今でも、どうしてもどうしても悔しいし、苦しい。
私の人生は八方ふさがりの四面楚歌に見える。
無力感もあるし、ジレンマもあるし、
時に空しく涙も零れるけれど。笑

テーマ:ひとりごと - ジャンル:心と身体

【2012/07/26 01:40】 | ヒトリゴト | トラックバック(0) | コメント(4)
おもちゃ
「私は、自分が持ってないおもちゃを欲しがり、
泣いて喚いて駄々をこねてる子供なのかぁ」
「実力をわからず高望みしすぎなのかなぁ」

冷静になった時にそんなことを思う。
事情を知らない周りから見たら、
私だって羨ましくなるおもちゃを持っているのだろうし。


何をもって「普通」と言えるのかはわからないけど、
学校に通う、会社に通う、
そういう社会の普通の枠組みでは生きられない人
そして自ら望んで生きたくない人というのがいて、
私はその前者なのかなぁと思ったり。

じゃあ自分が生きる道を開拓すればいいのだけれど、
今はそんな気力は皆無。
今日仕事に行けなくて、明日行けるのかすらわからない身には、
そんなことは考えられない。



昨日、今日と、久しぶりに母と長電話をした。
マザコンの私は、母の声を聞くと落ち着く。

ここ最近は、専らメールだった。
こんな親不孝な娘はなかなかいまいと思うようなメール。
限界だった。
「仕事辞めたくてたまらない」
「半年後すら今のままなら死んだ方がマシだとすら思う」

必死に私に愛情を注いで育て、
いつも私のことを考え尊重してくれてる母に、最低なことを言った。
それでも母は、慰め元気付けてくれた。
親不孝で、不出来な娘で申し訳ない。

そんなに思い詰める必要は無い
そんなことで生きる死ぬの話をするのは辞めなさい
icoが居なくなったら私は生きていけない
親が子供を助けるのは当たり前
迷惑だなんて一度も思ったことはない

そして冒頭の台詞には

駄々っ子でも高望みしてる子でもいいの。私の子だから。

メールを見る度に泣いた。
私はいつもいつでも母に救われてるけど。
いつまで自立できない子供で、
いつまで迷惑を掛けて、情けないままなのだろうと思う。
本当に申し訳ない。


電話をして。
私の調子や事情をある程度知ってる母は…

いつでも帰ってくればいい。
踏ん張れなくなったら帰っておいで。
世の中家事手伝いだって十分通用する。
帰ってきて、やはり東京が良ければまた行けばいいだけだ。
icoは賢いし、美人だし、能力もあるし度胸だってある。
何処にいても、何をしていても、
アナタが持ってるモノに変わりはない
地球には60億の人間がいて、どう生きようが60億分の1なんだ
そんな小さな世界でぶつかって傷だらけになる必要はない

泣きながら話すいい歳した娘に、
いつも暖かい言葉を掛けてくれて、
私はいつもそれで元気を貰える。


今日は今日で、いきなり
「icoさ~、温泉行かない?」
今まで、そういうことを誘われたことがなかったからびっくりした。
我が家は自営業だし、祖母もいる為に家を空けられなかったり、
また母がヘルニアだったり…
という事情から母娘二人で買い物デートすらしたことなくて。
それが当たり前だから驚いた一方で、
気分転換させてあげよう、外に連れ出してあげよう、
話したいことを聞いてあげよう
そう気遣かってるんだろうと思い…
嬉しいやらますます申し訳ないやら。


正直、今は何処にも行きたくないし、誰にも会いたくないけれど。
でも母と二人で温泉ならいいかなって。
のんびり出来るかなって。
そんな気がした。



今、欲しいおもちゃはこの先も手に入らないかもしれないけれど。
違うおもちゃが手に入るかもしれない。
違うおもちゃが欲しくなるかもしれない。
もっと意味のあるおもちゃが得られるかもしれない。

だから、
あまり固執し、悲観するのは止めようと思う。

テーマ:ひとりごと - ジャンル:心と身体

【2011/09/30 01:18】 | ヒトリゴト | トラックバック(0) | コメント(2)
ごめんね。
お母さん、ごめんね。


あの時、
私の鬱が酷かった時。

「お母さんはicoが癌や白血病じゃなく、鬱で良かったと思ってる。
 死んじゃうかもしれない病気じゃなくて良かったと思ってる。
 確かに今は辛いし大変かもしれないけれど、
 ちゃんと薬飲んで休めば治る病気だから。
 治ると思ってるからお母さんは平気な顔してられるんだ。」

そう言って、私を助けてくれたのに。
私に勇気と元気をくれたのに。


それなのに、愚かな娘は
「あの時、いっそのこと鬱じゃなく白血病ならよかった」
と馬鹿でどうしようもないことを考えたりするんだ。
(現在白血病で闘病中の方、本当に申し訳ありません)



死にたいんじゃない。
そしてあの時死ななくて良かったと思ってる。
そうじゃないの。



哀しいかな、世の中の目は、うつ病に対してとても冷たくて、
風当たりはとても強くて。


「なんで会社辞めちゃったんですか?」
と聞かれたとき。

―白血病で・・・・
 闘病の末、現在は完治しました。

であれば「よく頑張ったね。大変だったでしょう」
という称賛モノで、闘病という頑張りを評価してもらえて。


でも
―鬱病で・・・
 現在は完治しました。

と言っても、口では同じように大変だったねと言ってもらえても、
闘病の頑張りは評価してもらえない。
相手に与える印象はマイナスにしかならない。
コイツ、また「鬱になりました」と言って休んだり辞めたりするんじゃないかと疑われる。

だから言えない。
辞めた後の空白期間も適当な嘘で誤魔化すしかない。



世の中の認知度が上がってきたとはいえ、
鬱病は未だ「怠け病」扱いされ。
患ったことは社会においてマイナスにしかならず。


ねぇ、1回、たった1回だけなのに、
鬱になって会社を辞めさせられて、
しばらく闘病の為に療養して。
やっと治ったのに、治すために犠牲も払い、頑張ってきたのに。
たった1回の病気でもう、社会には戻れないの?
受け入れてもらえないの?



ダッタラ、アノ時、鬱ジャナク白血病ナラヨカッタ・・・・


愚かな娘は、時たまそんなことを考えてしまうのです。

ごめんなさい。
【2011/06/15 22:22】 | ヒトリゴト | トラックバック(0) | コメント(6)
重すぎる荷物。
「鬱だった」ことが私を鬱にしようとしてる。



周りは「気にするな」って無責任なことを言うけれど、
患ったことがないアナタに何がわかるの?


夢を失い、
夢を見ることすら許されず。

職を失い、
生活の基盤を失い、
築いてきた人間関係の大半を失い。
また戻れると現実味のない言葉ばかりかけられ。

ちょっと休みなさいと言われ。
休んだら、今まで築いてきたもの全てを失ってしまうのに。
それがくだらない今の日本の現実なのに。

再発率があまりに高く、
入院するかもしれない、死んじゃうかもしれない。
そんなリスクを背負う人間を、
普通に雇ってくれる会社なんてない。
良くなったことを評価してくれる会社なんてないのに。


一度鬱になったからこそ、
「鬱になりそうだ」と口が裂けても言えず。
周りに散々迷惑かけたからこそ、
余計に何も言えなくて。

大きな大きな負い目を背負い、十字架を背負い。
あまりに大きすぎて、あまりに重すぎて、
私は歩けなくなっちゃうよ。



ねぇ、教えて。
私はどうしたらいいの?

ねぇ、教えて。
私はこれからどう生きたらいいの?

今までやってきたこと、
「活かせ」と簡単に言うけれど、
どう活かしたらいいの?
逆に捨てたほうがいいの?
学歴”逆”詐称でもしたほうがいいの?



何処でどうやって自分の食い扶持を稼ぎ、
どうやって自分の生活を養っていけばいいの?
今のまま、バイトを続けていればいいの?



お願い、教えて・・・・・・・・・・・
【2011/06/09 02:10】 | ヒトリゴト | トラックバック(0) | コメント(8)
←prev
うつ日和。


「うつ病、パニック発作」から脱却。日々のことや旅のことなど徒然に・・・

profile

ico

Author: ico
age:33
大学時代はバックパッカー。卒業後海外留学。
日本へ帰国後、半年程の"留学ニート"を経て就職。
ところが働き始めて2ヶ月が経った頃、鬱病と診断されました・・・
パニック発作も起こしつつ、なんとか2ヶ月耐えて働くも、ついに休職。
そして追い出され退職。
周囲の協力の下、なんとか這い上がったはずなのに、気付けばオーバー30、フリーター。
歳は崖っぷち、人生は壁だらけの四面楚歌・・・
でもね、悲観はしてない。
没关系,慢慢儿走!


*お願い*
管理人のココロの健康の為、誹謗・中傷等はご遠慮願います。また当ブログの記事・写真等の無断転載、転用を禁止します。リンクもご連絡頂いた上でお願い致します。


ご訪問どうもありがとうございます☆ お気軽にコメント&メールを頂けると嬉しいです。
さらに ↓ のブログランキングをクリックして頂けると、より一層管理人が喜びます。(笑)

blog ranking

ブログランキングに参加中!皆様のクリックが励みです。1日1クリックお願いします☆

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ
FC2ブログランキング
rankingバナー

ご協力ありがとうございます!

recent articles

recent comments

archive

category

with photographs

写真と共に載せた記事です。カテゴリー「写真」には入れていません。写真を見たい方は、こちらからもどうぞ。

・the taj mahal (India)
・麦わら帽子 (Guatemala)
・純真 (Honduras)
・ダージリンの夜明け (India)
・秋葉原の夜 (Tokyo)
・歓喜 (India)
・Marlboro man (Honduras)
・お昼寝 (Mexico)
・標識 (Canada)
・チチカカ湖 (Peru)
・アンデスの母子 (Bolivia)
・菜の花畑 (China)
・夕暮れのグアナファト (Mexico)
・姉弟 (Peru)
・車窓から (Chile)
・Budda (Nepal)
・Stand by me (Bolivia)
・廃線 (Bolivia)
・弟 (Peru)
・お爺さんとドーナツ (Mexico)
・小休息 (China)
・古代インカの壁 (Peru)
・並び雲 (Bolivia)
・ステンドグラス (Spain)
・父子 (India)
・お母さん (Mexico)
・アマンタニ島から (Peru)
・母なる河、ガンガー (India)
・夕暮れのグァナファト (Mexico)
・リスボンの大通り (Portogal)
・冬のナイアガラ (Canada)
・リスボンの夕暮れ (Portogal)
・コパカバーナ (Bolivia)
・ジェロニモス修道院 (Portogal)
・乗馬 (Peru)
・メキシコの車窓から (Mexico)

注 : タイトルは記事タイトルではなく、写真のタイトルです。

counter

since 2007.8.28

RSS-feed

links

このブログをリンクに追加する

 

search in the blog

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。